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カナタ達は、龍老人が示した神社への道を歩いている。翠蓮を先頭に、粛々と。特にスバルの顔が引きつっているように見えるにはきっと気のせいに違いない。


 ここに来るまでに、感染者と遭遇していた。群れに合流していないのか単体ばかりであったが。最初の感染者に遭遇した時の事だ。



 突然前を行く翠蓮の脚が止まった。注意深く、横の茂みを見ている。


「ここまで会いませんでしたが、奴らのようですね。ここは私が……」


「感染者か!翠蓮さん、俺の後ろに」


 翠蓮が言いきらないうちにスバルは飛び出していた。カナタはゆずをかばい、ダイゴは盾を持ち、カバーに入れるように構えている。


 すぐに茂みをかき分けるような音が聞こえ、姿を現した。やはり感染者である。血に染まった衣服、虚ろで意思を感じさせない表情と、何より非感染者であるこちらを見た瞬間、仕事を思い出したように襲ってくる。


「くらえ!」


 スバルの持つ武器はバールである。威力があって頑丈であり、相手が人間であればどこにあたっても動きを止める事ができるであろう武器だが、感染者は痛みで動きを止める事はない。腕を止めたければ腕、足を止めたければ足と、その器官を破壊しない限り動きを止める事はない。


 ゆえに感染者相手の場合スバルはまず足の破壊を狙う。膝やすねを破壊し倒すか跪かせれば、弱点の延髄付近が狙える。


 この場合スバルにとって不運だったのは、相手の感染者が恐らくパニック後しばらく生存していたのであろう事だ。その感染者は野球のレガースや剣道の胴などの防具をつけていたのだ。

 いくら野球のレガースをつけていたからといって、バールのフルスイングを脛に受ければ痛みで悶絶するだろう。しかしさっきも言ったように、感染者は痛みで動きを止める事はない。

 スバルの攻撃はきれいに感染者の脛にはいったが、動くを止めるには至らなかった。むしろ飛び込んできたスバルに食らいつかんと迫ってきた。


 カナタもダイゴも援護に行くには離れすぎていた。彼らの位置から感染者が防具をつけている事など見えないのだ。

 当然スバルには状況が理解できている。


「やっべぇ……」


 スバルはフルスイングしていたために、崩れた態勢はすぐには戻せない。振ったバールの重みもあるのだ。

 まるでスローモーションの如く、スバルに向かって手を伸ばす感染者の動きが見えた。

 口を限界以上に開け、唇の両端が裂けているのを痛そうだなと他人事のように思い始めた瞬間。


 首が飛んだ。まるでそういうおもちゃのようにスポーンと。


「へっ!?」


 そこで間抜けな声を出したスバルを誰が責められようか。否が王にも死ぬ覚悟を決めなければいけないそんな瞬間に相手の首が面白いように飛んだのだから。



「失礼しました。お客様を矢面に立たせるなど、使用人失格ですので」


 落ち着いた声が聞こえて、見上げると刀を振りぬいた翠蓮の姿があった。


 必死に向かっていったスバルに比べ、汗一つかかず当然の事のように感染者の首を斬り飛ばした翠蓮の姿はとても美しかった。

 そして態勢を崩しているスバルに手を伸ばし引き起こす。その際、膝に力が入らず小さくよろめいたスバルを翠蓮は体で受け止めた。


「お気を付けください。お怪我はございませんか?」


 あくまで冷静な翠蓮はそう言うと、スバルの衣服の乱れをなおしながら傷を受けていないか確認する。


「大丈夫ですか?」


 そしてもう一度聞いた。それに対しスバルは


「……は、はひ!」


 と、真っ赤な顔で言うのだった。




 それからも何体かの感染者と遭遇したが、すべて翠蓮が一撃で片付けた。カナタ達は武器を構える暇すらなかったくらいである。ちなみにスバルは心ここにあらずと言った様子である。致し方あるまい。




 幸いにも感染者の移動ルート上で集団と遭遇することなく、目的の神社への登り口まで来れた。翠蓮はここまでである。


「ありがとうございました翠蓮さん。おかげで全く消耗せずにここまで来れました。強いんですね?」


 カナタが握手を求めながら言うと、翠蓮はそれに応じて言った。


「滅相もございません。私どもは大陸から来る時より先生にお仕えしておりますが、もともとそういう家系の生まれでして。幼いころから一通り仕込まれておりますが、あくまで使用人、最終的にはこの身を盾にして主人を守るのが役目です。わが身を犠牲にするのは先生より禁じられておりますので、お守りできるよう腕の方を磨くしかなかったもので……カナタ様も、先生が刀を託されたという事は、カナタ様に何かを感じられての事と思います。どうか精進なさってくださいませ。」


 その言葉に苦笑して頑張りますと答える。


 するとカナタが離した手を下からゆずが掴んだ。


「翠蓮はすごい。私の目標、今度、いろいろ教えてくれるとうれしい」


 いつもより熱のこもった声でゆずは言った。思うところがあるのだろう、でも目標があるのはいい事だ。


「ゆずさまには、私が武器を隠していたことを見破られていましたね。良い観察力だと思います。とても大事なことですよ?私は人に教えるのがあまり得意ではありませんから、今度は私の妹を紹介したいです。妹は物を教えるのが得意ですし、ゆず様ともきっと気が合うと思います。」


