第二軍団長との決闘

「先生、こちらが王国軍の訓練場になります」

「おうふ……」


 クローディアに案内され、やって来た幕舎内の訓練場。

 先回りしていた第二軍団の兵士達は、舞台となる中央の広場を既に取り囲んでおり、ジェフリーとコンラッドの決闘を今か今かと待ちわびていた。


(ほ、本当にこんなところで闘うのかよ……)


 そもそもジェフリーはギルドの教官であり、観客など誰もいないところで魔獣達と戦うだけ。こんな大勢の前で見世物として闘ったりするようなことはない。

 先日のカイラとの決闘の際も周囲に見物人はいたものの、それでもその人数はここにいる兵士達の百分の一以下。比べるまでもなかった。


 小心者のジェフリーは今すぐにでもこの場から逃げ出し、即刻ギルラントに帰りたかった。


 とはいえ。


「フフ……久々に先生の雄姿を拝見することができる」


 楽しそうに微笑を浮かべるクローディアを見てしまうと、到底断れる雰囲気ではない。

 何より、ジェフリーは今もこうやって慕ってくれている元教え子を、失望させたくはなかった。


 だから。


「ややや、やってやるぞ」


 重圧に押しつぶされてしまいそうなノミの心臓を奮い立たせ、小さく気合いを入れる。

 その姿は、クローディアはともかく、カイラとノーマンが『本当に大丈夫か?』と冷ややかな視線を送るほどに頼りなかった。


「剣を抜けい」


 正面に立ったコンラッドが、巨大なバルディッシュを構える。

 その風格は、軍団長を担うだけのことはあり、実力も相当なものであることがうかがえた。


 だが、それ以上に。


「冒険者風情がどうやって姫様に取り入ったのか知らんが、すぐに化けの皮をがしてくれるわ」


 どうしてコンラッドは、ここまで自分を敵視しているのか。

 それは、周囲を取り囲む兵士達も。


「……一つ聞きたい」

「なんじゃ」

「どうしてそこまで、俺を目の敵にする。こんなことを言うのも何だが、俺が魔獣討伐に参加したのはディア……クローディア殿下の依頼によるものだ。こっちはそこまで恨まれる覚えはないんだがな」

「ふん、そんなことか」


 ジェフリーの言葉に、コンラッドは鼻を鳴らす。


「知れたこと。我等は冒険者風情の手など借りんでも、魔獣の一匹や二匹倒してくれるわ。この前はたまたま・・・・逃げられてしもうたが、今度はそうはさせん」

「…………………………」

「それに、お主がわしに敗れ尻尾を巻いて辺境の田舎に引っ込めば、姫様もさぞ幻滅なさるじゃろうて」


 そう言うと、コンラッドは口の端を持ち上げる。

 だが話を聞く限り、コンラッドはジェフリー個人というより、冒険者そのものに思うところがあるようだ。


 それは他の兵士達も同じようで、強く頷く者や拳を振り上げて応える者達もいた。


(まあ、冒険者が嫌われるのも仕方ないかもしれないな)


 アルグレア連合王国をはじめ、西方諸国の各国は冒険者の存在を重要視していた。

 その理由は、冒険者の活動が国にとって有益だからだ。


 未開の地の発見、迷宮や遺跡で入手した希少品などは国の発展に大きく寄与し、また、高い等級の冒険者となれば、戦において戦局を左右してしまうほどの実力を兼ね備えている。


 だが、日々の国の治安を守り、有事の際に国防のため前線で戦っているのは彼等兵士達。

 冒険者達が華々しく活躍しもてはやされる一方で、自分達は日陰に追いやられぞんざいに扱われているのだから、気に入らないのも当然と言える。


 ただ。


「……一応俺は、十年前に冒険者を辞めて、今はただの教官に過ぎないんだが」

「同じこと。それに姫様はお主に絶大な信頼を寄せている模様。あの誰よりも黒曜等級冒険者どもを毛嫌いしている姫様が」

「それ初耳なんだけど」


 カイラからは、王国の黒曜等級冒険者全てに依頼をかけ、断られたと聞いている。

 今の話を踏まえると、そもそも冒険者達に依頼すらしていない可能性もあるのではないだろうか。


 教え子時代の彼女も、周囲の冒険者達に馴染む様子は一切なかった。だからこそ、コンラッドの言葉に思わず頷いてしまいそうになるジェフリーがいる。


「ま、まあそれは、俺が彼女の教官だったからに過ぎなくて……」

「そもそも! 我クローディア殿下がかつて冒険者であったなどと、誰が信じるか! 姫様は我等第二軍団が……いや、王国軍が誇る敬愛すべき王国最強の指揮官であり、全てを投げうってでも護るべき御方! 我等は決して、お主を認めぬッッッ!」


