23話:作業系〇〇

 ロンは止めていた足を再び動かし、階下に向かって下り始めた。

 そのまま十分ほどだろうか。下っているうちに進化の緑・・・・の気配は消え、ついに階段が終わった。

 そこに広がるのは第百層。セラダンジョン未踏のエリア。

「ほう」

「すごい……」

 第百層は、端的に言って立体迷路だった。

 床はなく、見渡す限りが深く澄んだエメラルドグリーンの水で埋め尽くされている。

 しかし歩く場所がないかと言われればそうではなく、数百メートルの高さはあろうかという天井までの空間を、幅五メートルほどの岩の道が多層に絡み合い、曲がり、分岐して、その道程を織りなしている。

 なんの光源があるのか、水面で反射した光が全体をぼんやりと照らし、ランタンがなくとも視界が確保できる。いや、反射しているのではなく水中に光源があるのかもしれない。水自体が光っているようにすら見える。

 間接照明にも似た光が水面に合わせて揺らぎ、ゆらゆらと道や天井に映し出されている様子はまるで巨大な地底湖。

 その壮大な景色に、一同はしばし言葉を失う。

「…………これ、マッピング大変だな」

「…………」

 どちらかというと、絶句の方向で。

「ううっわほんとうだ……。これどうするの⁉ こんな立体な構造の描き方なんて知らないんだけど!」

 マッピングは当然、探査能力に長けたフリンテの役割。なんだかんだ小器用な彼女は、マップの作製も丁寧で精緻だ。

 だがそれだけに、これほどの複雑な地形をゼロから書き上げるのはかなり骨の折れる仕事となる。

「マップが一番金になるから、しっかり頼むぞ」

「もう立体の道は無視して、全部水ってことにしようかな……」

 などと泣き言を言いつつも、既に羊皮紙を取り出し羽ペンを走らせている。

 その線はきっちり立体通路も引いており、まるで俯瞰しているかのようにきれいな三面図を形成していく。

 通常の階層であれば直上からの視点のみで十分だが、あいにくこのような立体構造。横からの図も入れることにしたのだろう。フリンテのこだわりが見て取れる。

「壁がなくて見晴らしはいいが、逆にどっちに進めばいいかわからんな」

「別に、ボス部屋を見つける必要は、ない」

 フリンテが周囲のマッピングをしている間、ロンとリシャが探索の方針を話し合う。

 よくある壁に囲まれた洞窟ベースの階層なら、道なりに進んで、分岐があるたびにどっちに行くか決めればいい。

 しかしこうも開けているとそのセオリーは瓦解する。

 道があるといっても、身体強化や魔法でいくらでも飛び移れるため、それに沿って進む必要もない。直線的な移動すら可能だ。

 そうなると、ボス部屋はどっち方向だという発想に陥ってしまいがちで、見事にそうなったロンをリシャがたしなめた。

「周りをちょっと探索して、モンスターの素材持って、帰ればいい。なんなら、このまま引き返しても、ミスメルからの依頼は達成」

 その言葉に、ロンは霧が晴れたように得心する。

「確かに、そりゃそうだな。ミスメルの依頼は初回探索の完了。別に、一つの階層を今回の探索だけでボス部屋を見つけ…………………………………………………………………………………………ました!」

 興が乗ってしまった四人は結局、六時間程度でボス部屋にたどり着いた。

 多くの道が突き刺さった壁面、その一部にボス部屋の封印扉が埋まっている。

 九十九階層とほぼ同じ、鳶色の巨大な封印扉。

 短時間でどうやってここにたどり着いたかというと……はっきり言ってごり押しだ。

 まず壁にぶち当たるまで全速力で直線移動し、そこから壁に沿って全速力で走破してきたのである。

 封印扉は壁沿いにある・・・・・・・・・・という前提の賭けだったが、見事に的中した。

 道中新種のフロアモンスターにも多数遭遇したものの、ボスでもない相手に手こずる四人ではない。ある程度素材を回収した後は、片っ端から水に突き落として対応した。

「はぁ……はぁ……バカなんじゃないの……」

 とんでもないスピードで移動するせいで、フリンテに強いられるマッピング難易度は鬼畜レベル。それでもラフは完成させているあたり、さすがとしか言いようがない。

「はっはっは。とんでもねえマップが出来上がったな」

 壁までの直線移動からの、壁に沿っての直線移動。

 そんな極端な道程のせいで、フリンテが作成したマップはきれいなL字型になっていた。第二陣以降の探索はさぞ苦労するだろう。

 しかし後続に気を遣うロンではない。ロマンあふれる極端な攻略にむしろご満悦だ。

「で、どうする? ボス見ていく?」

 ここでリシャが、ロンに今後の方針を尋ねる。

 全速力の移動にフリンテすら息切れしている中、リシャは汗一つ流していない。なぜなら、ずっとロンの背中におぶさっていたからである。

 ロンより背中一個分後ろにいるから後衛。不正はない。戦闘になったら距離とって下がる……というグレーゾーンをついた手抜きである。

 そしてリシャを背負って走ったロンもまた、元気そうである。なぜなら、背中のリシャからずっと回復を受けていたから。永久機関である。

「いや、今日は帰ろう」

「あれ? 意外」

「そうだぜ。せッかくここまで来たんだしよォ」

 しかしその余裕さに反して、ロンの方針は消極的だった。

 てっきり勢いのまま突貫すると思っていたフリンテとナキは、驚きを隠さない。

 唯一リシャだけは、その本意を探るようにじっとロンを見つめている。

「ボス部屋までのマッピングに、新モンスターの素材回収。戦果としては充分すぎるだろ。それにもし所見討伐なんてしてみろ。たぶん国を上げて讃えられるぞ。これ以上報道陣に囲まれたらどうするんだよ。めんどくせぇ」

 ロンは「あーやだやだ」と頭を振りながら、討伐後の憂いを口にする。

 初見討伐の可能性があるのは大前提とした話。杞憂中の杞憂。

 しかしロンの懸念を聞いて、フリンテとナキは「確かに」と頷いた。

「これ以上有名になったら、もう隠居しなきゃいけなくなっちゃうね」

「今のままでも窮屈だッてのに、流石に嫌だな」

「そういうこった。さあ帰るぞ」

 同意を得たことを確認し、ロンは帰還用の転移クリスタルを取り出す。

 その間、座り込んで休憩するフリンテと水面を眺めるナキ。

 しかしリシャだけはロンのそばに歩み寄ると、二人に聞こえないよう耳打ちしてきた。

「本当の理由は?」

 主語はないが、それが示すところは言わずともわかる。

 そしてリシャが、ロンの建前を見抜いていることも。

 ロンもさして意外そうな顔はせず、当然のように本音を口にした。

「さっき発動した概念魔法が気になってな。ちょっといろいろ考えたくなった」

進化の緑・・・・が、ボスの討伐に関わってる?」

「かもしれない。大昔の誰かさんの思惑にはまるのも癪だし、少し考察の時間が欲しい」

「んっ、納得」

 ロンの説明にはまだまだあやふやな部分が多いが、リシャは深堀りすることなく、いろいろと察して頷いた。

 ボードゲームなどでもそうだが、ロンは製作者が意図していない攻略法にロマンを感じる。逆に、用意された罠にはまったときなどは相当悔しがるのだ。

 それでなくとも進化の緑・・・・については気になる部分が多い。。

 であれば、ここはロンが納得いくまで考える時間を取るべきだ。リシャはそう考える。

「じゃ、帰ろう。考察頑張って」

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