記憶 1

「さあ行こうか」


 30分ほど休憩したふたりはおそるおそる押入れから出る。


 ハウモノもサマヨウモノもいないことを確認したふたりは旅館から佐々木の屋敷へと繋がる踊り場に向かう。


 和風の旅館に敷かれていた赤い絨毯は、踊り場で繋がる佐々木の屋敷へと変わらずに続く。その真っ赤な絨毯は大正モダンが溢れる佐々木の屋敷への自然な導入となっており、ふたりはその屋敷に吸い込まれるように歩いた。


 


 屋敷にはレトロモダンが濃縮されており、高価そうな絵画や歪みガラス、見慣れない黒檀のドアなどあらゆるところが佐々木とさくら温泉の栄華を感じさせる。


 高い天井から垂れ下がるアンティーク照明が照らす廊下は高貴な雰囲気を漂わせ、バケモノが同じ世界に存在しているとはとても思えない。


 見事な装飾に目を奪われた翔は屋敷の様子を興味深そうに見回す。


「翔、行くぞ」


 装飾に見惚れる翔に豊が声をかけると、翔はハッとして豊に駆け寄った。





 豊は応接間らしき空間に迷いなく足を踏み入れると、何か脱出のヒントがないかと棚を漁る。


 翔は泥棒の様に棚を漁る豊を俯瞰して見ていると、その棚の奥の壁に立派な額縁の中に3人の肖像写真が掛かっていることに気づいた。


「あの子が写っているよ」


 翔が豊に声をかけ、写真を指差す。


 父母娘の3人の晴れ着姿が映ったその写真には確かにあの少女が写っていた。


「つまりこれが元凶の佐々木一家か」


 豊はボソッと恨み節をぶつける。


「やっぱり悪い子なのかな?」


「さあな」


 悠長に楽しんでいる暇はないと考える豊はまた棚を漁り始める。


 翔はその肖像写真に不自然に空いた空間に引っかかることがあったが、心に浮かぶモヤついたものをうまく表現できずにその写真を見つめ続けた。





「この部屋には何もなさそうだ」


 豊は一通り棚を漁ったが、何かヒントになりそうなものは見当たらなかった。


 翔が紙が散乱した床を見ると、何のヒントにもならなさそうな様々なバリエーションのさくら温泉のチラシくらいしか見当たらない。おそらく、要人を迎えた際などに渡していたのだろう。


「佐々木の部屋を探すぞ」


 豊はこの部屋に見切りをつけたようでスタスタと隣の部屋に向かう。


 翔は立ったままその広告をザッと見ると、スタッフの集合写真が印刷されているチラシを見つけた。


 床に落ちたそれを立ったまま見る翔は、そのうちの何人かに見覚えがある気がしたが、どうにも確信が持てない。


「どうした翔。行くぞ」


 翔は記憶の糸を辿るためにそのチラシを手に取ろうとしたが、先を急ぐ豊の一声で断念して豊のあとを追った。


 翔はこの屋敷に入ってから頭の片隅に曖昧な記憶の断片がチラつくが、それが鮮明に思い出せず、頭がもやつく。


 そんなことは知らない豊は手あたり次第に物を物色し、何かヒントになりそうなものを懸命に探す。


 


 サマヨウモノもハウモノも見当たらない佐々木の屋敷ではふたりの緊張感は薄れていたが、互いにうまいこと事が進まずに悶々とした気持であった・


 豊はこの状況を打開できるような手掛かりを探すために熱心に動き、翔は何かを思い出そうと顎に手を当て考える。


「ヒントになりそうなものってなんだよ。俺はてっきり佐々木がこの屋敷に幽閉でもされているのかと思っていたが」


 豊は佐々木についての手がかりが見つからずにイラついていた。


 佐々木がとても良い暮らしをしていたことが分かるだけで、ふたりにとって有益な情報などひとつもない。


 豊は床に落ちているロボットのおもちゃを足で蹴飛ばし、イライラをぶつける。


「ねぇ、父さん。女の子ってロボットで遊ぶの?」


「さあな。お父さんの趣味かもな」


 翔はそのロボットに見覚えがある。


「これ、確か幼稚園の時に買ってもらったやつだ」


「そんなの持ってないぞ」


 豊はわけのわからないことを言う翔を半ば揶揄うようにあしらう。


 しかし翔はそのおもちゃを手に取ると、それが確信に代わり、同時に忘れてしまっていた記憶が蘇る。


「書斎の場所が分かれば話が早いんだがな」


 豊がボソッとそう呟いたとき、翔はその場所を鮮明に思い出し、湧き上がる記憶によって背筋がピンと伸びる。


「どうした?」


「父さん、こっち!」


 翔は急に豊の袖を引っ張り、広い屋敷を迷うことなく突き進む。

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