思わぬ再会

「ほえー……すごいなあ……」


 コンラッドとの決闘の翌日、ジェフリーは王都の大通りを一人歩いていた。

 もちろん、初めての王都散策……もとい、王都に滞在する間の宿を探すために。


 なお、クローディアから提案のあった王宮での滞在については丁重に……いや、断固拒否した。

 しかも彼女が面会をと求めてきた両親とは、すなわちアルグレア連合王国の国王並びに王妃。一介のギルド教官がそんな気軽に会うなどあり得ない。


 その判断は正解だったようで、ノーマンからは『辺境の元冒険者でも、一応は分別というものがあったんですね』と皮肉を言われる始末。カイラも何も言ってはいなかったが、向けられた冷ややかな視線でお察しである。


 ただし、クローディアからは泣きそうな顔で引き留められてしまい、かなり心が痛んだジェフリーだったが。


「それにしても、どうしてノーマン殿はあそこまで俺を毛嫌いするのかなあ……」


 思い返せば、クローディアと再会して彼女の求めに応じ気さくに話しかけた時も睨まれ、コンラッドとの決闘の際に告げられた皮肉の数々。

 こうやって一人で王都に繰り出したジェフリーに同行しようとしていたクローディアに、『仕事が溜まっている』とカイラと二人がかりで阻止をした。


 ……まあ、これに関しては仕事を放り出そうとしたクローディアが悪いのだが、それでも、ノーマンからは絶対に二人にさせてなるものかという気概がうかがえた。


 コンラッドをはじめとした第二軍団の面々を含め、魔獣討伐まで前途多難だなと、ジェフリーは肩を落とす。


「いやいや。そんなことより宿を探さないと」


 気を取り直し、ジェフリーは大通りの宿の前で立ち止まる……のだが。


「俺みたいな田舎者が、ここに入ってもいいんだろうか……」


 自分の格好を見つめ、宿の扉をくぐるのを躊躇ちゅうちょするジェフリー。

 というのも、先程から宿を出入りする客達はいずれも高級そうな服装の者ばかり。中には冒険者風の者達もいたにはいたが、それでも装備品はかなり値の張るものだった。


 それに。


「……これ、俺の見間違いじゃないよな」


 宿の前に掲げられていたのは、宿泊料を記した看板。

 お値段なんと、一泊金貨一枚である。


 月の給料が銀貨二十枚のジェフリーには到底無理な金額。泊まろうと思ったら、五か月分の給料を差し出さなければない。それでも、たった一晩しか泊まれないのだから。


「どうしよう……」


 クローディアにきっぱりと断ってしまった手前、今さら泊まる場所を無心することはできない。というか、彼女の師としてのちっぽけな自尊心がそれを許せなかった。

 とはいえ、このままでは魔獣を討伐するまで野宿は必至。それに、同じく大通りにある食堂なども見てみるがギルラントの五倍の価格設定。もはや日々の食事すら怪しくなってきた。


