渾身の一撃
「えーと……そもそもこの決闘、勝敗はどうやって決まるんだ?」
ジェフリーの刃がコンラッドの延髄へ振り下され、僅か一センチに満たない位置で止まった。
もしそのまま振り抜いていれば、コンラッドの首は間違いなく地面に転がっていただろう。
「あ、そういえば決めてませんでしたね」
二人の間に割って入り、苦笑するノーマン。
普通に考えればこの時点でジェフリーの勝利は明らかなのだが、とりあえずは
(まあ、それも仕方ないか)
周囲を見渡すと、兵士達は明らかに納得がいっていない様子。
きっとこの状況も、コンラッドが
おそらくは、当の本人も。
「ではこうしましょう。どちらかが降参をすれば試合終了ということで」
「分かった。俺はそれで構わない」
「当たり前じゃ! 偶然膝が折れただけで、勝手に負けにされてはたまったもんじゃないわい!」
案の定、コンラッドは今の一連の結果が偶然でしかないと思い込んでいる。
いずれにせよ、勝利条件が明確になった以上、ジェフリーは相手が負けを認めるまで、ただ
(といっても、ディアの手前もあるしなあ……)
本来の目的である魔獣討伐が控えている中で、貴重な戦力でありクローディアの大切な部下を傷つけるわけにもいかない。
目の前の白金等級冒険者すらも赤子のように
◇
「お、おい……」
「ああ……これで
二人の決闘が始まってから、およそ十分。
コンラッドは休むことなくバルディッシュを繰り出し続けるが、ジェフリーにことごとく
こうなってくると、さすがの兵士達も気づく。
ジェフリーとコンラッドの間には、それだけの実力差があるのだと。
闘っているのは王国軍が誇る第二軍団長で、歴戦の勇士のコンラッドであるにもかかわらず。
「ぬうううううううううううう! ちょこまかと!」
だというのに、肝心のコンラッド自身は攻撃を受け傷つけられたわけではないため、その実力差を理解できていない。
……いや、冒険者に対する嫌悪感から、それを受け入れることを拒否し続けていた。
とはいえ、このままではどれだけ攻撃を仕掛けたところで、この状況が覆ることはない。
体力に自信のあるコンラッドではあるが、いずれ底が尽き、戦闘不能になってしまうことが目に見えている。
目の前のジェフリーは、健在のままで。
(ならば……何としてでも一撃を食らわせてやるわい!)
攻撃は全て防がれてしまっているが、たった一撃でも与えることができれば、それだけでジェフリーを戦闘不能にできる。
コンラッドは構えを戻し、天を仰いで深く息を吐き呼吸を整え始めた。
次の一撃で、仕留めるために。
「む……」
雰囲気が変わったことを察知し、ジェフリーもまた構え直す。
どのような攻撃を仕掛けるつもりかは分からないが、これを凌げばコンラッドに打つ手はないはず。そう考えたジェフリーは、全神経を集中させた。
そして。
「ぬうんッッッ!」
繰り出されたのは、訓練場の地面を揺るがしてしまうのではないかと錯覚するほどの重い踏み込みから放たれる、上段の振り下ろし。
その速度、威力、間違いなくコンラッド最大最速の攻撃だった。
だが、既に間合いをつかみ、彼の攻撃を完全に見切っていたジェフリー。
コンラッド渾身の一撃すらも、一歩……いや、半歩下がるという最小の動きで
二人の闘いを見守っている誰もがそう思った、その時。
「ここじゃああああああああッッッ!」
「っ!?」
なんとコンラッドは勢いよく振り下ろしたバルディッシュを右手一本で地面に直撃する前にぴたり、と止め、切り返してかち上げの一撃を放つ。
これこそ、王国のために長年戦い続けてきた歴戦の勇士コンラッドが、戦場において多くの敵を……強者を
類まれなる
ジェフリーも例外なく術中にはまり、
そう、思っていたのに。
「……悪いがそれは
「な……ん、じゃと……っ」
必殺の一撃は完璧に見切られ、かち上げの動きに合わせて与えられたジェフリーの剣撃により、バルディッシュはコンラッドの手を離れ、空高く舞い上がる。
ジェフリーの目の前には、驚愕の表情を浮かべたコンラッドの、無防備な身体があった。
「まだ、続けるか?」
喉元に剣の切っ先を突きつけ、ジェフリーは問う。
獲物であるバルディッシュは弾き飛ばされ、身動き一つしようものなら喉笛は容赦なく貫かれてしまうだろう。剣先から放たれる殺気が、コンラッドにそのことを理解させた。
……いや、殺気と呼ぶのは正しくない。
身体の中から這いずり出てくるおぞましい恐怖の感情がジェフリーの気配によって引きずり出され、コンラッドの足の爪の先から髪の毛の一本にまで支配し、全てを諦めさせてしまうのだ。
あえて表現するとすれば、これこそが『絶望』というものだろうか。
「こ、この……っ」
それでもなお、コンラッドは敗北を拒む。
彼には彼の、軍人としての
戦場において敗北は、すなわち死。
これまで数々の戦いにおいて生を拾ってきた男の、せめてもの意地がそうさせていた。
その時。
「ふう……もういいだろう。この勝負、ジェフリー=アリンガム殿の勝ちとする」
これまで二人の闘いを見守っていたクローディアが大きく息を吐くと、
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