第16話

 ウッドデッキの下に降りて、小屋の脇の空地に、ロキは穴を掘り始めた。

 せめて埋葬してやろう。そう思ったのだ。

 しかし、人の遺体など埋めたことが無いのでどれほど掘ればいいのかわからない。せっかく着替えたのに気づけば身体中に汗をかいていた。

 犬はそんなロキの姿を、傍に座って「なにしてんの?」とでも言いたげにじっと見つめている。

 ロキは「はっ」と息を吐いて、地面にスコップを突き立てた。


「あのさっ、お前の飼い主のために掘ってんだから、少しは手伝えよっ!」


 やり始めたはいいが、思ったよりも重労働だったので、ロキは少し後悔し始めて苛立っていた。

 すると犬がひょこりと掘りかけの穴に降りてきた。

 犬はふんふんと地面に鼻を擦り付けたあと、前足でバタバタと土を掘り始めた。背後に土が飛び散っているが、大きい犬の掘る速度は速い。あっという間に、それなりの深さと広さまで掘り進めてしまった。


「おお、やるじゃんか、こんなもんでいいだろう」


 ロキが言うと、その意を理解したのか、犬は飼い主の衣服の裾を咥え、ずるずるとその遺体を引きずってくる。

 死人に対してあんまりな扱いだと思ったが、ロキは死んだ男に触れる勇気がなかったので、そのまま犬に任せることにした。

 犬は穴に男を放り込んだ。

 ロキがその上からスコップで土を戻し始めると、犬がそれを真似るように、穴に尻を向けて前足でバタバタと後方に土をかけた。

 不思議なもので、埋葬すると「見知らぬ男が死んでいた」と言う事実が与える恐怖がロキの中で少しだけ薄れたようだ。先ほどまで脛より下が早くこの場から去りたくてむず痒かったが、それがすっかりおさまっていた。

 ロキはまた小屋の中に戻った。

 部屋の奥、窓に沿うようにしてベッドが置かれている。確かめると、シーツは黄ばみ、毛布はなんだかしけった臭いがしている。

 とりあえず、ロキは毛布を床に投げ置き、靴を脱いでベッドの上に這い上がった。柔らかい、地面よりは。

 寝転んでみると、一気に体が重くなった。自分が恐ろしく疲れていたのだと自覚する。

 不安と恐怖で意識は覚醒したままだ。しかし、とにかく体を休めるべきだ。横になって目を閉じるだけでもいい。

 そう思って、ロキがベッドに蹲ると、パタパタと床を歩く足音がする。ハフハフと息遣いが聞こえ、かと思ったら、寝転んでいたベッドが大きく軋み、ロキの体がシーツの上で跳ね上がった。


「な、なんだよっ」


 犬だ。白い犬が堂々とベッドの上に這い上がり、ロキの隣に寝そべっている。


「おい、こら、ここは俺の場所なの! 寝るなら下で寝ろって」


 ロキは犬の背中をペシペシ叩くが、犬はそれを歓迎の意と捉えたのか、揃えた前足に顎を乗せた。動く気はないようだ。

 そこでロキははたと気づいた。もしかしてこの犬は、毎夜ここで飼い主と共に寝ていたのかもしれない。だとすれば、「ここは俺の場所」ではない。この犬の場所だ。

 ロキはぐうと押し黙り、持ち上げた頭をシーツに下ろした。

 「足はみ出てんじゃん」とロキが言うと、犬がロキの身体を真ん中に包むように、くるりと身体を丸めた。

 それがなかなかロキにとっては心地がよかった。毛布が無い(いや、あるにはあるがちょっと臭かった)ので犬の体温がちょうどいい。

 ロキはそのまま、犬の胸元に蹲った。


「おまえ、明日からは一人で寝るんだぞ 、かわいそうにな」


 言いながら、ロキはポンポンと犬の腹をなでた。しっぽが答えるようにパタリとシーツを叩く。


「なんかさ、俺今日散々だったよ」


 ロキはつい先ほど起こった怒涛の出来事を思い起こし、深く息を吐いた。呼吸をするごとに、体がシーツに沈んでいく気がする。


ーー黄昏が近づいている

ーー主神オーディンが強靭な器を求めていマス

ーーだから、ロキ、器、創って、器


「なんだよ、黄昏って。世界の終わりってやつか? 器って、は?」


ーーおまえがっ! おまえが逃げたから村がこんなことに!


「なんで俺のせいなんだよ、なんで俺が……」


 頭の上で、犬が小さく鼻を鳴らした。ロキがまた腹を撫でると、ロキの髪に犬が鼻を擦り付けてくる。トクトクという犬の心音が聞こえ、それを聞いていると、なんだか気持ちが落ち着いた。


「じいちゃん……迎えにいかなきゃ……ヴァルハラってとこにいるんだってよ……俺……海を……越えるんだ……だから、今は……眠らないと……」


 すとんと落ちていくように、ロキはそのまま眠りについた。






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