 なるほど。単純に冒険者が嫌いなだけでなく、嫉妬からの逆恨みが多分に含まれている模様。

 いずれにせよコンラッドとの決闘はクローディアにとって既定路線であり、避けようがないもの。


 それに、魔獣討伐に当たっては第二軍団と協働して行うことになっている。

 クローディアが強制的に従わせたとしても、このままでは邪魔になるばかりか無用な犠牲が出てしまう危険もある。


 なら、彼等に実力を示して納得させるしかない。

 何より、大切な教え子の目の前で無様な姿をさらすわけにはいかないのだ。


 そう考えたジェフリーは剣の柄を握り、ゆっくりとさやから抜いた。


「ほう……片刃の剣とは珍しいのう」


 ジェフリーの剣は、鈍く輝く片刃の剣。

 通常、片刃となればサーベルのように反りがあるものだが、彼の剣はただ真っ直ぐに伸びていた。


 身幅こそ通常の剣と変わらないものの、その厚みはおよそ三倍はあるだろうか。

 だがそうなると、切れ味という点においてはそこまで期待できなそうにも見える。


「ノーマン、開始の合図を告げよ」

「はっ」


 クローディアに促され、ノーマンは二人の前へ歩み寄る。


 「殿下の命を受け、開始の合図を務めさせていただきます。あと、軍団長殿の歯止めが利かなくなってもいけませんので」


 澄ました表情で軽口を叩くノーマン。

 クローディアの副官とはいえ、第二軍団長のコンラッドに対しそのようなことを言ってよいのだろうか。


「別に構わんじゃろう。どこの馬の骨かも分からん冒険者風情が一人潰れたところで、何の問題がある」

「大ありですよ。ジェフリー殿は、一応・・は殿下がお招きした客人だということをお忘れなく」

「それこそ知ったことではない! むしろここで消せば・・・、姫様の目も醒めるというものじゃ!」


 目の前に当の本人がいるというのに、言いたい放題である。

 それにノーマンもジェフリーへの悪感情を隠すつもりもない様子。


 ここへ来る羽目になった原因であるクローディアとカイラに、ジェフリーは恨みがましい視線を送った。


「やれやれ、仕方ありませんねえ」


 ノーマンは苦笑し、かぶりを振る。


 そして。


「では……はじめ!」


 ノーマンが高々と右手を掲げ、決闘の火蓋が切って落とされる。

 それと同時に。


「ぬおおおおおおりゃああああああああああッッッ!」


 コンラッドはバルディッシュを振り回し、ジェフリーへと襲いかかった。


(長く重い得物をであるにもかかわらず、思いのほか振りが速い)


 そのリーチを活かし、一撃必殺の威力を持って闘う戦法を取るコンラッド。

 軽々しく剣で受け止めたら、ジェフリーは簡単に吹き飛ばされてしまうだろう。


 加えて、その膂力りょりょくによってまるで小枝でも扱っているかのように、コンラッドはバルディッシュを軽々と振り回す。


「へへ、軍団長殿は白金等級の冒険者を何人も叩きのめしてきたんだ。田舎の冒険者くずれが相手になるかよ」


 二人の闘いを観ている兵士の一人が、嘲笑ちょうしょうを浮かべつぶやく。

 やはり第二軍団の長を務めるだけあって、その実力はずば抜けているようだ。


 だが。


「なっ!?」


 横薙ぎのバルディッシュをかいくぐって側面に回り込むなり、ジェフリーはコンラッドの膝裏を足裏で蹴り込む。

 意表を突かれ、体勢を崩し前かがみとなるコンラッド。


 そこへ。


「えーと……そもそもこの決闘、勝敗はどうやって決まるんだ?」


 ジェフリーの刃がコンラッドの延髄へ振り下され、僅か一センチに満たない位置で止まった。

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