経験済みな辺境ギルドの教官無双〜成長したかつての教え子たちは、誰よりも褒められたい〜

サンボン

待ち構えていた来訪者

「〝ジェフリー=アリンガム〟殿、どうかこの私と手合わせ願えますでしょうか」

「へ……?」


 新人冒険者達の訓練の一環として洞窟に巣食っていたゴブリン討伐を終え、所属する冒険者ギルドの門を開けたジェフリー。

 何故か待ち構えていた軍服とおぼしき服を着た女性に勝負を挑まれ、ジェフリーは思わず呆けた声を漏らす。


 当然だ。ジェフリーは、こんな美女に絡まれるようなことをしたことがない。いや、そもそもこんな美女と口を利くようなことなど、二十八年の人生の中でも片手で数えても指が余ることは必至だ。


 だが。


「…………………………」


 女性の輝くルビーのような真紅の瞳からは、覚悟と決意、それに使命感のようなものがうかがえる。

 つまり、やはりジェフリーが彼女に対して何かをしでかしたとしか考えられない。


 ひょっとしたら自分が忘れているか無自覚なだけで、本当にやらかしたのだろうか。

 ジェフリーは頭を抱え、必死に思い出そうとする……が、やはりどれだけ考えても身に覚えがなかった。


 気づかれないように、ちらり、と彼女を見るジェフリー。


 艶やかな亜麻色の髪を垂髪にまとめ、非常に整った目鼻立ちに桜色の唇。そのたたずまいに知性を漂わせている。

 それだけじゃない。一糸乱れぬ姿勢からは身体が鍛え込まれていることがうかがえ、その抜群のスタイルは例えるならしなやかな豹を想起させた。


 そう……まごうことなき美女。

 ジェフリーがもし街で見かけたら、絶対に忘れることができないほどの絶世の美女なのである。


「……先生、一体何やらかしたんだよ」

「ていうか俺は、先生ならいつかやらかすと思っていたけどな」

「何をだよ!? 何もやらかさないよ!?」


 一緒にゴブリン討伐をした新人冒険者の〝フィル〟と〝エリオット〟に白い目を向けられ、ジェフリーは慌てて否定する。


「だけど先生だからなあ。あんな綺麗な女性ひとと痴情のもつれなんてことは絶対にありえ得ないし、となると何か犯罪まがいなことをしたとしか考えられない」

「教え子からの信頼がゼロなんだけど」


 全力で否定したいところだが、実際にあれほどの美人と男女の関係としてどうにかなったことなど一度もないだけに、ジェフリーは何も言えない。


「ジェフリー殿。さあ、表へまいりましょう」

「いい、いやいやいや! ちょっと待ってくださいよ!」


 さも当然とばかりにギルドの扉に手をかけた女性を、ジェフリーは緊張と焦りから普段は滅多に使わない敬語で引き留める。

 何せ、ただでさえ状況が飲み込めず、しかも了承もしていないのに手合わせをするなど、あり得ないのだから。


 すると。


「ジェフさん、別に手合わせくらいしてあげたらいいんじゃないですか? そして、コテンパンにされたらいいんです」

「エマ!?」


 ギルドの受付でにこやかに冒険者の応対をしつつ、冷たくそんな言葉を投げかけてきたのは、長く艶やかな藍色の髪を三つ編みにした、同じく藍色の瞳を持つ事務服を着た女性。

 彼女は〝アルグレア連合王国〟の北の辺境にある街、ギルラントの冒険者ギルドの職員である〝エマ=ヘイスト〟。同じくギルドで教官を務めているジェフリーの同僚である。


「ま、待て! なんでギルド職員が率先して決闘をあおるような真似をするんだよ!? しかも俺が『コテンパンにされたら』ってなんだよ! ちょっとは応援しろよ!」

「フン! さっきからデレデレして、みっともないんですよ! 痛めつけられて、少しは反省したらいいんです!」


 鼻を鳴らし、エマは侮蔑のまなざしを向けて吐き捨てるように言い放つエマ。

 今朝、教え子達を連れてギルドを出発した時には機嫌良く見送ってくれたというのに、まるで正反対の態度であり、ジェフリーは何も悪いことをしていないのに居たたまれなくなる。


「時間が惜しいので、早く済ませましょう」

「ちょ!? 待って……っ!?」


 そんな二人のやり取りを見ていた女性は何事もなかったようにギルドの扉を開け放ち、ジェフリーの手を引っ張って外へと出た。


「ハアアアア……なんで俺がこんな目に……」


 盛大に溜息を吐き、ジェフリーは仕方なく彼女の待つ表に出る。

 まだ昼間ということもあり、ギルド前の通りにはそれなりの通行人がいた。


(ほ、本当にこんなところで手合わせするのかよ)


