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スバルが運転する車は、高速を降りると人気のない街を走り抜ける。感染者の数はパニック以前の人口によるので、この辺はあまり人口が多くなかったのかもしれない。


 そう考えながらも一応周りの様子を警戒しながら、松柴の案内に従ってすすむ。 


 警察署を過ぎ、大きめの道に入ると、両脇に大きな建物が見えてくる。家電量販店やスーパー、ホームセンターなどが目に付く。物語や映画では立て籠もる定番の場所ばかりだが、ここでは人の気配は感じられなかった。

 

 そのまま道沿いに県道にそって車を走らせると、町役場が見えてきた。


「なんか書いてある」


 助手席のカナタがそう言って役場を見ると、屋上には「HELP]の旗がはためいているし、時計塔のような上層の窓からは白のカーテンか何かに生存者の数らしき文字を書いて垂らしている。


「婆さん?」


 スバルがスピードを落としながら松柴に判断を促す。


「いや。このままいっておくれ。手遅れのようじゃ」


 そう言って松柴は首を振った。


「入り口は破られているし、生存者の数が書いてあるカーテンも日付がだいぶ更新されていない。何より、車の音は聞こえてるだろうに、窓から顔も出さない。多分じゃがここはもう……」


 確かにすぐ近くまで迫っているのに、何の反応もない。それでもスバルはギリギリまでスピードを緩めていたが役場を過ぎると軽く舌打ちをして速度をあげた。

その後も松柴の案内に従いしばらく走ると、道に沿って川がある道路に出る。この辺は大きい建物もあまりなく、個人の家が間隔を空け建っている。

 

「ここからは、このまま川に沿って進めばトンネルが見えて来る。そこまでは道なりでいいよ」


 それだけ言うと、松柴は乗り出していた体をシートにおろした。今回の目的ではないとはいえ、生存していた跡があるとやはり堪えるらしい。


 それからは目立った物はなく、感染者の姿も見ることなく道を進んでいく。


 今回の目的と言うのは、この先の集落が松柴の故郷で、その故郷の美浜集落には生存者がそれなりの数いる事が偶然分かったからである。

 情報は橘が掴んだ。松柴に尽くしている橘は内緒で美浜集落の情報を集めていた。美浜集落は剣山という山の山間にあり、近くを険しいが一応国道である山越えのルートが通っている。そのルートを通って中央の方より避難してきた人がいて、その付近でガソリンも食料を尽きてしまった。ここまでかと思っていた所、美浜集落の住人らしき者より一晩の宿と食料、携行缶一つ分のガソリンを分けてもらって何とかNO.4にたどり着いたと言うのだ。


 すぐに裏を取って間違いないと判断した橘さんはすぐに報告。松柴さんも救出にはいきたいが、完全に私事であり都市守備隊を私的に使うわけにもいかず苦慮していたところ先日のカナタ達との話があったというわけだ。あくまで個人的な頼みでNO.4として公的に動くわけではないとして、お願いされたカナタ達は松柴と共に美浜集落に向かっているのである。


さらに走っていくと、民家もまばらになり道は狭く段々山深くなっていく。時には対向車が来たら離合もできないくらいの幅のところもある。周りを見ても木々しか見えず、なんだか自然がこっちに迫ってきているような錯覚さえおぼえる。

 さすがにスバルの口数が減ってきて慎重にハンドルを操っている。何しろ、ガードレール一枚超えた先は崖だったりするのだ。傾斜もなかなかあって所々に古い看板でチェーン装着場所なんてところもある。


「山深いとこで驚いちょるじゃろ?」


 松柴さんが言うとスバルは苦笑いして素直に頷いた。


「なんか圧倒的な自然を感じるっていうか……人間なんかちっぽけなんだなって感じさせるものがありますね」


 カナタも感心するというか畏敬の念を感じていた。


「まあ、アタシが小さい頃なんか本当に脅威だったからね。こんな簡単に行き来もできなかったし、人間には抗えない圧倒的な力を感じてたね」


 「お婆さんはやっぱり昔の方がよかったって思うんですか?」


 昔を振り返っている松柴さんにダイゴが訊ねている。


「どうだろうねぇ……人間てのは一度便利や快適を覚えたらそれを手放せなくなるしね。今は人間の方が自然を侵しすぎてるけど、対等ぐらいに戻れたらいいんだろうけどね」


 カナタは松柴さんの答えに人類が目指すべき到達点のようなものを感じた。調和。そんな言葉が浮かぶ。でも簡単な事ではないとも思う。自分だってその便利や快適の中で暮らしているのだ。