 一生懸命に語ったゆずににっこりと笑うと、翠蓮はそう言った。ゆずは「ありがとう。ぜひお願いする。でも私の目標は翠蓮」と言っていたが。


 その後ダイゴとも別れの挨拶を交わした翠蓮は、遠くから見ていて一向に近づいてこようとしないスバルに近づいていく。

 目の前まで来られ、あからさまにガチガチになっているのが分かる。


「あ、あの……」

「スバル様、スバル様の周りの人を思いやる心は大変感心しております。あの時は相性が悪かったようですが、普通なら動きを止めていたでしょう。それに……主人を守るよう教えられ、そうしてきた私ですが、人に守ってもらう大変貴重な体験ができました、ありがとうございます。生憎私はそう言った感情を持ち合わせていないのですが、普通の女性から見たスバル様は大変格好よく映ったのではないかと思います。どうかそのままで」


 そう言うと、握手ではなく軽いハグで挨拶とした。


「それでは皆様どうかお気を付けて。次にお会いするのを心よりお待ち申し上げております」


 翠蓮はそう言うと深々、ときれいな所作で一礼すると、身を翻しその場を離れて行った。


「あ~あ、僕は握手でスバル君はハグかぁ。いいなあ」


 真っ赤な顔で固まったまま未だ翠蓮の方を見ていたスバルはダイゴにそう言われると、湯気でも出さんばかりになっている。


「ば、ばか!あれは……セ、ソ、サ、サロンシップだよ!と、特別な事なんてあるわけないだろ!」


 慌ててそう言うスバルに、「スキンシップだね」と訂正しながらダイゴもなんだか嬉しそうな顔をするのであった。



 


「おい……ちょっとこれはないんじゃねえか?」


「…………うそ」


 さっきまでの和やかな雰囲気はどこかに吹き飛んでしまった。

 カナタ達は意気揚々と、神社への階段を昇り龍老人に言われた方向を見た瞬間、その場に身を伏せ息を殺してた。

 そしてゆっくりと前進して、茂みをかき分けた先に見えた物を見た言葉である。


「想像以上だな…………」


 呟くカナタの腕にはゆずがしがみついている。


 カナタ達が昇ってきた神社は高台にあり、結構高さがあり周りがよく見える。カナタ達が見ている先は、20mほど離れていて、高さも10m近く下だ。向こうからはよほど見上げないと気づかれないだろう。

 それでも思わず身を隠すくらいのインパクトがあった。


 そこには百体は下らぬであろう感染者がひしめいていた。遠くを見るとまだそこに向かっている集団がいくつか見えるので、まだ増えることだろう。

 数もそうだが、その感染者達の群れの中に異質なものが見える。感染者達は大きな傷があったり、傷のせいで四肢の損傷があったりひどい物は内臓が露出している者もいる。

 それでもシルエットはあくまでカナタ達と同じ人間である。しかし感染者の群れの中央に鎮座する二体はもはや人間のシルエットをしていない。

 片方はかろうじて人間の形と言えない事もないかもしれないが、大きさがおかしい。頭部は普通だが両腕が異様に太く通常の三倍以上ある。さらに胸から腰に掛けて寸胴みたいに太くまっすぐしており、下半身はカニのように開いて、さらに四本ある。

 極めつけに寸胴の胴体には大きな切れ目があり、その切れ目が時折開いて近くにいた感染者を喰らっている。


 きっとこれを見たら冷静な翠蓮さんもちょっとは動揺しただろうなぁ……と、少々カナタが現実逃避をしても仕方ないのである。


 しかも異常は一体にとどまらず、その隣に寄り添うように立っている個体もかなり異常な形をしていた。

 ただこちらはさっきのに比べればいくらかまともである。元の形に忠実ではあるのだから。

 その形を一言で表すならば「臓物」である。質感は肝臓であろうか。形は腎臓をくっつけた胃である。

 それに血管のようなものが節足動物のように生えている。ありていにいえばムカデの脚のように波打っている……


 「………………」


 言葉にできず、ただそれを見つめるカナタ達。想定のはるか上を行かれては冗談もでないものである。

 さすがにここにいれば、見つかる危険はないと思えるがそれでも動けないでいる。

 だが、そんなカナタ達の横に震えながら差し出されてものがあった。スマートフォンだ。震えながらも動画撮影モードにしたスマホを感染者の群れの方に向けるゆず。


「ゆず……」


 カナタは震えすぎてスマホを取り落としそうなゆずの手を、上から包むように支えた。ゆずがチラリとカナタをみたので、精一杯の顔でニコリとほほ笑む。

 それに安心したのか、手の震えが若干収まる。よく電池がもっていたなと思ったが、すでに充電の表示部には赤色で3と出ている。

 使えないから電源を切っていたのだろう。


 そのまま数分撮影してスマホは電池切れとなり真っ黒になった。

 しかしとても貴重なデータである。何としても持ち帰ってみんなに見せなければならない。しかしその前に重要なやるべきことが二つあることにカナタは気づいた。まずは……


 緊張のあまり、スマホを両手で構えた状態で手が固まっているゆずの頭に手を置いた。震えながらこちらをみるゆず。


「よくきづいたなゆず。俺らそんな事考えもしなかったよ。」

 

「ほんとだね。ぼくなんかもうどこに置いたかも忘れてるよ」


「しかしよく電池残ってたな。普通とっくに切れてるだろ」


 それぞれがゆずに言葉をかける。だんだんとゆずの腕の緊張が柔らかくなっていく。


「どこかで充電ケーブルとモバイルバッテリー探さなきゃな。どこかにあるだろ」


 そう言ってゆずの頭をなでると、ようやく緊張が解けたのか、片手にスマホを持ち直した。やがてうれしそうな顔になって「うん!」と、大きく頷いた。

 

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