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「せまっ苦しい所で考えてると碌な事思いつかないね!やっぱりたまには思いっきり外の空気を吸わないとやってらんないよ!」


 気分よさげに全開の窓から顔をだし、松柴は気持ちよさそうにしている。

 今カナタ達と松柴は一台のワンボックスに乗って高松自動車道を西に走っている。走っていると言ってもスピードはゆっくりだ。時折動物や感染者が飛び出してくるし、運転者の経験が浅いからだ。


「もっとスピード出ないのかよ。ここ高速だぞ?」


「無茶言うなよ、初めて高速乗ったんだぞ!」


 あおるように言うカナタに言い返しているのは運転しているスバルだ。もちろん運転免許証を持っているわけではない。れっきとした、まごうことなき無免許運転だ。



 

 先日の話し合いは、何か吹っ切れた松柴さんがしばらく時間をくれと言っておしまいとなった。

 帰り際にあてがわれた宿舎の住所を記したメモを橘さんが渡してくれた。それを受け取り、雑談しながら向かっているとなんだかハルカの様子がおかしい事に気づく。


「どうかしたのか、ハルカ」


 気になったカナタが速度を緩めて聞いてみた。スバル達は少し前を二人で話しながら歩いている。


「うん……なんだか嫌な予感がするの」

 と、ポツリと呟く。ハルカらしくない答えにカナタは余計に心配になる。


「どうしたんだよ、いやな予感って、さっきの話か?」


「う、ん。ごめんね、なんかよくわかんなくて。でも、さっきの話。できれば都市から出ないでやる方法ないのかな?」


「うーん、どうだろう。でも安全にできる事なら言いがかりはつけやすいんじゃないかな」


 カナタが少し考えてそう答えると、ハルカが俯く。どうしたんだろうか、ハルカらしくない。と、カナタはいぶかしく思う。


「そうだよね…………ねえ、カナタ。あたし」


「ここだろ、結構大きい家じゃん」


 ハルカが言いかけたところで、スバルの上機嫌な声が聞こえてきた。見ると、和風だが二階建ての大きな建物で離れもあるようだ。


「行こうハルカ。ハルカが何を心配なのかわかんないけどさ。とりあえずみんなで飯食って風呂入って。それでもまだ不安だったらちゃんと話をしよう。俺じゃうまい考えがでるかわかんないけどさ。一人で悩むよりはいいだろ?」


 そう言った後、なぜか少し慌てて付け加える。


「あ、みんなでって飯までの話だからな!風呂は別々って意味で……」


「もう、わかってるわよ。そんな事」


 そう返したハルカだったが、カナタのそんな様子を見ていると、少しだけ不安が薄らいだ気がする。ハルカ自身もこの漠然とした不安の正体が掴みきれていないのだ。


「うん、お風呂でゆっくり考えたあと。まだ不安だったら話、聞いてね?」


 夕暮れの色に染まりながら、そう答えたハルカにカナタはドキッとしたが、冷静を装って答える。


「ああ、久しぶりにお菓子でも持ち寄ってパーティーするか?昔やったろ、ポテトパ……」


 そこまで言って、その時の人数に一人足りない事を思い出す。その事も未だハルカの心に影を落としているのだ。


「悪い、昔の事は今はよそう。でもほんとに大丈夫か?」


 最後はごまかしが入ったが心配するカナタに、無理してほほ笑むと頷いて後でねと口だけで伝えて宿舎の門をくぐろうとする。


「あ、すんませ~ん」


 と、変わったイントネーションで声をかけられた。声の方を見ると、同年代か少し上くらいだろうか。橘さんと同じような格好をしている少女が立っていた。


「あ、はい?どうかしましたか?」


 近くにいたハルカがそう返事すると、その少女は遠慮なく近づいてきた。


「あ、ウチ……わたし、橘の後輩でして~、伝言を伝えにきたん……来ました~」


 独特な訛りは関西か。そう思いながらハルカがそのまま応対する。念のためにか、すでにダイゴが気づいて門の所まで出てきてくれているし、何よりカナタが後ろに立っている。そのためハルカは安心できるのだが、少女も特に気にすることなく話し始める。


