第45話







「会いたい人ってのは海に住んでんのか」


 全身ずぶ濡れで船着場に現れたロキとフェンをみたヴァクは、腕組みしながら片眉を上げた。


「はい、まぁ……」

「初めての海ではしゃいだのか? 全く可愛いやつだな」


 曖昧に答えたロキに、ヴァクはそう言ってため息をつき、広げた布でロキの体を包み込むと、両手で軽々と抱き上げた。驚いたロキは落ちないようにと慌ててヴァクの肩にしがみついた。


「ヴァク様、自分で歩けますので!」


 巨人族に抱き上げられた人間の成人男性に、周囲は好奇の目を向けている。しかし、ヴァクはそんなのお構いなしといった様子だ。


「その靴じゃ船を汚すだろ、大人しくしがみついとけ」


 などと言いながら、ロキの背中を軽く叩いた。


「悪いが犬っころを拭いておいてくれ、そいつは檻にいれて貨物庫だ」


 仲間の巨人族にヴァクがそう指示したのを聞いて、フェンが「クゥン」と切なげに鳴いた。布でワシワシと体を拭かれながらも、フェンは必死にロキの衣服を噛んで引っ張っている。


「ヴァク様!」

「あん?」


 フェンを振り解き、ロキを抱えたまま運搬用の小舟に飛び乗ったヴァクに、ロキは声をかけた。


「言いましたよね? フェンは俺の家族です! 貨物なんてあんまりです!」

「ん、あぁ……」


 抱え上げられているためロキの視線はヴァクより高い。上から見下ろし訴えるロキに、ヴァクは少々戸惑ったような様子を見せた。


「フェンは俺と同室にしてください」

「ばがいうな、お前は俺と同室だ」


 ロキはぐっと息を飲んだ。

 ヴァクと同室、しかも二人きりは何かとまずい。尻が痛いという言い訳もいつまで通用するだろうか。


「で、では、フェンも一緒に!」


 食い下がるロキに、ヴァクはしばし黙った。足元に座り込みロキを見上げるフェンの様子を観察している。


「ダメだ」

「そんな! ヴァク様」

「犬っころに楽しい時間を邪魔されちゃたまんねぇからな」


 そう言って、ヴァクは揶揄うように大きな手のひらでロキの顎を掴んだ。


「まあ、一応犬用に客室を抑えておいてやるよ、それでいいか」


 ヴァクをやり過ごすためだけでなく、ミッドガルドの外に出たら隙を見てヴァクたちから逃れるために、出来るだけフェンと行動を共にしておきたいところだ。しかし、これ以上食い下がると怪しまれる。ロキはやむなく頷いた。

 すでに荷物を運び込んであったのか、ロキとフェンが乗り込むと、小舟はすぐに沖合にある目的の船に向けて出発した。

 遠くからではいまいちわからなかったが、近づくにつれてミッドガルドの外に出るためのその船の大きさに、ロキは驚き言葉を失っていた。

 

「俺の村より大きいかも……」


 ロキの呟きを聞いたヴァクが「ふんっ」と鼻で笑った。

 大袈裟な比喩だが、それほどまでに大きさに驚いたのだと表したかった。とんでもなく巨大な帆船だ。穂を垂らしたマストは大木のように高く聳え立ち、錨を垂らす鎖はロキの胴体よりも太かった。

 外観に比べて船内は意外と窮屈な作りで、廊下は大柄な巨人族同士がぎりぎりすれ違えるほどだ。

 ロキは相変わらずヴァクに抱えられたまま、船内の階段を登った。どうやらヴァクらに用意されているのは上階に位置する一等船室のようだった。ロキはそのうちの一室に連れ込まれたところで、やっと床に下ろされた。

 廊下は狭く感じたぶん、船室は思ったよりも広かった。大きめのベッドとテーブルにカウチまでもが並べられている。横に二つ並んだ丸い窓が特徴的だ。


「体を洗ってこい」


 ヴァクがそういって奥の部屋を指差した。どうやらそちらに浴室があるようだ。


「あの、ヴァク様、実はまだ尻が……」

「あ?」

「い、痛くて……ですね……」


 しどろもどろにいうロキの様子をヴァクはニヤリと見下ろした。


「尻使わなくても、遊び方はあるんだぜ?」


 そう言いながら抱き寄せられて、ロキはごくりと唾を飲んだ。薬の入ったカバンの肩紐をぐっと握る。


「まあ、だが、とりあえずは飯を食いに行く。その磯臭い体を洗って、さっさと着替えろ」


 そう言ってヴァクはまたロキの体を抱え上げると浴室の中に放り込んだ。

 

 

 

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