出頭命令
「悪いがそれは
「っ!? なっ!?」
急所を捉えたはずの三連の刺突はジェフリーが無造作に抜いた片刃の剣によっていなされ、気づけば軍服から
そう……ジェフリーは戦いの全てを
幾千、幾万……いや、最早数えることすら馬鹿らしいと思ってしまうほどの、戦いの全てを。
「ふふん。この勝負、ジェフさんの勝利ですね」
どういうわけか、ジェフリーよりもドヤ顔で豊満な胸を張るエマ。
ギルドの看板娘でありギルラントの冒険者達の羨望を一身に集めている、
「……そうですね、完敗です」
意外なことに、女性は素直に敗北を認める。
にもかかわらず、彼女は表情すら変えることなく、淡々とした様子。悔しさといった感情は見受けられない。
「もう分かりましたよね? 勝利報酬なんていりませんから、さっさと王都にお帰りください」
それはもう満面の笑みを浮かべてお辞儀をし、街の出口を指し示すエマ。
どうして彼女は、敗北した軍服の女性をここまで追い込むことができるのだろうか。エマがこんなことをするような女性ではないことを知っているだけに、ジェフリーはただただ戦慄する。
しかも、あくまで勝利したのはジェフリー。
安月給で万年懐が寂しい彼は、もし幾ばくかの金銭をいただけるなら、それはそれでありがたいと考えていたのだが、それもエマが勝手に拒否をする始末。ジェフリーは少しだけ切なかった。
「何か文句ありますか?」
「いえ、ないです」
エマにぎろり、と擬音が聞こえそうなほど睨まれてしまい、ジェフリーはそれ以上何も言えなくなってしまう。
ここギルラントの冒険者ギルドにおいて、最も権力を持っているのはエマ。ある意味ではギルド長よりも上なのである。
そんな彼女に、しがないギルド教官のジェフリーが何を言えようか。
ところが。
「そういうわけにはまいりません。ジェフリー殿には、何があっても王都へ来ていただきます」
「「っ!?」」
凍てつくような視線を向け、軍服の女性は言い放つ。
ジェフリーやエマの意向など関係なく、有無を言わせないとばかりに。
「ちょ、ちょっと待ってください。その……どうして俺なんかを……? いやその前に、あなたは一体……」
何度も言うが、ジェフリー=アリンガムは辺境の冒険者ギルドのしがない教官に過ぎない。
これほどの美人がわざわざこんなところへやって来て、何としてでも王都へ連れて行こうとしているのだ。不審に思うのは当然である。
何より、彼女は先程の決闘で一切本気を出していない。
つまりジェフリーは、試されていたのだ。
それだけでも、何かあるのだと勘繰らずにはいられない。
「……申し遅れました。私はアルグレア王国軍参謀本部所属、〝カイラ=リンドグレーン〟と申します。この度王命により、ジェフリー殿には王都への出頭命令が出ております」
「「へ……?」」
ジェフリーとエマは、声を揃えて呆けた声を漏らした。
◇
「現在、王国軍第二軍団において、王都に流れるアイシス側の
「は、はあ……」
ギルド内に戻るなり軍服の女性……カイラから説明を受け、ジェフリーは曖昧に相槌を打つ。
ちなみにエマは仕事に戻り、今は受付のカウンターから二人に射殺すような視線を向けていた。
「でも、軍隊なのにそんなことまでするんですねえ……」
「平時は訓練のほか、土木や建設工事に主に従事しています。これも国防のために必要なことですので」
彼女曰く、王国軍は防衛や治安維持だけが仕事というわけではないらしく、大規模工事などの任務も与えられる。王国の税が使われている以上、大勢の兵士を遊ばせるわけにもいかない。
それに、戦場においても拠点設置や防衛線を張るための土木及び建築工事は必須であり、むしろ兵士の訓練という意味でも重要とのこと。
「ですが、いざ工事を行うに当たり、問題が発生しました」
「問題……っていうのは?」
「アイシス川の下流から、一体の魔獣が出現したんです」
おずおずと尋ねたジェフリーに、カイラが僅かに眉根を寄せて告げた。