「えっとですね~、橘さんが言い忘れたらしいんですけどぉ、ほら男の子ばっかりの中にハルカさん、でしたっけ?一人女の子はまずいじゃないですか」


 少女は色々とすっ飛ばしていきなり用件を切り出した。

 そう言うが、宿舎は広いし部屋数もある。特にこちらとしては問題ない。そう言っていたのだが、「少女は何かあったら困るのは橘さんや会長さんです。」とくりかえす。

 ハルカの部屋が準備してある先も、都市守備隊の女子寮という。いまいち乗り気はしなかったが橘さんや松柴さんに迷惑をかけるのは嫌だ。


「俺はあまり気が乗らないな」とカナタは言うし、ダイゴも「一緒にいた方が……」という意見だ。


 しかし、しきりに寮に入る事を勧めて来る少女に間違いがあったらとか、モラルがとか繰り返し言われ、通行人や近所の事の視線がつらくなりだした。とうとう


「分かりました、そこまで言われるんなら行きます。」

 とハルカはやや憤慨した様子で言い出す。


「それでも、一応橘さんに確認取ってくるよ」と、戻ろうとしたカナタを、意外に素早い動きで少女が掴んで止めた。


「あの人忙しいからやめたってくれます?」


 とうとう言葉を取り繕う事もしなくなった少女とカナタはしばし睨みあう。


「それなら一緒に様子を見に行って、確認してたらどうかな?」


 段々と険悪な空気になってきて、ハルカが戸惑っていると、ダイゴが間に入りそう言った。それに渋々ながらカナタは頷くと、いったんその女子寮へ向かう事になった。


「すぐそこですから、」と言いさっさと歩きだす少女。いまいち信用できないのは、この少女によるところが大きい。橘さんも何でこんな人を使いに出したんだろう。と、心の中でハルカはため息をつく。そして先ほどの自分をかばうカナタの事を思いだすと頬が熱くなってくる。いけない、これではまるで恋する少女ではないか(ヒナタちゃんみたいにかわいい女の子ならともかく……あたしみたいなガサツな女には似合わないよね。)と、ちょっとだけカナタの顔を盗み見てその考えを頭から追い出した。


 すぐそこと言うわりには20分ほど歩き、女子寮だという建物の前に着いた。カナタは終始警戒していたが、思ったよりもちゃんとした建物だった。

 もともとそういう建物だったのだろう。正面は頑丈そうな柵があり、その脇には守衛室があり今も立っている。時折入居者らしき女性が達が談笑しながらカードを見せて中に入って行った。


「ほら、なんも怪しい事ないでしょ?」


 と、いたずらが成功したような顔で少女は言う。さすがにカナタも何も言えなくなりハルカはそこに入ることになった。

 

 それからは生活しながら都市の様子や暮らしぶりを見学しながらしばらく暮らした。ハルカも時間が合えばカナタ達と一緒にいたが、女子寮で剣の稽古に参加するようになると次第に会う回数が減って行った。


 それから一週間ほど過ぎた頃、松柴から連絡がありちょっと出かけるから同行してほしいと言われたのだ。もちろん断る理由もないカナタ達は、快諾し準備を進めていた。


「カナタ君、あとやっとくからハルカちゃんにも知らせに行ったら?」


 準備も後少しで終わるとなったころ、ダイゴがそう言いだした。


「ハルカにも知らせは言ってるんじゃないか?」


 ハルカだけ別の場所で生活しているのは知っているはずだ。連絡はしてあるだろうと思ったカナタは手を止めずにそう返した。

 それをダイゴが奪うように取って、言った。


「一応言っといたほうがいいよ。それに近頃なんだかんだ別行動が多かったじゃない」


 別行動は仕方ない。ハルカが住む女子寮というのは、都市守備隊の女性隊員のための寮なのだ。そこの新人たちが住むための寮にハルカは入っている。自然と守備隊の人たちと話す機会が増え、ハルカも剣の経験があるので練習や指導に引っ張られていき、ほとんどカナタ達と一緒にいる事はなかった。


