第65話
不安で心臓が大きく脈打った。
ロキはよたよたと不安定な雪の上で立ち上がり、街の位置を頼りに、押し流されてきたであろう方向へと進んだ。
誰の姿も見えない。
「フェン、返事しろって、おい!」
ロキはその場に膝をつき、無作為に雪を掘った。雪の上を這いながらあちこち掘り返すが、ただ白い景色が続くばかりで、震える口元が白い息を吐いた。
「嘘だろ、どこだよ、フェン……そんな……うそだ、出てこい、返事しろって……」
ロキは雪を掘り続けた。
手袋の中に雪が入り込み、冷たさで手先の感覚がなくなっていく。
「フェン、どこっ……どこだ、フェン……うっ!」
力のない悲鳴のような声を遮るように、ロキは襟首を強く引かれた。呼吸が詰まり、その体を思わずのけぞらせる。
そのロキの襟首を掴み、冷たく見下ろすのはヴァクだった。
「くっ……くるしっ……」
ロキが訴えると、ヴァクは雪の上にロキの体を放り投げ、仰向けに倒れ込んだロキの腹を踏みつけた。いつの間にか周囲には、どうにか雪崩から逃れたらしい巨人族がさらに集まっていた。そこにはフェンの姿も、トールの姿もない。
「てめぇ、まさかオメガだったとはな」
ヴァクはロキの前に屈むと胸ぐらを掴み、その体を無理矢理起こした。
ロキは息苦しさに表情を歪めながら、ヴァクの手を掴み返す。
「ぐっ……離せっ……」
ロキが言うと、ヴァクは不快そうに目を細めもう一方の手でロキの顎を掴んだ。
「おまえはヨトに連れ帰る」
「ヨト?」
ロキはヴァクの背後にある、雪に埋もれた光景を見た。ヨトはオーディンに破壊されて、雪崩にのまれ、街としての機能をほとんど失ってしまったのではないだろうか。
「よくも騙してくれたな? たっぷり可愛がってやるから覚悟しとけよ」
ヴァクはそう言って口の端を持ち上げた。
ロキは体勢を崩しながらも、そのヴァクの脇腹に蹴りを入れる。ヴァクは表情を歪めたが、ダメージが入ったと言うよりも単にイラだっただけと言った様子だ。
「チッ」と舌打ちをした後で、ロキの体を軽々と肩に担ぎ上げた。
「くそっ! 離せっ!」
ロキは拳を振り上げ、ヴァク背中を殴る。
大きく体を捩ると、ヴァクはロキの体を雪の上に取り落とした。ロキは逃れるように雪の上を這う。
「フェン! どこだ! 返事しろ! 俺が助けてやるから、早く返事してくれ!」
膝をついて必死に雪を掘るロキの背中を、ヴァクが踏みつけ雪の上に押さえつけた。
「ぐえっ!」
ロキは思わず妙なうめき声をあげる。
「おい、縄もってこい。縛らねーとダメだこれ」
「やめろっ! はなせっ!」
なおも抵抗するロキだったが、後ろ手に手足を縛られ、またヴァクの肩に担がれる。それでもロキはフェンの名前を叫び続けた。
しかし雪に埋もれたヨトの街は、夜の闇の中に容赦なく遠ざかっていった。
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