吸血鬼ですが、人間を守ります

たての おさむ

1章

第1話 決勝戦

 ジェイフォードの腹部に、深く蹴りを入れる。


 巨漢の男と行っても申し分ない体格を持つ彼は、蹴りのダメージに唇を歪めるも、持ちこたえて逆に殴ろうとしてきた。地を蹴って後退し、それを避ける。

 

 ここは、地下に用意された長方形の舞台だ。長さが22ヤード(約20m)、奥行きが16ヤード(約15m)の広々とした特別な舞台で、その周りには観客席が設けられている。舞台から見て左隣の中央席には、実況席まで存在する。基本的に、全部が砂や土、レンガで作られていた。

 

 もう、どれくらい戦っているのだろうか。時間を忘れてしまうほど殴り合っているので、私としては、そろそろ潮時にしたい。


「ジェイフォード! かれこれ10分はエニアに一方的にやられているが、策はあるのか?」


 10分! それだけの間、よく飽きもせず実況は目を見開きながら状況を伝え、観客は騒ぎながら見入っているものだ。観客の騒音と実況の内容が煩わしい。何か私に対抗できる策がジェイフォードにあるのなら、とっくにやっているだろう!


「お前、ずいぶんタフだな」


 思わず、口から感想が漏れた。それを余裕だとでも受け取ったのか、ジェイフォードは赤髪を撫でながら眉をピクリと動かす。


「うるせえ! 闇様に願いを叶えて頂き、更に吸血鬼の王の座を手に入れるのは、お前じゃない! 俺様の方だ!」


「そのつもりがちゃんとあるなら、さっさとケリをつけにきたらどうだ?」


「--クソが!」


 吐き捨てるように悪態をつきながら、彼は腕を左から右に振るった。単純な奴だ。腕の動きに合わせるように、私の右から左へと小規模な爆発が連続で起きる。これはジェイフォードの能力だ。腕や手の動きに合わせて、好きな場所を爆発させられる。


 他人を直接爆発させることはできず、主に爆風の熱と風圧で攻撃する能力。今までジェイフォードが戦ってきた相手は、この爆発の威力の前に手も足も出なかったようだが、私は、まだまだ受けられる。


 爆発は一度で終わらず、上から下へと、続けて眼前でと、次々と起きた。爆発の際に生じた煙や砂埃で、ジェイフォードの姿が視認できなくなる。逆も然りだろう。


「ここで爆発を連続で起こす! さぁ、エニアの姿が見えなくなったぞ!?」


 ジェイフォードの奴め、何のつもりだ? 煙が晴れるのをその場で待っていると、ジェイフォードが突進してきて、その姿が見えてきた。私が爆発をその場で受けると思って、目眩ましのために砂埃を上げたのだと、瞬時に理解できた。


 殴ってくるのを、右手の前腕でガードする。同時に、小規模な爆発が起こる。急だったが、どうにか対応できた。少し両足裏を引きずりながら、攻撃を堪える。


 しかし、こちらからも姿が見えるようになった。ジェイフォードは、追撃をしようと距離を詰めてきて、殴ってくる。私は、内側に入り込むようにそれを避けて、逆に胸を殴る。ジェイフォードはダメージを受けたようで、息を吐いた。


 続けざまに、腹部にまた蹴りを入れ、軽く吹っ飛ばした。着地されてから、軽く睨まれる。それを見て、ちょっとうんざりとした気分になった。


「お前は、いつになったら倒れるんだ?」


「まだまだいけるぜ。勝つまで食らいついてやる!」


 その宣言に、一部の吸血鬼が沸いた。おそらく、ジェイフォードを応援している奴らだろう。「流石だ!」「痺れるぜ!」などの声が聞こえてくる。


 それにしても、吸血鬼として500年以上生きて最低でも400年は本気で鍛えてきたというのに。ほぼ一方的に殴り勝っているというのに。勝つまで食らいつくという気概に見合うタフさと実力を、今までを通して見せつけられている。