 でもダイゴは行けと聞かないので、仕方なくカナタはハルカを訪ねて寮へ向かった。

 

 少しどきどきしながら女子寮の門へ行き、ハルカの名前と用件を伝え個人カードを見せる。個人カードは都市の中で身分証明できる大切なカードで、到着した翌日には全員分貰った。

 なんでもリゾート施設建設の際に、工事現場に登録した者しか入られないようにするためと、勤怠管理にも使うために導入する予定だったそうだ。内蔵されたチップは意外と高性能で、個人情報はもちろん生体識別のためのデータや、働けば給料なんかも入れられ、カードを使える所であれば買い物もできる機能もあるらしい。

 

 門番の女性隊員は、カナタのカードを機械に差し込み、何か打ち込むと「6番の面会室へ」と言葉少なく案内する。指示された6番面会室へ行くと、入り口のリーダーが点滅していて、そこでもカードを使い入室できる仕組みだ。ドアが開いたので入るとまだハルカは来ていなかったので、椅子に座ってしばらく待つことにした。


 こういった仕組みはほとんどがリゾート施設建設の時に導入されようとしていたものだ。


「残念だよなぁ。工事中の段階でこんな感じだもんな。完成していたらどんなもんが出来ていたか、見れないのが悔しいな」

 

そんなことを考えていると、ドアが開く音がしたので振り返りながら話しかける。


「悪いなハルカ、突然。いや松し……」


 振り返った先にハルカはおらず、見たことない女の子が立っている。見たところ、同じくらいの年齢のようだけど……一瞬部屋を間違えたかと焦ったが、間違えていればドアが開くはずがないのでそうではない。カナタが戸惑っていると


「あ、わたし仁科さんの同室の遠野絵麻といいます。」


 そう言いながら頭を下げるが、どことなく胡散臭そうにカナタの事を見ている。


「え、ハルカは?」


「仁科さんは6番隊の隊長さんに連れられて道場に行きました。仁科さん人気者みたいですね」


 と、まったく面白くなさそうに絵麻は言った。6番隊の隊長はカナタも見たことがある。イケメンで女子に人気のある隊長で腕もあるらしい。あまり接したことはないが真面目ではあるが、自分の正義を押し付けるタイプらしくカナタは嫌いなタイプだった。ハルカもそうだったはずだが、ついて行った事に少し動揺する。

 あと、絵麻の言う人気者の部分に嫌味的な雰囲気を感じ、気分が悪くなってくる。


「あ、そう。なら仕方ない。わざわざ言いに来てくれて申し訳ない。戻ってからでいいから俺が来たことと、急だけど明日の朝に決まったから、8時に正門でって伝えてもらえるかな?」


 すっかり気分を害したカナタは、一応そばにあったメモにさっき言ったことを走り書きすると、配給カードを一枚添えて絵麻に渡した。

 

配給カードも個人カードと同じように施設建設現場で使われるはずだったカードで、こっちの機能は単純で、食券かプリペイドカードと同じである。会社側が食事を支給したりするときに一食に一枚渡すように作られたものだ。今も同じ役割で使用されていて一枚で大人一食分の食料と水に引き換えることができる。

 現在の都市では既存の紙幣や硬貨は使えないので、アルバイトや日雇い雇用者の賃金もこのカードで支払われている。

 

「悪いけどお願いするね」


 絵麻が受け取ると、あとは碌に顔も見ることなくその場から立ち去った。残された絵麻がメモとカナタの背中を見ながらつぶやく。


「ふうん……あれが仁科と一緒に来たって人か。特別扱いとかされそうにないけど……ね。」

 そしてメモをくしゃりと握りつぶしカードだけをポケットに入れる。


「一緒にカードをくれたのは評価するけど一枚とかけち臭いよね。」


 などと呟きながら、ハルカへの嫌がらせと似たような仲間内でのネタが一つできた事に気分を良くして部屋を出て行った。

 絵麻はまだ守備隊志願者の立場である。本人にやる気もあまりないのでなかなか試験に通らないのだが、それゆえにこういった部屋にどんな機能があるかもよく知らない。そして軽い気持ちでやった嫌がらせがどういう事態を起こすのかなど、考えもしない。




