魔法剣士

「この私ともう一度、手合わせ願えますでしょうか」

「え……?」


 カイラの意外な申出に、ジェフリーは青ざめた顔で呆けた声を漏らす。

 クローディアの指示で王都からやって来た時に、既に手合わせ済。もう一度する意味が分からない。


 もちろん、前回の手合わせでカイラが一切本気を出していないことは知っている。

 あくまでも、ジェフリーの実力を試すためであったことも


 だが、今回は剣を交える理由がないのだ。それこそ、王都で知らないうちにカイラの不興を買うようなことを、自分がしでかしたとしか思えなかった。


「そ、そのー……何か不快なことをしてしまったのなら、謝罪する。本当に、申し訳ございませんでした」


 こういう時、余計なことを言わないに限る。言い訳などもっての外だ。

 なのでジェフリーは、流れるような動きで平伏す。床に額をめり込ませることを辞さない覚悟で。


 ところが、今回ばかりは彼の行動は悪手極まりなかった。


「……そうですか。であればこそ、私と手合わせいただきたいのです。それで、ジェフリー殿の謝罪といたしましょう」

「おうふ……」


 そう……カイラはジェフリーの謝罪を逆手に取り、自分の思いどおりとなるように利用した。

 これがクローディアであれば、一も二もなくジェフリーを立たせただろうが、カイラは違う。自分にとって都合よくなるのであれば、普通に相乗りする。それが彼女の処世術である。


 だから変な声を漏らしたジェフリーは、己の判断ミスを嘆くほかない。


「では、表にまいりましょう」

「い、いや! それならちゃんと相応しい場所があるから!」


 これ以上カイラに主導権を握られ、彼女との試合は不可避。ならば、せめて前回のように大通りを歩く面々のさらし者になるというてつは踏むまいと、ジェフリーは彼女を連れて行く。


 そこは、冒険者ギルドに併設されている訓練場。

 王都のギルドと比べれば小さな家畜小屋程度の広さしかないかもしれないが、それでも、ここなら誰かに見られるようなことはない。


「では」


 ジェフリーの正面に立ち、カイラはレイピアを抜く。

 身幅が細く、斬撃よりも刺突に重きを置く片手剣。軽いため非力な者でも扱いやすい。


「まいります」


 カイラは半身に構え、剣の切っ先をジェフリーの眉間に合わせる。

 その姿勢には一分の隙もないが、それは前回で把握済み。問題は、ここから先に何があるのかである。


「ふっ!」


 地面を蹴って距離を詰めると、カイラは素早く突きを繰り出す。

 狙ったのはジェフリーの首の部分。


「甘い」


 カイラの突きは難なくかわされ、ジェフリーは彼女の肩口へ剣を振り……下ろすことなく、バックステップで距離を取った。


「なるほど。意識を上に向けさせて、本命は俺の足。まずは機動力を奪いにきたというわけか」

「読まれてしまいましたか」


 感心するジェフリーに、カイラは僅かに口の端を持ち上げる。

 確かにこれは、前回とは違う。攻撃のパターンにも、バリエーション……いや、いやらしさ・・・・・があった。


(……これは、あのコンラッド殿よりもやりにくい)


 王国軍第二軍団長のコンラッドは、膂力りょりょくや一撃の破壊力はすさまじいものがあるが、太刀筋は素直だった。これは、武人としてみっともない真似ができないという誇りからくるものだろう。


