無垢 1998 1
「今日も祝詞を言いにいくの?」
姫奈希は朝からグズる。
「そうだ。毎日毎日行かないと。馬鬼様のおかげで私たちは生きているんだから」
私は姫奈希を抱っこして、車に乗せる。
「あなた。毎日じゃなくたっていいでしょ?私が姫奈希と家に残るから」
涼子は助手席でファンデーションを飛ばしながら私に言う。
「ダメだよ。毎日感謝を伝えることに意味があるんだ」
毎日朝早くに神社に向かう事に涼子も反対しているが、私の仕事の都合もあり、この時間しか時間が取れないのだ。
馬鬼神社に着くと家族は御社殿に上がり、もこうと共に祝詞を唱えるが、涼子と姫奈希はつまらなさそうである。
「おい。姫奈希、涼子。もっとハッキリと唱えなさい」
「ちゃんと、言ってるじゃない」
涼子は私の言葉に態度を変えたりはしない。
夫婦の静かな争いに気まずい空気が流れる。
「まぁまぁ。毎日来るのは大変でしょうけど、この積み重ねの意味はいつかきっと分かりますよ」
もこうは気まずい空気を壊すように涼子を宥めるが、涼子はハァとため息をつくだけである。
「ねぇ、パパ。あの箱は何?」
姫奈希が幣殿を指差す。
「あれはね、馬鬼様へのお供物だよ。もこう先生、姫奈希に見せてあげても良いですか?」
「ええ、良いですよ」
私は姫奈希が指差した桐箱を幣殿から下げ、丁寧に紐を解くと、その箱の蓋を開ける。
霧箱にはふかふかの座布団に埋もれる金と銀のU字型の金属が輝いていた。
「これはね、馬蹄って言うんだ。馬鬼様は馬の神様だから、足を怪我しないように馬蹄をお供えしているんだよ」
これは馬鬼神社再建15周年に私が自腹でお供えしたものだ。
純金とプラチナで作られた馬蹄はイギリスから取り寄せた特注品である。
「ねぇ、持ってみて良い?」
姫奈希が私を見上げる。
私は少し悩んだが、もこうは「是非、持ってみてください。」と快諾した。
私は慎重にプラチナの馬蹄を姫奈希の手の上に載せる。
まだ5歳の手のひらには乗り切らないほどの大きさの馬蹄が姫奈希の手のひらで輝く。
ずっしりと重い馬蹄は幼い姫奈希でさえも鉄との明らかな差を感じ取れる程である。
「馬鬼様ってすごく偉いんだね!」
姫奈希は目を輝かせる。
「そうだぞ。馬鬼様はすっごく偉いんだ!」
私は姫奈希の中に馬鬼様への尊敬の心が芽生えたのを感じ、すかさずその気づきを持ち上げる。更に、純金の馬蹄を涼子の手の上に乗せる。
「私は姫奈希みたいにちょろくはないわよ。」
涼子は私の単純な行動に相変わらずの態度であったが、しばらく純金を手にしているうちに悪くはないなという表情になった。
姫奈希と涼子に馬鬼様への畏敬が芽生えたのを感じた私ともこうは契約を全うするためのステップを踏んだと心の内で喜んだ。
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