第59話

 視線を少し右手に上げると、相変わらず陰気な針葉樹の森の上から、ユグドラシルがその巨大な幹を覗かせている。

 ミッドガルドから見るよりも、大きく雄大なその姿に、ロキは改めてずいぶん遠くまで来たのだと実感した。


「じゃあ、トールはドワーフ達に会いに行ってたの? ていうか、もしかしてあんたドワーフなの?」


 半分冗談めかしてロキは尋ねた。

 着ている毛皮が茶色いことも相まって、トールは穏やかな熊のようだ。いろいろな個体がいると言っていたから大きいドワーフもいるのかもしれない。しかし、トールはまた首を振った。


「俺はドワーフではないよ。会いに行ったというか様子を見に行ったんだ」

「ヴァルハラって上層にあるんだよな? わざわざ上層からここまで様子を見に来たの? なんのため?」


 そこで少しトールの表情が沈んだ気がして、ロキは黙って次の言葉を待った。


「ミッドガルドはまだバルドルの光が残っているからな、おまえたちは知らないのか」


 意味深なトールの言葉に、ロキはフェンと顔を見合わせて首を傾げた。


「気が付かないか?」


 トールは言いながら右手の人差し指をたてて、この空間を示すかのようにくるくると指を回してみせた。


「朝が来ない」


 ロキはハッと息を飲んだ。

 そう、海を渡って気がついてから、ずっと早朝のような薄暗さが続いているのだ。

 夜になればどっぷりと暗くなるので、かろうじて今が昼間なのだとわかるが、確かにトールの言う「朝が来ない」と言う表現は当てはまる。


「ずっとこうなの?」


 フェンが、鼻を持ち上げスンスンと空気を嗅ぎながら聞いた。

 トールは頷く。

 天気が悪いだけなのだと思っていたが、そうではないようだ。


「バルドルが冥界に堕ちてから、ゆっくりと夜が世界を侵食している。あちこちで終わらない冬が始まっているんだ」

「バルドルって?」

「バルドルは、光の神だ」


 フェンの質問にトールは答えた。

 冥界に堕ちたということは、神が死んだと言う意味だろうか。ロキがそう問う前に、トールが言葉を続けた。


「ヨトはすでに夜と冬に飲み込まれている。それと同時に、彼らには女が生まれなくなった」

「えっ⁈ ヨトにはもともと女の人がいないんじゃないのか⁈」


 ロキは驚き尋ねた。

 以前ヴァクも言っていた。あの時の口ぶりはまるで彼は巨人族の女を見たことがないといった様子だった。


「ヨトの巨人族の女は、族長ボルの妻であるベストラが最後だ。彼女が亡くなって、ヨトには女がいなくなった。だから彼らはを求めて、船を出すんだ」


 女の生まれなくなった巨人族は、ミッドガルドから人間の女を連れてかえって子を産ませ、なんとか血を繋いでいるということのようだ。


「もしかして、それと同じことがドワーフたちにも起きてるってこと?」


 ロキの言葉にトールは頷いた。








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