21話:主人公

「じゃあ、百階層の攻略で登録してもらえるかな。期間は今日から三日間で」

「百階層って、アルバダンジョンの最深層じゃないですか! いきなりは無茶ですよ!」

 しかしその衝撃の内容に、さすがに異を唱えずにはいられなかった。イゼンの考えを断ち切らんとばかりに両手をぶんぶんと振り主張する。

「確かに皆さんは最高等級のダイヤ冒険者、移籍直後でも冒険者活動に制約はありません。ですがそれは緊急時の救助なども踏まえての待遇であって、自由攻略の安全性を担保するものではないんです!」

 最深層で行方不明者などが出た場合は救助隊が編成されることがあり、場合によってはそのメンバーに他の街の冒険者を招集することも考えられる。

 その際は一時的に移籍の手続きを行うのだが、そういった状況を踏まえて、ダイヤ等級冒険者には移籍直後でも攻略の制限がかけられない。

 しかしそれはあくまで緊急時・・・を想定したものであり、通常攻略の安全マージンは度外視されている。

 それでなくともダンジョンは、街ごと、階層ごとに大きく環境が異なるものであり、慣れないダンジョンでいきなり最深層に挑むのは愚行。冒険者を適切なクエストにアサインする役割も担う受付嬢にとって、いくら自由攻略とは言え無視できる内容ではない。

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。元とは言え僕たちは勇者だ。どんな相手が来ても遅れを取ることはないさ」

 しかしイゼンは相変わらずの自信家っぷりを見せ、その忠告を聞き入れない。自分の胸をドンと叩き、安心させるように頷いて見せる。

「どうしても、気持ちにお変わりはありませんか?」

「あぁ。僕たちなら大丈夫」

「私は止めましたからね」

「覚えておくよ」

「……ならせめて、現状把握しているボスの性質を説明させてください」

 イゼンのその態度に何を言っても無駄と判断したのか、受付嬢は小さくため息をついて折れた。

 ボスの強力さを知れば思い直してくれるかもしれない。そういう打算もあり、余計なお世話と知りつつ百層ボスの説明を買って出る。

 受付嬢は近くの棚から一冊の本を取り出すと、ぱらぱらとめくってボスの特徴を話し始めた。

「百層のボスは、青白い人型のモンスターです。背丈も大人の男性と変わりありません。似た系統のモンスターがいないことから、ギルドでは便宜的にハレ・・と呼称しています。ボールのような青白い物体を生成し、それを蹴り飛ばして攻撃してきます。直線的ではありますが、衝撃波と風圧で見た目より攻撃範囲が広いです。見てから避けられる速度ではないですが、ボールから半径十メートルは攻撃範囲と思って構えてください」

「うん、うん」

「そして最大の特徴は不死属性・・・・と呼ばれる絶対防御です。ハレの肉体は一切の攻撃を受け付けません。どんな物理攻撃も魔法も、触れた先から消失してしまいます。アルバの勇者プリシラさんの概念魔法炎の赤・・・でもそれは変わりませんでした。この不死属性のせいで、有効な対抗策が何一つ見つかっていないのが現状です。セラの黒龍も似たような性質を持っていたと聞きますが、恐らくその比ではありません」

「うん、うん」

「とにかく、無茶だけはしないでください。危険を感じたら、すぐに封印扉を閉めて離脱してくださいね」

「うん、わかったよ」

 説明が単純明快だったからか、イゼンたちから特に質問は挙がらない。にこにこと頷くだけ。

 イゼンたちの気が変わらないことに落胆しつつ、受付嬢は手続きに戻った。

「では、何階層に転移されますか?」

「もちろん、百階層前だよ」

「ではこちらが、九十九階層転移部屋へのクリスタルと、地上帰還用のクリスタルです。貴重なものなので、壊さないでくださいね」

 そう念押ししつつ、受付嬢は二つのクリスタルをイゼンに差し出した。

 発見された転移クリスタルは繰り返し使用ができ、魔法での複製も可能だが、量産できるほどではない。故に厳重に管理されており、帰還するたびにギルドできっちり回収される。

「マップは、隣の店で売ってるものが一番正確だと好評です」

「ありがとう。じゃあ、行ってくるよ」

「お気をつけて……」

 最後まで丁寧な受付嬢に礼を言って、イゼンたち四人はギルドを後にする。

「は~くたびれた~。手続き長すぎ~」

「ねえ、これからどうするの?」

「おすすめしてもらったマップを買ってから、さっそくダンジョンに挑もう。他の装備や道具は、手持ちのもので充分足りているからね」

「「「了解」」」

 アルバに入って二日目にして、ダンジョン最深層に挑むというイゼンに、モト、キュー、マエノの三人は何の不安もなく頷いた。

 握ったクリスタルを見て、イゼンの顔に思わず笑みがこぼれる。

 そして三人娘に振り返って、腕を広げてこう言った。

「さあ、取り返しに行こう。僕たちの物語を!」

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