第13話

 ◇







 小石だらけで居心地の悪い川辺に、人間の姿に戻ったロキは、うつ伏せに倒れ込んでいた。


「イッテテ……」


 流れには乗れたものの、やはり動揺でヒレがうまく動かせず、川の中の岩にあちこちぶつかったり、水草にからまって危うく首が絞りそうになったりと散々だった。

 ずいぶん長く進んだ気がしたが、見上げた空はまだ暗い。ロキはどうにか体を起こすと周囲の様子を伺った。

 消し止められたのかは定かではないが、村の炎も煙ももう見えない。

 川から数メートルの範囲は小石が散らばり、そしてその外側には、ロキが暮らしていた村の周辺と同じ種類の木々が植って林を作っていた。

 思ったよりも遠くまで来れていないのだろうか。しかし、もっと遠くに逃げるにしても、これ以上川の中を進むのは体力的に厳しいものがある。どこかで休みたいところだ。

 ロキは、両手をついてぬらりと起き上がると、ずぶ濡れの体を引きずって川辺に沿って歩き始めた。

 釣り小屋でもあれば、一晩くらいはそこで凌げるかと考えていたが、そう上手くは行かず、しばらく歩いてもただ同じ景色ばかりが続いている。

 底の薄い靴で小石の上を歩き続けたせいで、足の裏が痛み出した。もうとりあえずここでこのまま寝てしまおうかと思った時、ふと顔を上げると林の中に三角屋根が見えた。

 ロキは、あまり深く考えることをしないまま林の中に踏み込んだ。とにかくこの濡れた服を乾かしたいし、少しでも柔らかい場所で眠りたい。その一心だった。

 草を掻き分け辿り着いたその場所には、ぽつんと一軒の小屋が立っていた。

 その小屋は玄関先こそ立派なウッドデッキになっていたが、全体的にはこぢんまりとした佇まいだ。

 ロキの住んでいた小屋と少しだけ外観が似ていて親しみが持てる。

 しかし、見つけたはいいが、こんな夜更けの訪問者など誰も歓迎しないだろう。ロキはためらったが、よくよく見ると、なぜか玄関ドアが開け放たれている。


「空き家か?」


 だとすれば好都合だ。

 ここで明るくなるまで少し休んでから、大きな街へ向かおう。

 そう思って、林から一歩踏み出したロキは次の瞬間息を呑んだ。


「ひっ……ぇ……」


 大きな悲鳴をあげそうだった自らの口を抑え込む。

 暗がりでよく見えていなかった。ウッドデッキの下に置かれた黒い塊。ロキは荷物だと思っていたのだが、なんとそれは横たわった人間の男だったのだ。

 周囲に血溜まりができている。獣が食ったにしては綺麗な状態だ。盗賊にでも襲われたのだろうか。

 ロキは息を殺したまま恐る恐る歩み寄る。かなり近くまで寄っても男はピクリとも動かなかった。


「だ、大丈夫か……?」


 問いかけたが答えはない。

 男の背にはナイフが刺さっていた。盗賊のものにしては柄の部分に随分凝った装飾が施されている。しかし、そんなことはロキにとってはどうでもいい。問題はここに横たわるのが、なのかなのかだ。

 村を離れる少し前から、ロキの胸元はずっとざわついたままだ。呼吸も落ち着かずに苦しい。それを整えるように、深く息を吐いてから、ロキはその場にしゃがみ込んだ。

 手を伸ばして、その辺にあった木の枝で、男の体をつんつん突いてみる。やはりなんの反応もない。

 ロキは震える手のひらを一度握りしめてから、意を決して男の肩を押し、その体を反転させた。

 ばさばさの黒髪の中年の男だ。その目は開かれたまま、光を失っている。血の気の引いた顔面に、力なく開いたままの口。死んでいる。これはだ。




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