 だがカイラは違う。

 勝利のためならば、誇りどころか恥も外聞すらも、躊躇ちゅうちょなく捨て去ることができるタイプ。たったこれだけの攻防で、ジェフリーはそこまで読み取った。


 一方で、カイラも必勝の策をジェフリーに読まれ、舌を巻く。

 最初に放った突きもおとりとはいえ決して手を抜いたものではない。だというのに、それを最小の動きで難なくかわしてみせたジェフリーに、カイラは再び認識を改めた。


「……やはり、出し惜しみをしている場合ではないですね」

「む……っ」


 カイラが腰を落として低く構え、ジェフリーを見据みすえる。

 武器の特性、カイラの戦闘スタイルを踏まえると、一気に接近して素早い突きで仕留めるつもりだろう。


 ジェフリーは正眼に構え迎撃態勢を取る。

 これで迂闊うかつに飛び込めば、ジェフリーの剣の餌食になる。


 そう思われたのだが。


「な……っ!?」


 カイラが放ったのは、レイピアによる突きではなく、火属性魔法によって生み出された拳大の火球。それも、数にして八。

 さすがのジェフリーも、剣の試合だと思い込んでからの魔法攻撃に、思わず面食らってしまった。


 魔法はカイラが放った火球のように直接攻撃を行うものをはじめ、防御、身体強化など、あらゆる側面において人間の能力を強化する優れた代物。

 ただし、魔法を扱うために必要となる魔力を有する人間が、世界でもほんの一握りしかいない。


 故に西方諸国のほとんどの国は、魔力を有する者を保護又は囲い込みを行う。

 何故そのようなことをするのかは、考えるまでもない。


 魔法使い一人につき、個人差があるとはいえ常人の十倍……いや、二十倍もの戦力差を生み出すのだから。


 アルグレア連合王国では魔法使いに対し比較的・・・人道的な保護を行っているため、この国に生を受けた魔法使いは、まだ幸せな部類に入るだろう。

 だが一部の国では強制的に捕えられ、道具として戦いを強いられる。中には、魔力を有しているというだけで排斥はいせきされることも。いわゆる『魔女狩り』というやつだ。


 魔法使いがそのような人道を無視した扱いを受ける理由はただ一つ。強いからだ。

 そして人々は、魔法使いを恐れる。いつか、自分達に災いを為すのではないかと。


 つまり……魔法を使えるカイラは強い。


「く……っ!」


 剣を振るい、カイラの放った火球を打ち落とすジェフリー。

 それにより生まれた隙を突いて、カイラは細くしなやかな身体ごと彼の懐へ飛び込んできた。


(これで……届く……っ!)


 既にカイラのレイピアの切っ先は、ジェフリーの胸の数センチ手前まで迫っている。

 ここから剣を弾くことも、ましてやかわすこともできない。


 だが。


「悪いがそれは経験済み・・・・だ」

「な……っ!?」


 突然カイラの視界から消えたかと思うと、左横にいたジェフリーの刃がカイラの首に当てられていた。


 そう……ジェフリーはカイラの狙いを予測し、右足の先を軸にして最小限の動きで反転することで、あの刹那にかわしてみせたのだ。

 カイラからすれば本当に一瞬の出来事であり、ジェフリーは文字どおり消えた。


「……まいりました」


 剣を下ろし、素直に敗北を認めるカイラ。

 潔さではない。ただ合理的に、ここから反撃できる可能性が皆無だからこその即座の決断。


 何より、ジェフリーの剣から伝わるこれまで感じたことのないような不気味な気配が、彼女の心をへし折った。


「ふう……」


 ジェフリーもまた剣を下ろし、深く息を吐いて剣をさやに納める。

 試合内容こそジェフリーの圧勝のように見えるが、彼自身はそうだと思っていない。


 そもそもジェフリーにとって戦いは常に真剣勝負。

 余裕を見せるなど、あり得ないのだから。


「いやあ、本当の・・・カイラ殿は強いな。まさか魔法剣士・・・・だとは思わなかったよ」

「……恐れ入ります」


 笑顔を見せるジェフリーの右手を取り、カイラは軽くお辞儀をする。

 改めて剣を交え感じる、クローディアの師ジェフリー=アリンガムの実力。


 コンラッドでは足元にも及ばなかったことも、青鱗の魔獣がなす術もなく討伐されてしまったことも納得である。


 だからこそ、カイラは再び思う。


 ――この男は、危険であると。


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