4-6

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スバルは指示された場所まで車を戻していったん停車する。先ほどの男が言うように温泉の看板がたっていた。しかし旧道というだけあって、こっちの道もかなり狭い。

 それでも慣れてきたのか、スバルのハンドルさばきは確実にうまくなっている。


「それにしても、あれは驚いたね。さすがにあんなに集まってるの見たら肝が冷えるね」


 松柴はそう言って振り返っている。位置的に見える訳はないのだがつい見てしまうのだろう。あれだけの数が集まっているのを見たら無理もない。実際カナタやダイゴも何度も振り返っていたからだ。どこか本能的な恐怖を感じさせる一瞬だった。

 比較的新しいトンネル付近は後から工事されているのか、道路の幅も一般的な広さだった。おおよそ6mくらいか。そこにみっしりと感染者が詰まっていたのだから。奥行きがどれくらいあるのだろうとか考えるのも嫌になる。


 それに比べて今走ってる道には誰の姿も見えない。旧道はトンネルの通った山をぐるっと迂回してあるらしく、途中で小さな集落を突っ切った。そこにも生存者はおろか感染者の姿もない。この違いが何なのか調べる必要はあるかもしれない。

 感染者についてはいまだにわからないことだらけだ。


 スバルが運転する車は慎重にでも順調に旧道を進んでいき、やがて新しい道が見えてきた。


「これがトンネルから合流する道だったはずだよ」


 松柴がそう教えてくれた。その道は見える範囲には異常はないようなので、もっとトンネル寄りでどうにかして封鎖しているのだろう。少し広くなっている所に止めて窓を開け様子をうかがうが、姿も見えないし独特の唸るような声も聞こえない。


「よくあんなのが近くにいるのに平気でいられるな……」


 スバルがハンドルにもたれてつぶやく。


「平気ではないんじゃろう……きっと」


それに対して、なんだかつらそうに松柴さんが答える。


「だからああして様子を見に行ってるのさ。そのおかげでアタシらは助かったがね。平気ではないが、村を出る選択肢もないのだろうな。よくあることではある、特に年寄り連中はね。今回アタシが一番危惧している部分さね」


「というと?」


 なぜよくある事なのか、どういう危惧なのかぴんとこなかったカナタは松柴に聞き返す。


「こんな辺鄙な所に住んどると不便とおもうじゃろ?若いもんはそう思って就職なんかを機会に出て行く。残っているのは年寄りばっかさね。出てった連中が残した親を心配して自分の家に呼ぼうとしてもいい返事はしない。子供に老人施設に入るよう言われて喧嘩したじじいばばあなんぞ掃いて捨てるほどおるぞ?」


「捨てちゃだめですよ」


 ダイゴが真面目に反応している。それに目を細めて笑うと松柴は続ける。


「アタシもこんなとこで終われるもんかって思って出てったクチじゃ、本当のところはわからん。郷土愛ってのもあるじゃろうし、見知らぬ土地への不安もあるじゃろ。先祖代々住んできた場所を守る義務感なんてのもあるかもしれん。世間から限界集落なんて言われて意地になっとるやつもおるかもしれんが……ふしぎと隔絶された土地に住む者のほうがそこを離れたがらない傾向があるの」


「はあ」


わかったようなわからないような……結局のところなんでなんだろう。


「なんぞ、面白うない話をしちょるのう。わしらはあるがままに生きとるだけじゃ」


「うわっ!」


 急に後ろから話しかけられてカナタは飛び上がらんばかりに驚いている。


 いつのまにそこに来たのか、助手席側の車のすぐそばに立っている。みんな逆側のトンネルの方を見ながら話ししていたにしても、ここまで近づいても気づかないなんて……


「おう、いたんか正平。昔からおるのかおらんのかわからんような奴じゃったが磨きがかかったのう」


「こがいなわっぱどもや出てった奴に気づかれるようじゃ獣どもには馬鹿にされるわ」


「ほんで……どうじゃった」

 

「……みんな公民館に集まっちょる。お前ら気づいてよかったぞ。ここいらも最近は物騒じゃ、集落にも食いもんだせゆーてナイフやなんや持って押しかけてきたのが何組かおっての。道祖の神さんとこで櫓組んで鉄砲持ちが詰めちょる。まあ、吉良のが顔出せば撃たれはせんじゃろうが……気は立っちょる」


 正平さんの口ぶりからあまり歓迎されてはいないようだ。そしてこんな山奥にも略奪者がきてるらしい。カナタがこんなとこまで……と、考えていたら正平さんがこっちを見てる事に気が付く。


「こんなとこと思っとるかもしれんが、こんな時こそじゃ。確かに普段は町のもんからしたら不便じゃろが、今町はどうなっちょる?電気が止まれば逆にそっちのほうが不便だし、食いもんもろくにないじゃろ。ここいらは水の手は豊富で集落で自給自足できる程度には米も野菜も作っとる。電気なんぞはちょいと雨風が強いとすぐ止まりよるきの、なくても構いはせん。普段から自然をおろそかにしちょるから……」


「わかったわかった。こんなとこで説教垂れるな」


 長くなりそうだった話を松柴さんがバッサリと打ち切る。


「話が通っとるならとりあえず集落までいこうか、正平乗ってくか?」


「いや、わしは罠を見にいく」


 松柴さんがそう声をかけるが、正平さんはそのまま茂みに入っていく。カナタ達にはわからないが道があるのだろう。


「すまんの、年寄りは話がくどうていかん。アタシも気を付けないとね」


 そう言うと松柴さんはトンネルとは逆へと伸びる道を指す。


「ここを進めば集落だ。途中に正平が言っておった砦?があるらしいからゆっくりな」


 それに頷いてスバルがゆっくりと車を発進させた。


 

