第11話

 中層にあるのは光の神バルドルが太陽と月の光を模した昼と夜。

 その夜が明けたのかと見まごうほどに明るい空に気がついたのは、ロキが林の中を走り出して少し経ってからだった。

 向かう方角の空だけが、不自然に明るい。

 あれは自分を導く光か、などとロキは思ったが、そんな幻想はすぐに打ち砕かれた。


「あれは……も、燃えてる!」


 ロキは無意識に口に出していた。

 村の方角だ。やはり、馬車はそれほど進んではいなかったようで、ロキが炎に気がついてから、すぐに見覚えのある街道に突き当たった。

 足場の悪かった林を抜け、ロキはそのまま舗装された道を走り村の入り口に辿り着いた。

 顔を背けたくなるほどの熱風が押し寄せる。村人たちは悲鳴をあげ、逃げまどったり、なんとか火を消そうと奔走していて、誰もロキに気がついていない。

 村の中はあちこち炎が上がっているため、進むのが困難に思われた。

 ロキは最短距離を諦めて、村の外周の林に入り、そこから川沿いに進み、道ではない道を駆け上がる。

 幸い、火の手は村の中心部だけのようで、ロキの住んでいた小屋はまだ無事だった。

 急いで駆け寄り戸を開く。


「じいちゃん‼︎」 


 呼びかけるが、人の気配はない。村を燃やす激しい炎の灯りがここまで届いて、その灯りを頼りに室内を見渡すが、爺の姿は見当たらなかった。


「……じいちゃん……どこいったんだ……」


 胸がざわついた。

 表に出て庭先を見渡すが、やはり爺の姿はない。

 燃え盛る村の炎の熱が、ここまで届いてロキの呼吸を熱くしている。


ーーヴァルハラへ行かれまシタ


 鴉の言葉を思い出す。

 本当に? ヴァルハラって場所に行ったのか? じいちゃんが、俺を置いて? 一人で?

 なんで、どうして、どういうことだと、あらゆる疑問が頭に浮かぶ。

 ロキはボロ小屋を振り返った。その背景は濃紺と炎の赤い光が混ざり合っている。まるで知らない場所みたいだ。

 激しい不安が押し寄せて、ロキは息を詰まらせた。その瞬間、背後で地面を踏み締める足音がする。驚き振り返った時には、その足音の相手がロキに飛びつく瞬間だった。


「……ぐっ!」


 背中を地面に打ちつけロキは唸った。

 ロキの胸ぐらを掴み、体の上に跨って地面に押さえつけているのはタークだった。火傷を負っているのか、向かって左の頬と耳の皮膚がじくじくとただれている。


「おまえっ! なんでこんなところにいるんだっ!」


 タークはこれでもかと言うほど顔を歪め、唾を飛ばしながら喚いている。


「おまえがっ! おまえが逃げたから村がこんなことになってるのかっ⁉︎」


 そう言いながら、たーくはぐらぐらとロキの頭を揺らした。





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