禁忌の森の調査

 カイラがギルラントの冒険者ギルドの職員に採用されてから、今日でちょうど二週間。

 あれからどうなったかというと。


「こ、このオーク、俺が討伐したんすよ!」

「この野郎エリオット! 抜け駆けはずるいぞ!」


 ジェフリーの教え子をはじめ、男の冒険者達がカイラの座るカウンターの前に殺到していた。

 確かにカイラはまごうことなき美女であり、エマの『ギルラントでお嫁さんにしたい女性ランキング』一位の座も揺らぎ始めている。


 ただ、当のエマ本人はわずらわしい男連中が全てカイラのほうへ流れてくれたため、相手をする必要もなく仕事も減って嬉しそうにしているが。


「さて、と」


 ジェフリーは軽く伸びをすると。


「エマ、ちょっと行ってくる」

「……気をつけてくださいね」

「ああ」


 心配そうに見つめるエマと言葉を交わすと、ジェフリーは今日もギルドを出て禁忌の森を目指す。

 もちろん、王都に出現した青鱗の魔獣が、どうやって禁忌の森を出たのかを調査するために。


 王都から帰ってきた次の日以降、ジェフリーは毎日足繁く禁忌の森へ通っていた。

 だが残念ながら未だに手掛かりは見つからず、まだ調べ終わっていない区域は残り僅か。早ければ今日明日で禁忌の森全域を調査し終えることとなる。


(だが赤眼の魔獣が、禁忌の森以外にいるはずがないんだ)


 本来であれば、赤眼の魔獣は禁忌の森から出ることができない。

 なのに王都に現れた青鱗の魔獣は、間違いなく赤眼の魔獣だった。


 つまり……どこかにほころびができて外へと抜け出てしまったということ。

 ならば一刻も早く、そのほころびを塞がなければならない。


 そして。


「ここに手掛かりがなかったら、もうお手上げだな」


 禁忌の森に到着し、ジェフリーは残されていた南東の区域の調査を始める。

 といっても、赤眼の魔獣……十メートル級のあの青鱗の魔獣が通ることができるだけの抜け道なので、もしそれがあるのなら見逃すことはないはず。


 森の中を進み、中層に差しかかると。


「あれは……」


 一体の魔獣に群がり捕食する、三体の別の魔獣。

 いずれも五メートル級の人型であるところをみると、トロールと呼ばれる種族のようだ。


 ただし、その眼は血塗られた赤に染まっているが。


「……本当は、言葉が話せる奴だとよかったんだがな」


 禁忌の森に棲息する魔獣は、全て眼が赤い。

 とはいえ、魔獣の個体そのものは禁忌の森の外にもいる、ごくありふれた魔獣が素体となっている。


 なので魔獣の能力や性質などは、眼の色に関係なく同じ。

 違うのは、その強さと知能。


「おい」

『? ……ッ!?』


 トロール種の赤眼の魔獣が振り向いた瞬間、首を斬られ鮮血がほとばしる。

 それに気づいた残る二体は慌てて迎撃態勢を取ろうとするが。


「遅い」

『ウガ!?』

『グヘ!?』


 続けざまにジェフリーに斬られ、二つの首が、ごろん、と地面に転がり落ちた。


「本当にこいつらは、どれだけ殺しても湧いて出てくる」


 青鱗の魔獣を倒した時と同じように、ジェフリーは表情も変えずトロール種の魔物の赤い眼を、無慈悲に、だけど一つも漏らすことなく剣で貫き潰していく。

 そうしなければならない理由があるのか。それとも、ジェフリー自身がそうしたいからなのか。


 トロール種の魔獣に捕食されていた魔獣の赤い眼も剣で潰し終えると、再び森の中を歩くジェフリー。

 途中、何体かの赤眼の魔獣が現れたが、いずれもなす術もなくジェフリーによって狩られる。


 禁忌の森に入ってから遭遇した赤眼の魔獣は、全て彼の手によって討伐された。

 ジェフリーはただの一体も逃すつもりはない。


 普通なら、魔獣討伐よりも調査を優先させるべき。

 だがジェフリーは、赤眼の魔獣を倒すことを何より優先する。


 そうして森の中を歩き続けること、数時間。

 空はいつの間にか茜色に変わり、一日の終わりを告げようとしていた。


(これ以上は無理、だな……)


 結局抜け穴どころか手掛かりとなるようなものも見つからず、ジェフリーは落胆して肩を落とす。

 引き続き調査を続けるという手もないわけではないが、すぐに夜を迎えてしまう。


 ここは赤眼の魔獣が跋扈ばっこし、誰一人として訪れることのない禁忌の森。

 たとえジェフリーでも、わざわざ身の危険をさらすような愚を犯すことはない。


 万が一にでもやられてしまったら、赤眼の魔獣を討伐できなくなることを誰よりも理解しているからこそ。


「さて、帰るか」


きびすを返し、ジェフリーが来たルートを戻ろうとした、その時。


「あれは……?」


 高く生い茂る草を見つめ、ジェフリーは違和感を覚える。

 だがそこは、ついさっきまでおかしなところはなかったはず。


 ジェフリーは剣で草むらを刈りながら、中へと進むと。


「……なるほどな」


 草を切ったはずなのに、一切の手応えがない。

 つまりジェフリーに見えている目の前の草は、幻だということ。


 陽が落ちた夕暮れ時だったからこそ、周囲の草の影が伸びたことにより気づけた違和感。

 そう……こここそが。


「見つけたぞ、エマ」


 直径十メートル以上に及ぶ地面にぽっかりと開いた穴を見つめ、ジェフリーは口の端を持ち上げた。


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