 しばらく進むと、そのまま先へ行く道と左にやや登る道があり、松柴は左に曲がるようスバルに言った。もともとけして広くない道だったが、まがった先はさらに狭くなっている。

 もはや車幅とあまり変わらないくらいになり、スバルが音を上げようとする頃それは見えてきた。


 道の左側に広場があり、何台か軽トラックが停まっている。そこからさらに狭くなるようで、車はここまでのようだ。そしてその先に木で組んだ塀のようなものが塞いでいて、そこに数人人が立っていてこちらを見ていた。


「車はそこの広場に入れて、ここからは歩きじゃ。結構歩くぞ?」


 少し笑いながら言う松柴さんの指示で車を停めると荷物をいれたバックを持つ。一応2~3日泊る用意をと言われてたので、簡単に準備してきている。


「武装はしておけよ」


 と、言う松柴の言葉に全員が動きを止める。その目は安全ではないのか?と聞いているようだ。


「念のためじゃ。ああ、集落の者がどうこうではないぞ?奴らに対してじゃ」


 その言葉にみんながホッとするのがわかった。集落の中に外の者を拒絶する強硬派がいて、そいつらに捕らわれて……というのを想像してしまったからだ。

 苦笑いしながらカナタ達は持ってきた物を準備する。武装と言ってもたいした物ではない。厚めの服を着てスバルはバール、ダイゴはキャンプ用の手斧を持ち出した。そして残った大きなバッグを前に躊躇した様子でいる。

 

 NO.4に限ったことではないだろうが、都市を形成して仮囲いの壁で囲う際に、囲いに内側にいる感染者や非協力者は囲いの外に追い出すか、殲滅する作業がある。そうして安全圏を作った後、物資を回収するというわけだ。カナタ達も参加したことがあるのだが、追い出す殲滅するの部分は都市守備隊が行い、物資の回収は市民の志願者が行う。

 感染者なら見つけ損ねていたり、その他であれば隠れていたりして確実に安全な作業ではないのだが、人手の不足と市民の仕事の供給のためにそういう形で行われており、参加すると配給カードがもらえるのだ。

 

 その際、使えるものは一応何でも回収するのだが、時折本物の武器がある。ダイゴが持つ盾も機動隊がつかっていたものだろうし、警官や自衛隊、駐留軍が装備して感染したり、保管してある場所が陥落して持ち出されたりしているようで、都市外に点在する略奪者の集団の中にも銃器で武装している者も確認されているのだ。


 発見、回収された武器弾薬の類は、治安のために都市では守備隊で管理している。そんな中、今回は松柴の私用による外出ながら、自分が持つ権力をフルに使い橘が走り回って、いくつかの武器を持ち出してきている。それが入っているのだ。


「ほれ、どうした。かまわんからそいつも使いな。こっちとしては色々思惑はあっても、アタシの用事で連れ出してるんだ、アンタらに何かある事が一番問題なんだからね。集落ではアタシから言うから自分らの身はしっかり守っておくれよ」


 そういう松柴に背を押され、顔を見合わせながらカナタがそっとバッグを開け中身を取り出す。そしてカナタは短めの刀を、スバルはライフルをダイゴは袋の下に置いてあった盾を手にする。


 カナタが持つ刀は、教育委員会に保管されてあったもので、銘はないが錆もなく短めだが恐らく使用に耐えうる状態にある。スバルが持つライフルは駐留軍の制式装備のアサルトライフルM4だ。予備のマガジンも一つある。ダイゴがもつのは機動隊などで使われているポリカーボネイト製の透明で大型の盾で、大柄なダイゴでも頭から膝くらいまでをカバーできる大きさがある。


 「いいかい、何度も言うようだが武器なんてのはね、使い手の気持ち一つで凶器にもなれば頼りにもなる。アンタらは心配してないが、そこだけ気を付けてればそんなに緊張することもないよ。扱い方は大丈夫だね?」


 松柴は特にスバルの方を向いて確認するように言った。

 

「ああ、一応ちゃんと習ったよ。慣れないけど……」


 守備隊の中には銃器経験者もそこそこいる。出発前に取り扱いと何回かの試射はしてきている。


「カナタ君は慣れてると思うが」


「いや、真剣には慣れてないですよ。」


 苦笑しながらハルカやヒナタが使った方がずっと頼りになるだろうと思ったが口には出せなかった。意地でも。


「ダイゴ君はよく似合ってるよ。それでみんなを守っておくれ」


 盾を構えるダイゴをまるで孫に洋服を買い与えたような顔で見る松柴にダイゴは真剣に頷き返していた。


「まあ、殴り込みに行くんじゃないんだから、そんなに気負いなさんな!行こうか、じじいどもがじれてるよ」


 最後にそう言うと松柴はこちらの様子をずっと見ている人達の方に向かって歩き出した。カナタ達もその後に続き、歩き出す。

 一応カナタ達の同行の名目は松柴の護衛だ。それが実績つくりの形だけのものであってもNO都市の代表である松柴にケガなどあってはいけないのだ。こっそり三人でグータッチすると、気合を入れるのだった。

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