後をつける者

「ですけどジェフさん、そうすると禁忌の森は誰が対応するんですか?」


 次の日の早朝のギルド。禁忌の森の抜け穴調査に向け完全装備のエマが、何気なく尋ねる。

 ジェフが不在の際はエマが留守を預かり、禁忌の森で赤眼の魔獣を討伐してギルラントを防衛していた。


 だが今回は、ジェフリーの調査にエマも同行する。

 そうなると、誰がこの街を守るというのか。


「それは昨夜のうちに、ギルド長に頼んであるよ。『うへえ』っていつもの調子で嫌そうにされたけどな」

「……あの人に任せて大丈夫なんです?」


 ジェフリーの言葉に、エマはいぶかしげな視線を向ける。


 元々エマは過去に裏切られたこともあり、ジェフリー以外の者を誰一人として信用していない。

 それに加え、日和見主義で頼りなく、肝心な時にはすぐに執務室に引っ込んでしまうギルド長のヘンリーだ。彼女がこんな反応をするのも当然といえる。


「ああ。八年前にエマが来てくれたおかげであの人の出番はすっかりなくなったが、それまでこのギルラントを守ってきたのは他ならぬギルド長だからな。いざとなれば頼りになる」

「ふうん……」


 ジェフリーが説明するも、一切信じていない様子のエマ。

 いずれにせよ、ジェフリーがいいのであれば、エマはこれ以上言うつもりはない。


 そもそもジェフリー不在時にギルラントを守っているのも、全ては彼のためでしかなく、エマにとってはこの街がどうなろうと知ったことではないのだから。


 そんなことより。


「あは……ジェフさんとご一緒するなんて、夢みたいです……」


 両手を合わせ、最高の笑顔を見せるエマ。

 ジェフリーの隣に立つために、彼を支えるために、黒曜等級冒険者の地位も名誉も全て放り捨て、辺境の街のギルド職員になったのだ。願いが叶い、エマは喜びが隠し切れない。


「そ、そうか……」


 一方のジェフリーは、王国で最も危険な場所である禁忌の森に、しかもこれまでとは比べ物にならないほどの危険が待ち構えていることが明白なのに、そこへ大切な仲間を連れて行くのだから、不安で仕方なかった。

 もちろん昨夜の手合わせでエマの実力は充分理解し、上層の赤眼の魔獣が相手でも後れを取ることはないことも分かっている。


それでも、彼が誰かを連れて禁忌の森に行くことは初めてのことなのだから。


(ぜ、絶対にエマを守らないとな)


 彼女の実力と想いを知り、同行を求めたのは他ならぬジェフリー。

 同僚として、仲間として、エマを守り抜くことを固く誓った。


 あの日・・・の失敗を、二度と繰り返さないために。


 ◇


「エマ、そっちはどうだ?」


 禁忌の森の中層。ジェフリーは襲いかかってきた赤眼の魔獣の目玉を剣で刺し潰し尋ねる。


「こっちも終わりました」


 巨大なメイスによって脳天を破壊され、息絶える赤眼の魔獣を足蹴にしながらエマが答えた。

 ジェフ不在時におけるエマの禁忌の森での活動範囲は、ギルラント側である南の区画のみ。それも中層の入り口付近まで。


 二人が来ている場所も中層だが、エマにとってこの区画は初めて足を踏み入れた場所だった。


「おお、すごいな。ミノタウロス種の赤眼の魔獣は、中層では最上位の強さなんだぞ。それをこうも見事に一撃で仕留めるなんて」

「あは……」


 ジェフリーに褒められ、嬉しそうにはにかむエマ。

 彼女の幸せそうな表情は、足元に転がる赤眼の魔獣は頭部が跡形もなく破壊され、周囲に肉片と血が飛び散っている惨状とは完全に不釣り合いだった。……いや、知らない者が見たら、その異様な光景にきっとおののくに違いない。


「それで、例の抜け穴まであとどれくらいですか?」

「もうすぐだ」


 二人は禁忌の森をさらに進み、昨日ジェフリーが見つけた抜け穴のある地点に到着した。


「これが……」

「ああ。この穴を通って、王都に出現した魔獣も禁忌の森の外に出たに違いない」


 問題は、誰がこの抜け穴を作ったのかということ。

 国の関与の可能性もあるが、それにしても不可解な点が多すぎる。


 まず、禁忌の森は黒曜等級冒険者……それもエマのように飛び抜けた実力者でなければ、この森に足を踏み入れた時点で赤眼の魔獣のになり果ててしまう。

 だというのに、十メートルを超える大きさの青鱗の魔獣が通り抜けできるだけの穴を開けるとなると、とても一人や二人では無理。なら、それなりの人数が必要だ。


 もしそれなりの規模の人員を動員したというのなら、禁忌の森に足繁く通っているジェフリーが、気づかないはずがない。


 次に、この抜け穴を作った者は、赤眼の魔獣を外に連れ出して何がしたかったのかということ。

 赤眼の魔獣は非常に知能が高く狡猾こうかつで、中には人間と同等あるいはそれ以上の知能を持つ者もいる。そんな魔獣達が、人間に利用されるということも考えにくい。


 赤眼の魔獣を外の世界・・・・に連れ出しても、いたずらに混乱を招くだけだ。


「……何か意図があって赤眼の魔獣を外に出しているのなら、間違いなく王国の……いや、世界の脅威になる。それだけは絶対に阻止しないといけない」

「待ってください。これ……本当に、人間の仕業なんですか?」

「どういうことだ?」


 エマの言葉に、ジェフリーは思わず聞き返す。


「ジェフさんのお話や私自身が赤眼の魔獣を討伐してきた経験を踏まえると、それだけの知能を持つ魔獣なら、自分達で外に出たという可能性もあるんじゃないですか?」

「…………………………」


 ジェフリーも、その可能性については考えていた。

 だが、誰よりも赤眼の魔獣を知るジェフリーは、それはあり得ないと早々に切り捨てたのだ。


 赤眼の魔獣……眷属・・は、禁忌の森からはみ出ることはあっても、決してここを離れることはない。

 それが、あの魔獣達の存在意義でもあるのだから。


「……いずれにせよ、全てはこの穴の先へ進めば分かることだ」

「そうですね」


 ジェフリーとエマは、抜け穴へと足を踏み入れ……ようとして。


「そこにいるのは誰だ」


 生い茂る草むらの先に鋭い視線を向け、ジェフリーが声をかける。

 エマも、背負っていた巨大なメイスを手にして臨戦態勢を取った。


 すると。


「…………………………」


 現れたのは、クローディアの元秘書であり、今は二人の同僚であるカイラ=リンドグレーンだった。


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