テツとこりどうの工作物語
沼津平成
第1話 テツとこりどうの出会い
1
テツという少年がいた。
テツはそのとき赤ん坊だった。
テツは静岡県の沼津生まれだった。
テツとはこの物語の作者のことだ。
テツは運動に関してはだめだった。
そのかわりテツには空想をする癖があった。
いまだにベビーカーを馬車がわりにして、そこに揺られながら、「うーうー」といっている。
例えばテツは空想の友人に「こりどう」を作っていた。日に焼けた高校生で、陽気な関西弁だ。もっとも関西弁は後付けだったが、それでもテツをかばったりする設定はそのころと、これを書いている今と、全く変わっていない。
それはテツが社会的に弱き立場にあったことも関係しているかもしれなかった。
これは、そんなテツが二回目に引越しを経験したときのはなしだ。
*
四歳の、大阪テツがいつものように鯵にかぶりついていると、元々転勤族の父親が、
「きょう、引っ越しすることになった」
とつたえた。
「ひっこち? それなに」テツが、いまならば首を傾げるくらいわからないことだったから、ひっこちについて聞くことにした。
「引っこしっていうのはね」父親の、「犬」はつづけた。「今いるところとはちがうおうちに住むことよ」
「ああ、あれ……」テツは、静岡から大阪へ新幹線という大きな大きな速い護送物体にのせられたことを思い出した。さんざん酔った。やだ! テツは答えた。それにはいろいろ思うことがあった。テツはだまって犬の目を見ていた。
テツの願いはついに届かなかった。犬は、「もう決まったことなんだ」と首を振った。
2
とうとうその日がやってきた。テツを唯一慰めてくれたこりどうとも、もうこれでお別れ……?
そう思うと自然と涙が出てきた。
数分後、護送物体にテツはいた。昨日はホテルで一泊した。寝ようにも寝れなかった。
夜になっても目をパチリと開けていたが、十九時ごろ眠気の綱引きで睡魔が本気を出したらしかった。
動き始めた車内の中、テツは泣き出した。動き出してから数秒後は、じっと窓の「新大阪駅」を見ていたが、やがて前を向いた。
テツは色々思い出していた。
梅田駅の、動く床は、テツにとって初体験だった。行っては戻って、を何十回も繰り返した。
「平面エスカレーター」テツは、動く床のことをこう呼んだ。
平面エスカレーターとも、もうおさらば……
しかし期待もあった。
いままで旅行先でしか見れなかった、歩道の信号の縦にいくつかあるあの点点が、東京ではたくさん見れるというのだ。
「おおさかには、なかったのに」
「うん。なかったね」母が答えた。
かくしてテツは、複雑な思いを抱いて東京駅まで護送されることになった。
*
東京駅に着いた。テツは、「よう」と声をかけられた。
「……誰?」泣きながら声を絞り出して振り向くと、茶肌の優しい瞳があった。こりどうだった。
テツの涙は一瞬にして止んだ。今思うとこれは幻だったのだが、テツにはこりどうが実際にそこにいるように思われたのだ。いや、実際にそこにいたのだ。
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