「あ、もうすぐだね。その先にトンネルがあるんだが、そこを越えたら集落だよ。」


 みんなそれぞれに思う事があるのか、一瞬静まった車内が松柴さんの言葉で活気を取り戻した。


「おお、やっとかあ。俺今日はもう運転したくないわ」


 やはり相当気を張っていたのか、スバルは真っ先にそう言った。交代で運転出来たらよかったんだろうけど、さっきの道を松柴さんの運転で登ってくると考えるとゾッとするものがある。帰りもスバルにがんばってもらおう。


 やがて大きいカーブを越えて、トンネルの入り口が見えてきた。思っていたよりも新しめだったトンネルの内部はオレンジのライトが等間隔に並んでいる。


「あ!」

「おい、スバル停まれ!」


 運転席と助手席に座っていた分先が見えていてカナタとスバルが同時に声を上げる。


「なんじゃ、あれは!」 「うそでしょ……」


 一瞬遅れて見えたのか、松柴さんとダイゴもそう言ったきり絶句した。


 オレンジの照明に照らされたトンネルの内部に、詰め込まれたように大量の感染者がいたのだ。


「いかん、バックじゃ!」


「そういっても!」


 慌ててバックするよう松柴さんが言うが、狭い山道で慣れないスバルがスムーズにバックできるわけもない。しかもそうしているうちに感染者の一部がこちらに気づき移動をを始めた。

 このままでは他の感染者に気づかれるのも時間の問題だ。それでもどうすることもできず、スバルをと迫る感染者を交互に見るしかなかった。


 ガオン!


 そんな時、でかい音が辺りに響いた。するとこちらに向かって歩いて来ていた感染者達が、トンネルの中できょろきょろしだして中の方へと戻っていく。


「……どうなってんだ?」


 唖然として見る。スバルも思わず停まっている。


「おい!そこの車、死にたくなかったらそっとバックして帰れ」


  何が起きたのか分からず呆然としていると、左の茂みの中から60代くらいの男が現れた。肩に銃らしきものを担いでる。


「聞こえねえのか、ここいらは危険だ。あいつら音に反応するのかトンネルん中ででかい音出したら反響でどっちから聞こえたかわかんなくなるんだ。だが、あそこにいるうちはいいがで出てきたら手に負えねえ。何しに来たか知らねえがとっとと山を下りろ!」


そう言うと男はまた茂みに戻ろうとした。その時


「正平、あんた正平だろ?吉田んとこの!」


「ああん?」


 呼びかけたのはもちろん松柴さんだ。呼ばれて男が振り返るとスライドドアを開けて姿を見せる。しばらく胡散臭そうに見ていた男だったが、やがて思い出したのか、人懐っこい顔に変わる。


「あんた、吉良んとこの!お嬢さんか。」


「何言ってんだいばばあ捕まえてお嬢さんもないもんだよ。それよか集落はどうなってる?皆無事かい?」


「おお、今んとこなんとかな。それより帰ってきたのか?そんならトンネルは使えねえ。向こう側は封鎖してんだ。車で来るなら温泉の上り口まで戻って旧道を回ってきな。俺は先に行って皆に知らせておくからよ。わりいがまず集会所に来てくれ!」


 そういうと今度は本当に茂みの中に消えて行った。


「て事だ、スバル君少しばかり戻ってくれるかい?」


「り、了解!」


 そう言ってスバルは車をバックさせて少し広くなっているところで、Uターンして走り出す。


「うええっ!またここ通るのか」


 閑静な山道にスバルの悲鳴がこだまする。

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