 軍服の女性と手合わせなどすれば、間違いなく野次馬が集まって見世物にされてしまう。

 今夜酒場に来た連中は、きっとこのネタを酒のさかなにするに違いない。


「では、はじめましょう。……その前に、一つ条件を付けさせていただきます」

「はあ……」


 もうどうにでもなれ。

 何事かと少しずつ集まり始めた野次馬達を眺め、投げやりになったジェフリーは気のない返事をした。


 そもそも手合わせを受けるとも答えていないのに、勝手に進める目の前の女に思うところがないわけでもない。

 もし彼女に対して何かをしてしまったのであれば真摯しんしに謝罪をし、自分にできることであれば誠実に対応しようとも思う。


 だが一方的にこのようなことをされたのだから、ジェフリーが面白くないのも当然である。

 それは、勝手に手合わせを了承したエマに対しても。


「私が勝利したあかつきには、ジェフリー殿には一緒に王都へ来ていただき、お会いしていただきたい方がいるのです」

「ああ、分かった分かった…………………………ん?」


 面倒くさそうに手をひらひらとさせて了承したジェフリーだったが、なんだか様子がおかしい。

 よくよく考えてみたら、どうして自分が負けたら王都に行かなければいけないのだろうか。しかも、会わなければいけない人がいるとのこと。ジェフリーは首をかしげる。


「私が敗北した場合は王都にて、ジェフリー殿がお望みのものを一つ差し上げます。その時は金銭、地位、名誉、何でもどうぞ」

「んんん?」


 敗れた場合の条件もおかしいが、勝利条件も破格過ぎる。

 彼女の素性は分からないが、今のような台詞セリフ躊躇ちゅうちょなく言い放つことができるのだから、かなり身分の高い存在なのだということがうかがえた。


 というか、勝っても負けても王都行きは確定しているというのはどういうことなのか。


(これ、どっちに転んでも面倒くさいやつだろ……)


 なし崩し的に手合わせをすることになったものの、ここにきて厄介事に巻き込まれそうな予感をひしひしと感じたジェフリーは、眉根を寄せた顔を両手で覆う。


「ちょ、ちょっと待ってください! ジェフさんを王都に連れて行くなんて、聞いてませんよ! そんな条件をつけるのであれば、ギルドとして絶対に認めません! この勝負はなしです! なし!」

「これはジェフリー殿と私の間で決まったことです。関係のないあなたは口を挟まないでください」

「うぐぐ……っ」


 軍服の女性に言い負かされ、エマが怒り心頭である。

 こうなると下手をすれば街が被害を負いかねない。もちろん、暴れ出したエマの手によって。


 そう考えたジェフリーは、すすす、と彼女のそばに寄ると。


「ま、まあ、自分も教官を務める手前、ギルドに恥をかかせないように頑張るよ」

「っ! 頑張るだけじゃ駄目です! 完膚なきまでに叩きのめして、あの女を懲らしめてやってください! そしてうちのギルドの門を二度とまたがせないようにするんです!」

「おうふ……」


 エマの言葉が何一つ冗談ではないことを悟り、ジェフリーはプレッシャーで吐きそうになるのをぐっとこらえる。

 これでは、たとえ冗談でも負けるわけにはいかない。


 ジェフリーは、気づけば汗ですごいことになっていた手を服でぬぐった。


「今からこの金貨を投げます。地面に落ちたその時が、試合開始の合図です」

「ちょ、まだ心の準備が……っ」


 ――キン。


 指で弾かれた金貨が宙を舞い、くるくると回転しながら地面に落ちると。


「シッ!」

「っ!?」


 女性は地面を蹴り、細剣……レイピアをさやから抜いて一気に肉薄する。

 思わず面食らったジェフリーは、一歩後退あとずさろうとするが。


「甘いです」


 さらにもう一歩踏み込み、女性が刺突を繰り出した。


(……速いな)


 ジェフリーへと向けられた剣の切っ先は、正確に眉間と喉、心臓を捉える。

 つまり、ほんの一瞬で三連の突きを放ったということ。


(この女性……一体何者だ?)


 予想外の彼女の実力に、思わず舌を巻くジェフリー。

 これほどの動きができるものは、ここギルラントの冒険者にはいない。


 だが。


「悪いがそれは経験済み・・・・だ」

「っ!? なっ!?」


 急所を捉えたはずの三連の刺突はジェフリーが無造作に抜いた片刃の剣によっていなされ、気づけば軍服からのぞく女性の細く白い首に刃が添えられていた。

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