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「おう、奴らの親が呼んどるからよ」


 龍老人は当たり前のようにそう答えた。


「え?呼ぶ?親?」


 意外な答えにスバルの語彙力がなくなっていく。


「ちょ、ちょっと待ってください!それは確かなんですか?感染者に親とかがいるんですか?」


言葉に詰まってしまったスバルに替わり、ダイゴが龍老人に問いかける。感染者の習性は大分調べられてきた。基本その場をうろうろして、普段ならない音を聞くと確認に動く。または感染してない人間を見つけると視界から外れ、気配が感じられなくなるまで執拗に追いかける。連携はせず、それぞれが勝手に動き、感染者同士の意志の疎通も見られない。

 

 これが今わかっている感染者の習性だ。だからまとまって同じ方向に移動しようとする今の事態が、異常としているのだから。


 ダイゴの問いに龍はほっほっと笑う。


「まあまあそう急きなさんな。翠蓮や、皆さんにお茶のお替りと何かお茶請けがなかったかの?それとあれを持ってきなさい」


 龍老人がそう言うと、翠蓮は一瞬何か問い返しそうな顔をしたが、一礼して奥へ消えて言った。すこし意外な反応だ、これまで皆まで言わずとも言う通りに動いていたように思ったが。


「さて、さっきも言うたが、なんでもかんでもわかるわけではない。あくまで感覚じゃ。どういえばいいかのう、あの山の向こうに他と違う奴が居っての?それがまるで呼んどるようにまわりの死人共が集まるのじゃ。親が子を呼ぶようにな。そして呼ばれた死人共も、それを感じて動く者とそのままぼーっとしとる者に分かれる。動く者は行き先が同じじゃ~そのうち寄り集まって集団となるのよ。しかしもう一度言うが、これは儂の感覚でとらえたものじゃ。確証などないし、全然違う目的で動きよるのかもしれんぞ?」


 龍老人はそう付け加えたが、ふしぎな説得力もあった。なんとも判断しがたい。ダイゴの方を見ると同じ事を感じていたようだ。難しい顔をして頷きあう。スバルはまだ固まってる。スバルの頭に上にパソコンが入力されたデータを処理する時に出るぐるぐるが回っているのが見えるようだ。たしかBusy Cursorとかいうんだっけ?ゆずは……ちょっと前から飽きたのか、カナタの膝を枕にして眠っている。話している最中に強引に膝の所に来て枕にしたのはちょっとびっくりしたが。うん寝顔はかわいいものだ……


 どうでもいい事に思考が逃げ始めた頃、翠蓮さんがお茶を持って戻ってきた。今度はお茶請けもあるのかちょっと大荷物になっている。


「ほっほっ……結論を言うとじゃな、儂らに危険はないからここを動く必要はないという事じゃ。難しいとおもうが帰ってそう伝えてくれんかの?もちろん儂の言う事が全くの的外れで、死体共がここにくるような事があれば、それは儂のせいじゃ。どうか気にせんでくだされともな」


「いや、うまく伝えられる自信がないんですが……」


 困った顔でダイゴが言う。ええと、山とか自然が、ここは大丈夫だよ!と言っているらしいのでそのまま帰ってきました!


 うん何言ってんのお前ってなる。俺でもそう言う……。


 そんなカナタ達を横目にお茶を飲みながら、龍老人は何か書いている。スバルは……うん、もう少し放っておこう。


 翠蓮さんが配ってくれたお茶を飲む、おいしいが。解決はしない。

そんな中、龍老人が何か書いていた紙をそっとこちらに見せる。見ると恐らくこの近辺であろう地図が簡単に書いてあった。

 中心にこの小屋があり、ああこの線は感染者の予想ルートか。地図上では小屋から結構離れた所を通っている。あれ、この点は……


「そなた達もこんな世迷言を持って帰っても立場があるまい。それゆえ、なにか証拠となるものがあった方がいいじゃろう?」


「それは……そうですが、証拠といっても……」


 たとえこの地図を見せても納得はできないだろう。


「その地図の真ん中の上の黒く塗った丸があるじゃろ。そう、それじゃ。それが儂が言う親じゃ。そして、その右上の丸が、そこからなら親のいる所が見えるであろう場所じゃ。古い神社があって、道もちゃんとある。」