「俺……魔獣と遭遇する前に野垂れ死にするかも」


 冗談でつぶやいてみたものの、かなり現実味を帯びているために笑えない。


「や、やっぱり俺みたいな奴が一人でこんなところに来るなんて、無謀だったんだよ」


 今のジェフリーには、誰も彼もが貧乏でみじめな自分のことを馬鹿にしてわらっているとしか思えてならない。

 都会という場違いなところにいる緊張と寒い懐、辺境の田舎から出てきたという劣等感で、ジェフリーの情緒はおかしくなっていた。


 すると。


「あれは……」


 目に留まったのは、大通りでもひときわ大きな三階建ての建物。

 『冒険者ギルド王都本部』という看板が掲げられていた。


「と、とりあえず、あそこに避難するとしよう」


 冒険者ギルドなら、王都でもギルラントでもさほど変わらないだろう。

 それにジェフリーは、冒険者ギルドの教官を務めている。なら、同じ職場ということでむしろ歓迎してくれるのではないだろうか。


 そんな淡い期待を抱き、ジェフリーは冒険者ギルドの扉を開ける……のだが。


「…………………………」


 ギルドの中はとても広く、大勢の冒険者でごった返していた。

 掲示板には依頼が記された羊皮紙が隙間を埋め尽くすように貼られ、飾られている調度品などもどこか洗練されている。


 職員達も完璧な接客をこなしており、雰囲気も素晴らしい。

 冒険者達もそうだ。身にまとっている装備品はいずれも高価な物であることがうかがえ、自分の貧相な装備品と見比べてジェフリーは肩を落とす。


 そう……ギルラントの冒険者ギルドとは、何もかもが違っていた。


(いいい、いや! 俺だって冒険者ギルドの教官なんだ! 何を恥ずかしがることがある!)


 などと己を奮い立たせるが、むしろ同業者と同じ空間にいるからこそ、大通りを歩いていた時とは比べ物にならないほど注目を浴びるジェフリー。

 彼等の視線は、『どこの田舎者だ?』と物語っていた。


 すると。


「失礼。ひょっとしてあなたは、このギルドは初めてですか?」

「へ? あ、ああ……」


 礼儀正しくも気さくに声をかけてきたのは、槍を携え立派な甲冑を着こんだ若い冒険者。見たところ、二十代前半といったところだろうか。

 その後ろには、魔法使いのローブに身を包んだ女性と、神官服の女性。それに剣士と思われる女性が控えている。


 というかこの男、女性だけをパーティーメンバーにしているようだ。

 二十八年間女性と縁遠かったジェフリーは、嫉妬を感じずにはいられない。


「ちょうど今、僕達は王都の外れにある迷宮探索の依頼を受けているんです。よかったらあなたの力をお借りできませんか?」

「お、俺?」


 どうやらこの男は、ジェフリーをパーティーに勧誘しているみたいだ……が、後ろの女性冒険者達は露骨に嫌な顔をした。それを見たジェフリーは、少なからず落胆する。


「そのー……さ、誘ってくれたのに悪いが、俺は冒険者じゃないんだ」


 ジェフリーの言葉に間違いはない。

 彼は冒険者ではなく、冒険者ギルドの教官なのだから。


「ですが冒険者ギルドにいるということは、冒険者に興味があるということですよね? でしたら、せっかくですから見学も兼ねて同行してみるのはどうでしょう」

「…………………………」


 冒険者ではないことが分かっても、なおも執拗に誘ってくる男の冒険者。

 あからさまに怪しいと感じたジェフリーは、ギルドに報告することも含めどうしようかと思案していると。


「いたたたたっ!?」

「……あなた達の会話は聞こえていたの。わざわざ素人を勧誘するなんて、何を企んでる」


 男の腕を握りしめその場で組み伏せるのは、鋼鉄の板を幾重にも貼り合わせた巨大な弓を担いだ、一四〇センチにも満たない銀色の髪をおさげにまとめた小さな女性冒険者だった。


「は、離せよ! ……って!?」

「……このままギルドに通報するから、覚悟するの」


 必死に振り払おうと振り返ったところで、男は女性冒険者を見て驚愕の表情を浮かべる。

 どうやら彼女のことを知っているようだ。


「……あなたも興味本位で冒険者ギルドに来られたら迷惑。だからさっさとここから……」


 苦言を呈しながら振り向いた瞬間、女性冒険者は固まる。

 それは、苦言を呈された側のジェフリーも。


 何故なら。


「……まさか、先生……?」

「いやあ、ひょっとしたら知ってる奴に逢えるかもとは思ってたがなあ」


 男の冒険者には無表情を貫いていた女性冒険者は一瞬で顔をくしゃくしゃにし、ジェフリーは破顔する。


 そして。


「……先生! 先生!」

「ははっ、久しぶりだな! 〝アリス〟!」


 胸に飛び込んで来た女性冒険者〝アリス=ウェイク〟を受け止め、ジェフリーは元教え子との再会を喜んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る