ショートショート『最高のワル』

はやし

最高のワル

「絶対、今日こそは悪いことしてやる!」


 俺はそう言って、息巻いた。


 単位を落とし続けてはや十六年、俺は三十五歳になっても未だに学校を卒業出来ずにいた。学校というのは悪魔 わるま学校、世界に羽ばたく悪い魔法使いを育成する学校のことだ。


 なぜこんなに落ちぶれ者になったのか、その責任はすべて親にある。俺の両親はとにかく善人であった。他の人のために役に立つことばかりしていた。そんな親を持ったが故に、俺はいつも悪いことをしようとして、逆に感謝されてしまうのだ。


 こないだの定期試験だってそうだ。俺は市民プールで可愛い女の子を見つけて、その子が平泳ぎしている後ろを陰湿にもつけてやった。まさにワルだ。しかし同じように後ろをつけて行く奴がいるではないか。そいつは水中カメラで隠し撮りまでしている。俺よりワルじゃないか。そんな同業者に腹が立って、俺はそいつの股間を握りしめ「てめぇ、なに撮っとんじゃわれぁ」と叫んでいた。警察に引き渡したところ、感謝状をもらった。そんなつもりはなかったのに。こんなことばかりだ。


 同級生はみんな社会に出て活躍している。肩をぶつけて、「うわっ肩の骨外れたやろがおらぁ!」と言って慰謝料を請求する奴、車にはね飛ばされて瀕死になりながら、「てめぇ払うもん払ってけやおらぁ!」と慰謝料を請求する奴、後でこっそり回復魔法を使って傷を癒し、慰謝料を懐に入れる。とんでもないワルだ。俺も早くこんな奴らに追いつきたいと思った。


 俺は顔には自信がある。最高のワル顔だ。子供の頃、道で転んで、針金でケガをしてしまったのだ。額から口元にかけて生々しい傷跡が残っている。生涯消えることのない傷が。だから、この顔の傷を生かして、なにか悪いことをしてやろうと考えていた。


 定期試験で絶対にいい点数を取ってやる、俺はそう意気込んで街を練り歩いていた。どんなに落第しようともくじけない。根性のある人間に育ててもらえたことだけは、親に感謝したいと思う。


 目の前にカップルを見つけた。いちゃいちゃしている。そう言えば、今日はクリスマス。辺りには、カップルが溢れ返っている。


 俺の中で一つのシナリオが生まれた。奴らの仲を引き裂く、とんでもなくワルじゃないか。


 目を付けたのは、学生と思われるカップルだった。男の隣に寄っていき、肩をぶつける。


「いてぇ」

「あ、すみません」


 俺は胸ぐらを掴んで叫んだ。


「ああぁ? てめ、すみませんで済むと思ってんのか?」

「あの、本当にすみません」


 俺の顔の傷にビビりまくりの男。ダサすぎるぜ。


「いいだろう、一回だけチャンスをやるぜ」


 間髪入れずに、切り出した。


「俺とタイマンで決闘して勝てたら、許してやるよ。負けたらその女をもらうぜ」

「そんな、むちゃくちゃな」


 むちゃくちゃなワルが俺だ。むしろ褒め言葉だ。

 俺と男は、女が見守る中、決闘を始めた。


 男は弱かった。俺の攻撃魔法に手も足も出ない。


「一発でも俺を殴ったら許してやるよ」


 それでも相手のパンチは俺にまったく届かない。何度も何度も立ち上がっては向かってくるが、すぐにふっとんで倒れる。やがて男が立ち上がらなくなった。


 女が駆け寄ってくる。


「お願いですもうやめて下さい。この人は喧嘩が弱いんです」

「そんなこと知るか!」


 暴力にものを言わせる。ワルの基本じゃないか。


「くそう、僕はなんでこんなに弱いんだ」


 男が嘆き出す。


「こんなだから、母さんに心配ばかりかけて。病気になってしまったんだ」


 その物言いに俺はつい訊ねてしまった。


「おまえのおふくろさん、病気なのか」


 聞くところによると、男のおふくろさんは、治すのが難しい病で入院しているらしい。早く一人立ちして欲しいと男は前々から言われていたらしい。


「僕は駄目なやつだ、なにも守れやしない」

「あなたは頑張ってるわ、私知ってますよ」


 カップルがやりとりを始める。


「いや全然だめだ僕なんて。くそみたいな奴さ」

「そんな悲観しないで」

「駄目だよ、僕たちの仲ももう終わりだよ。君もあいつの彼女になるんだ」

「そんな嫌です! 私だって、あなたの子供が」


 驚いたことに女は身ごもっていた。


「そ、そんなこと急に言われても、僕にそんな甲斐性なんてないし、僕はくそみたいな奴だから、きっと君も幸せには出来ないよ」


 二人のやりとりを黙って聞いていた俺だったが、思わず男の胸ぐらを掴み上げていた。


「てめぇなに諦めようとしてんだよ! わけの分からない理由付けやがって! てめぇだけが大変だとか思ってんのか、われぁ!」

「でも僕は弱いし」

「いいから戦えやおらぁ!」


 俺は男を無理矢理立たせて、決闘を続行した。いつの間にか攻撃魔法を忘れて、拳を使っていた。明け方になるまでずっと殴り続けて、やがて男が鼻水垂らして、泣きながら繰り出してきた拳が、俺の頬に命中した。


「てめぇいい拳持ってんじゃねぇか」

「やった、僕はやったんだ」


 男が倒れた。女が駆け寄って抱きしめる。


「おめぇの勝ちだ。やれば出来るじゃねぇか」


 俺は男に回復魔法をかけてやった。そして薬を渡した。


「これをおふくろさんに飲ませてやんな、病気が治る薬だ」


 それだけ言いおいて、俺はその場を立ち去った。




 後日、俺の家に手紙が届いた。カップルからであった。どうやら男に拳をもらったとき、胸ポケットから名刺が落ちてしまったらしい。うっかりだぜ。


 手紙には二人が結婚すること、男のおふくろさんが元気になったことが書いてあった。僕に根性を叩き込んでくれてありがとう、と感謝の言葉で結ばれていた。結婚式の招待状が入っていた。


「けっ、いっちょまえに」


 そうつぶやいて、俺は焼酎を喉に流し込んで行く。こうなったらもう駄目だ。また善良な行いをしてしまった。今年も落第だろうなと思いながら、やけ酒を飲んだ。


 でもまぁ、来年頑張ればいいか。俺は持ち前の根性で自らを納得させる。

 電話が鳴った。


「もしもし」

「ああ君、私だ」

「がが、学園長! どどどうしたんですか?」


 悪魔 わるま学校の校長先生だ。動揺を隠せない。きっと落第の通知だ、そう思った。


 しかし。


「君は、我が校を卒業だ。おめでとう」

「ええっ! だって俺なにも、悪いことしてませんよ? え、どうして卒業?」

「そんな謙遜しなくてもいいぞ」

「いえ、本当に感謝されることしか」

「なにを言う、君は最高のワルだよ。諦めの悪さだけは一流だ」


 どうやら俺は、最高のワルだったようだ。

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