 だが、私は、勝ちたい。負けるわけにはいかない。400年もの間、ひとつの願いを叶えたいと願って生きて、鍛えてきた。それは、吸血鬼の王が百年後には世代を譲ると判断したときにのみ開かれる、この大会に向けてのことだ。次のチャンスは、私が生きている間に訪れないかもしれないから、ここで負けたら全てがパーになる。


 --仕方ない。地を、脚で砕けるくらいに蹴って、攻めに転じる。


「ぬ!?」


 そのまま、今までよりも、今までの中で一番に、気持ちを入れて殴り合いを始める。


「おっと、エニアが猛攻に出たぞ! これは珍しい!」


 新しい展開に、実況と観客は沸き上がる。今までとは立場が変わり、ジェイフォードの方が守りに転じた。拳と爆発を合わせて使い応戦されるが、技の一つひとつに鋭さが足りていない。速さも足りていない。それは今までの経験上、明白だった。


 ジェイフォードの強みは能力にあり、弱点も能力にある。能力頼りで戦っているジェイフォードは、細かい立ち回りを鍛えるということをしてきていない。加えて、爆発の能力は当然、近くで使えば自分にもダメージが入るから、そこまで高威力な爆発は自分の近くでは起こせない。


 それらの弱点を突くため、できるだけ離れないで小回りを意識して立ち回った。あるときはさっきみたいに潜り込んで叩いた。あるときはジャンプして、そのまま背後に回りつつ背中を叩いた。


「鬱陶しいぞ!」


 短気なジェイフォードは、足元を爆破させてきた。白い髪が、爆風で暴れるようになびく。


 だが、これはジェイフォードにとって良い結果をもたらさなかった。攻めようとしたときに、自分の足場をも破壊していたので、自分で少しバランスを崩すことになった。


 今だ。そう思った。脚に、闇のエネルギーを纏わせる。紫みを帯びた黒く尖った蹄鉄が、靴裏に生成された。


暗刻あんこく!」


 そのまま、胸部を蹴り上げる。闇のエネルギーで作られた蹄鉄の部分が思いきり当たり、ザク、と闇が刺さる音がした。骨が折れる音も。ジェイフォードは盛大な悲鳴を上げる。倒れそうになったところを上に蹴って放り上げ、そこに、更なる追撃を加える。思いきり飛びつつ、左肩を蹴って観客席の向こう側へと吹っ飛ばす。


 ジェイフォードは胸から血を流しながら思った通りの軌道を飛び、土壁にぶつかってめり込んだ。場外まで吹っ飛んだ彼は気絶しており、集まった吸血鬼によって運ばれようとしている。吸血鬼であれば、あれくらいの傷はすぐに治るから、心配いらないだろうに。


「決着ー! おめでとうございます! エニアは、次期王の候補として恥ずかしくない力を示しました! 願いを闇様に叶えてもらえる権利と、次期王の座はエニアの物だ!」


 再び、歓声が沸き上がる。「良いものを見せてもらった!」「流石エニアだ!」と色々な賞賛が私に向けて発せられた。だが、それよりも、大事なことがある。ちょうど、実況をしている吸血鬼が知り合いなので、声をかける。


「レドリー。闇様に伝言を頼んでもいいか?」


「え? はい、何でしょうか」


 急に声をかけられて、戸惑いを露わにするが、無視して続ける。


「私が住んでいるところの近くで、願いを叶えて欲しいんだ。そのことを伝えて欲しい」


「は、はい! 分かりました!」


 急ぐ必要までは別にないのに、レドリーは肩を揺らしながら重大な使命を負ったかのように駆けだしていった。それを見送ってから、舞台を後にする。


 これで、長い間胸に秘めていた願いが叶えられる。100年後には王の座も手に入る。


 帰路につく間中、観客の声援がずっと、耳に届いていた。

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