第126話








 その夜、鴉の手伝いで身支度を整え、ロキは言われた通りにオーディンの寝所を訪れた。

 薬湯を飲むかは迷ったが、やはり正気を失う方が気持ちが楽だろうと考え、いつもの量を服用している。

 体はすでに熱っていた。自分ではわからないが、おそらくオメガ特有のもしているのだろう。

 ロキはゆっくりと、オーディンの寝所の扉を押した。


「ん」


 いつもと違う香りに、ロキは思わず口元を袖で抑える。部屋中がどことなく煙で白むほどに強い匂いの香が焚かれているようだ。

 オーディンはベッドの縁に腰掛けていた。ロキが入って来たことに気がついているはずだが、手にしている書物から顔を上げない。緩やかな素材の寝巻きに身を包み、長い黒髪は相変わらず緩く編まれて左肩から垂れ下がっていた。

 ロキがその名を呼ぼうとした瞬間、別の気配に気がついた。驚き目を向けると、二人の男が壁際に寄りかかって、葡萄酒の入ったグラスを傾けていたり、カウチに腰掛けながら、不快な笑みをロキに対して向けていた。


「な、なに……なんだよ。見られながらやる趣味ないんだけど……」


 ロキは戸惑い、誰にでもなくそう言った。

 ベッドの上に座ったオーディンは顔を上げないまま、ロキの言葉を鼻で笑い、他の男たちも顔を見合わせくすくすと笑い合っている。

 不穏な雰囲気に、ロキはたじろいだ。

 嫌な予感がする。

 それに、焚かれた香のせいなのか、いつも以上に体が熱い。心臓が早鐘を打っているのはこの状況に怯えているからと言うだけではないだろう。

 壁際の男がテーブルにグラスを置き、ソファに座った男が立ち上がった。

 ロキは息を呑み、一歩後ずさる。しかし、なぜかそこから足元を掬われたかのように、がくりと床に崩れ落ちた。

 足腰に力が入らず、体全体が寒気を感じるほどに異常なほどに昂っている。震える体をロキは自らかき抱いた。


「ほお、やっぱり人間にはよく効くようだな?」


 ロキが崩れ落ちてから、オーディンはようやく本を閉じて顔を上げた。


「オーディン……これは、なんだ……」


 息が上がり、細かい呼吸に紛れながら、ロキは声を絞り出した。


「神経を昂らせる香だ、優しくしてやると言っただろ?」


 そう言って、オーディンはニヤリと口の端を持ち上げると、二人の男たちに向かって顎をしゃくった。


「毎夜昂るばかりで苦しかろう? 今宵はそいつらがおまえの相手をしてくれるぞ? どうだ? 嬉しいか?」


 オーディンの仕草と言葉を合図にしたかのように、男たちがロキの体に手を伸ばした。


「……よせっ!」


 ロキはまともに力の入らないまま、男たちの手を振り解くように腕を振った。


「どう言うつもりだ……オーディン……」


 ロキは身を守るように蹲ったまま、オーディンを睨み上げた。

 オーディンはただロキを見下ろし笑っている。


「今言っただろ? 苦しいだろうから、相手を用意してやった」

「ふざけんな!」


 拳を床に打ちつけロキは声を荒らげる。その間も、部屋に充満した香りで頭の奥が痺れだし、望んでいないと言うのに下腹部が疼き始めていた。


「あんたが相手じゃなきゃ意味ないんだろ! 俺は誰が相手でもいいってわけじゃない!」

「まあ、そう興奮するな。まずはそいつらを楽しませてみろ、そうしたら、俺が相手をしてやることも考えてやらないこともない」


 薄笑いを浮かべながら、オーディンは自らの髪を弄ぶように指に絡めた。


「なっ……ぅっ……」


 ロキは大声をだして息を吸い込んだせいで、体の奥まで香を吸い込んでしまったようだ。さらに体が熱くなり息が上がる。

 再び男たちがロキの体に手を伸ばした。

 ロキはわずかな抵抗で身を捩るが、あっさりと男たちに体を抱え込まれてしまう。

 思うように体が動かない。触れられたところから熱くなり、まるで理性を無理やり引き剥がされていくようだ。


「まあ、楽しめ、オメガがそう言う生き物だと、おまえ自身理解した方がいい」


 オーディンはそういうと、ベッドから立ち上がり、窓辺のカウチに腰を下ろした。


「おまえら、俺のベッドは使うなよ? 床も汚すな、全部そいつの中に出せ」


 それだけ言うと、オーディンはもう興味をなくしたかのように窓の外に目を向けた。

 床に座り込んだまま、一人の男がロキの体を背後から抱える。男の舌がロキの首筋から耳の裏を這った。

 不快感に紛れ、皮膚が快感を拾い上げる。ロキが体を小さく揺らすと、男たちが息を漏らすように笑った。









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