「待ってください。王国軍の第二軍団といえば、第一軍団と並んで国防の一翼を担う要じゃないですか。たかが魔獣一体程度で、しかも辺境ギルドの一教官に過ぎないジェフさんに王国が助けを求めるなんて、おかしいと思うんですけど」
聞き耳を立てていたエマが、会話に割り込んでくる。
結局は二人が気になって仕方がなく、仕事もおぼつかないようだ。
だが、エマの指摘ももっとも。
先程の立ち合いでジェフリーの実力の片鱗を見たとはいえ、それでも、こうして王都から片道一週間もかけてわざわざ軍人を派遣し呼びに来るなど、明らかにおかしい。
しかも王国は、どうやってジェフリーの存在を知ったというのだろうか。
考えれば考えるほど深まる疑問に、二人はカイラに懐疑的な視線を向ける。
「……お二人の疑念はごもっともです。ですが、こちらとしてもここで全てをお話しするわけにはまいりません。何分、機密事項に触れますので」
話を聞けば聞くほど、大事に巻き込まれそうな予感をひしひしと感じるジェフリー。
決闘におかしな条件をつけた、カイラの意図もなんとなく分かった。きっと彼女は、騙してでも自分を王都へ連れて行かなければならなかったに違いない。
「と、とりあえず、その話は今は置いといて、出現した魔獣というのは俺なんかの手を借りなければいけないほどの奴なのかな……」
「はい。先程の手合わせで分かりましたが、ジェフリー殿のお力は間違いなく必要です」
何故そこまで確信めいたことを言えるのかは分からないが、とにかく現れた魔獣は一筋縄ではいかないようだ。
だが、剣を交え彼女の実力を肌で感じたジェフリーは、違和感を覚える。
彼女が隠している実力を加味すれば、どんな魔獣でも易々と倒してしまえるだろう。
別にジェフリーを一人加えなくても、どうにかなると思うのだが。
「魔獣を目撃した兵士達の証言によれば、その大きさは十メートル以上。弓矢や魔法による遠距離攻撃を仕掛けたものの堅牢な鱗に覆われており歯が立たず、建造中の橋を破壊してそのまま去っていったそうです」
「待ってください。何度も言いますけど、その魔獣がどれだけ強くたってジェフさんには関係ないじゃないですか。それよりもむしろ、王国自慢の黒曜等級冒険者に依頼したらどうなんですか?」
再びエマが会話に割って入り指摘した。
冒険者には等級がある。登録したばかりの青銅等級から始まり、黒鉄等級、銀等級、金等級、白金等級と続く。
そして、黒曜等級こそが最上位の等級。
歴史に名を遺すような英雄達はすべからく黒曜等級の冒険者であり、その実力も、その価値も計り知れない。
極論を言えば、黒曜等級の冒険者が自国にどれだけ存在するかによって国の価値が決まると言っても過言ではない。それほど、彼等の力は突出しているのだ。
戦をすれば、黒曜等級の冒険者が一人いるだけで戦局を左右してしまうほどに。
なお、このアルグレア連合王国には十人の黒曜等級の冒険者がおり、西方諸国では屈指の保有数である。
「……残念ながら、黒曜等級冒険者のうち四人は別の依頼を受けていて対応不可、三人は明確に断られ、残る三人は連絡すらつきません」
「ふむ……って、ちょっと待ってくださいよ!? ただのギルドの教官に過ぎない俺を、黒曜等級の連中と同格に扱わないでください!」
「いえ、ジェフリー殿の実力は本物。決して黒曜等級冒険者にも劣らないと思います」
先程から終始べた褒めのカイラ。
たった一回の手合わせでそこまで分かるはずもなく、むしろそんなに持ち上げてまで自分を王都に連れて行きたいのか。ジェフリーはますます王都に行きたくない。
だが。
「魔獣が現れた時、残念ながら私はその場におりませんでしたが、目撃した兵士達によれば通常の魔獣と異なり、その眼は赤く輝いていたそうです」
「「っ!?」」
カイラがそう告げた瞬間、ジェフリーは息を呑み、エマは思わず立ち上がった。
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