第2話


 すげぇ、俺、酒場でしちゃった。などと、ロキが内心胸躍らせていると、「あんた、村はずれのお爺さんとこの孫だろ?」と赤毛の男が尋ねてきた。

 正確にはロキは爺の孫ではないのだが、否定しても、じゃあどんな関係なのか、と聞かれたら説明ができないので、ロキは男の言葉に頷いた。


「俺、あんた知ってるよ……タークだろう? 宿屋の息子の」


 ロキは喉が詰まるほどに緊張したが、それを悟られないように必死に平静を装った。別にこの赤毛の宿屋の息子タークに恋焦がれているわけではなく、ただ単に爺以外と言葉を交わすことが、ひどく久しぶりだったからだ。


「おー、話したこともないのによく知ってんな? 俺って有名人?」


 タークは戯けるように言って、もう一口ビールを飲むと口についた泡を手の甲で拭った。


「あんただって、俺のこと知ってたじゃん。話したことないのに」


 ロキが言うと「そうだな」とタークが笑う。


「まあ、しかし、あんたこの辺じゃ珍しい毛色だからさ、目立っちまうのよ」


 目立つ、と言われてロキは咄嗟にフードを被った。目立つのはあまり喜ばしいことではない。ロキの目的は今日この場所に溶け込むことだから。


「あんた名前なんつーの? なんて呼べばいい?」

「俺は、ロキだ」

「ロキか、へぇ、よろしくな」


 そう言うとタークは気さくな笑みを浮かべ、ロキに手を差し出した。これは握手だ、と直ぐに理解したロキはすかさずタークの手を握った。


「ところで、ロキ。あんたんとこの爺さんさ、最近どうした?」

「え? どう、って?」

「いや、なんか変だろ? 前からたまに買い物しに村に顔出してたけど、このところ言動もおかしいし、譫言うわごとみたいになんか呟いてるし」

「あぁ……うん……」


 タークの言うことには思い当たる節があり、ロキは頷き肩を落とした。

 爺の様子がおかしくなり始めたのは半年ほど前だ。突然感情的になったかと思えば、ぼんやりしたり、何度も同じことを言ったり、全く見当違いの話をしたり、時々ロキのことも誰だかわからなくなり、やがてそれは時々ではなく殆どになった。

 爺には、「狼とカラスには気をつけろ、村人とは関わるな」と再三言われたロキだったが、このところはそうもいかない状況なのである。

 爺は写本で生計を立てているようだったが、その仕事も今は出来ない。少しの蓄えはあったので、ロキは見よう見まねで密かに食料を買い足したりしていたが、それも長くは続けられないだろう。

 ロキには爺がどうしてそうなったのかわからなかった。今日この酒場を訪れたのは、自身の好奇心を満たすためともう一つ、爺の状態を元に戻す為の術を誰かに教えてもらうためだった。


「そっかそっか……そいつは大変だったなぁ」


 ロキは自分がここにきた理由について、タークに洗いざらい話して聞かせた。

 タークはロキの話を聞きながら、空になったビールジョッキをカウンターに置いた。


「そりゃ、あんたの爺さんは病気だな」

「だよな⁈ やっぱり……」


 爺は病気なのだ。ロキは被ったままのフードの襟元を無意識に手繰り寄せた。


「でも、どうやって直したらいいんだ……? 俺が風邪を引いた時にしてもらったみたいに、毛布をいっぱいかけて頭に冷たい布巾を乗せたら、暑い冷たいって、酷く怒られたんだ……」


 ロキはしょんぼりタークに訴えた。爺は本来穏やかで優しく喋る人だったが、この所はまるで別人だ。毛布はベッドの脇に放り投げられたし、冷たい布巾はロキの顔に投げつけてきた。


「安心しろ、いい薬がある」


 タークは軽やかな口調でそう言うと、カウンターを手のひらでポンと叩き、もう一方の手でパチンと指を鳴らしてみせた。

 その仕草はまるで、「そんなことどうってことない、直ぐに解決できる」と言われたようで、ロキは目を輝かせた。


「どんな薬だっ⁈ それ、売ってくれないか⁈ どこに行けば買える⁈」


 ロキは前のめりになりながら、タークの肩を掴んで揺らした。







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