「え?ここから……という事は?」


「そなたらが実際に見て、そこに集まっているのなら確証となろう?もし、一目で親と分かるものがいればなおさら良しじゃ」


 とんでもない事をいいだした。感染者達が集まる先に行って、それを確認してくるとか……世間一般ではそういうのを自殺行為と言うのでは……


「時にそなた、腰の物を見せてくれんか?」


 突然に龍老人はカナタを見て、そう言いだした。腰の物とはカナタが腰のベルト通しに結び付けてる刀の事であろう。


 一瞬迷ったが、カナタは刀を差しだした。鍛冶師の興味だろうし、武器を手放したところで今更だ。もし彼らがカナタ達を害そうと思っているのならば、これまでにもっといい機会があったであろうから。


 龍老人は刀を受け取ると、懐紙を口にはさんで鞘から抜いた。そして慣れた手つきで目釘を抜くと柄も外す。

 しばらく色々な角度で眺めていたが、やがてすべて元に戻し鞘に納めてカナタの前に返した。


「……良い物を見せてもらった。」


 口数少なく龍老人はそう言った。目を閉じ、余韻に浸っているように見える。


 え、この刀って銘もなくて、教育委員会の倉庫に入ってたって聞いてるけど、なんかいい刀だったんだろうか。けっこうぞんざいに扱ってきたんだが……


 カナタが若干不安になって来た頃、龍老人は自分の後ろにあった翠蓮さんが持ってきた包みを取った。そしてゆっくりとほどく。


 形を見て刀だろうとは思っていた。細長い1.5mくらいの物で鍛冶師が持って来る者なんて刀しか浮かばないだろう。

 それは古く年代を感じさせる箱だ、龍が蓋を開けると箱の長さにしては短い刀が入っていた。


「そなたが持つその刀はさっきも話していた、儂の師匠が打った物じゃ。師匠は名を残すことに興味がないお方でな。作ったものに銘を入れる事はほとんどなかった。そして、この刀も師匠が打った物で銘は『桜花』。花見の季節に打った刀らしい。珍しく銘が入ってると思えば、銘の入れ方が師匠らしいんじゃが、あいにく折れてしまっていてのう。これは折れた切っ先の方を儂が打ち直して今の形にしたのよ。ここで師匠の打った刀を見れるとは思わなんだ。一目見た時から惹かれるものがあったんじゃが、間違いなかったか。」


 どこか懐かしそうな眼をして、桜花を眺めている。


「ここで師匠の刀を見たのも縁じゃろうし、それを持つ者に儂らの言い分を通すために足を運ばせるのじゃ。儂にできるはこの程度よ」


 そう言うと、龍老人はその刀をカナタの前に置く。


「いもじくも、その刀は同じ時に打たれているようでもある。余計な道草の礼として持って行ってくれ」


「いや!大事な刀なんじゃないですか?そんなもらえませんよ」


 慌ててカナタは固辞しようとするが、龍老人は真剣な様子でさらに付け加える。


「もう一つ理由があっての、そなたが持ってる刀は、どうも長く放置されていたようでな。使われてはおらんが手入れもされていない。という状態じゃ。だからできれば桜花を使って、いつか儂の所に手入れをしにもってきてくれんかのう?」


 龍老人が言うには、カナタが持っていた刀はあまりいい状態ではないらしい。これまでに何回か使ったがカナタには全く分からなかったが。

 今回は時間もないから、今度時間のある時に持って来てゆっくり手入れをさせてほしい。龍老人はそう言っているのだ。


 そう言われると、師匠の遺品でもあるし心情的には協力したくもある。おもわず頷いてしまうのだった。



 

「ではまいりましょうか」


 そう言って翠蓮さんが歩き出す。今度は隠しもせず腰にあのきれいな刀を下げている。

 というか、あのサイズの刀をどうやって隠していたのか分からないのだが……それとなく聞いてみたが、「お客様にそう言ったものを見せないのは使用人として必須の技術ですから……」とごまかされた。


 なぜ翠蓮さんが一緒にいるかと言うと、龍老人が示した場所に行くにしても、そのまま帰るにしても感染者の進むルートを横切らなければいけないからである。

 だからなぜそこを通るのに翠蓮さんがいるのかと聞かれれば、それはカナタ達もわからない。なぜかそう決まっていたからだ。


「あの~翠蓮さん?俺ら道さえ教えてもらったら行きますので」


 スバルが何度かそう言ったが、先生の命ですので。と聞かないのである。


 複雑な顔をして、カナタ達は龍老人が示した神社を目指して出発した。

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