 当日早く、松柴はカナタ達の宿舎へ訪ねていた。約束より二時間前である。

 どうやら楽しみで早く起きすぎてしまったらしい。叩き起こされた形のカナタ達に橘は平謝りする。


「大丈夫ですよ、橘さん。どっちにしてもそろそろ起きないといけない時間だから。あの二人僕が起こしてもなかなか起きないんですよね」

 

 ハルカちゃんがいる時は物理的に叩き起こしてくれるから楽なんですけど。と、きちんと早起きして身支度を整えていたダイゴは、慌てて準備している仲間を見ながら言った。


 それに対し、橘はやや怪訝な顔をして問い返した。


 「ハルカさんがいる時、と言うと今日はいらっしゃらないんですか?」


「?……だってハルカちゃんは一人女性だからって別に暮らした方がいいって。あれ?」


 そのダイゴの答えに、橘ははっきりと不愉快な表情になった。


「女性が一緒と言ってもこの宿舎は住み分けが可能な広さと構造をしています。そういう所を選んだのですから。申し訳ありませんがそれを伝えたのはどの職員か覚えてらっしゃいますか?」


 おかしな空気になってきたことに嫌な予感がしながらもダイゴは記憶を掘り起こし、名前と姿かたち、雰囲気など思いだす限り伝える。すると橘はものすごい勢いで持っている手帳にペンを走らせると、呟いた。


「名前は……偽名ですね。あとはこちらの同行を知りそうな、……こうして誰が得をするか……ははぁ。」


 やがて考えがまとまったのか、ダイゴに向きなおって顔を近づけると、声を潜めて話した。


 「どうも何者かの手が入ったようです。身の安全は保障します。ただこうなったわけですが、多分に憶測になるのと、言ってしまえば余計にこじれそうなので控えさせてもらってもよろしいですか?」


 肉薄するような距離で言われれば動揺したダイゴに拒絶するという選択肢はなく、何度も頷いている。


「この件は私が責任をもって処置します。今日はここにハルカさんがくる事になっているのですか?」


「え?あ、はい。昨日カナタ君が寮に行って……あ、ハルカちゃんは不在で会えなかったけど、同室の女の子に伝言とメモを頼んできたって、言ってました」


 なぜか直立不動の姿勢になり、さながら上官に報告しているかの如くダイゴは答えた。


「不在、う~ん、ないとは思いますがハルカさん次第でしょうか。」


「…………あの。」

 

 ようやく距離を離して、顎に手を当て思案する橘に恐る恐る声をかけるダイゴ。それに我に返った橘が再度ダイゴに詰め寄る。


「ひぃっ!」


 ダイゴの口から悲鳴がもれようとお構いなしである。


「恐らくですが、ハルカさんは今日、ここには来ません。ご心配とは思いますが後は私にお任せください。あとは……」


 そこまで言うとようやく支度が終わり、朝ご飯をかきこんでいるカナタをちょっとだけ見ると


「ダイゴさんフォローはお願いします」


「ええっ!?」


 とても面倒な事を任せられたとダイゴが声を上げる。が、


「ふふ……そう来ましたか。少々意表を突かれましたが、まずは何人かあぶりだしますか」


 と、なんだか不穏な事を呟く橘に、これ以上話しかける事はダイゴには難しかった。


 橘はその後、松柴に注意事項などを細かく話して戻って行った。


「やれやれ、まるで子供の扱いじゃ。孫といってもよい年のくせに……」


 ぶつぶつとつぶやきながら、連れ立って正門へと歩いて行く。そこに移動用に用意した各所が補強された四駆のワンボックスカーが停まっていたが、時間に几帳面なはずのハルカは出発時間をすぎても姿を見せなかった………

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