1-5

「お婆さん、どうかしたんですか?」


 声の聞こえた方へ向かった先では、何やら大荷物を抱えた老婆と外国人らしき男が二人で荷物を奪い合うようにしていた。

金髪で今もお婆さんの荷物に手掛けている男と、短髪でやたらガタイのいい不愛想な男がいて、声をかけたカナタ達を見ると小声で何やら相談しだした。しかしすぐに金髪の男のほうが、にこやかな顔でカナタ達に話しかけてきた。


「アー、ワタシタチ、オバアサン、ニモツオモソウ、テツダウ」


 身振りと片言の日本語でそう言った。その間も荷物からは手を離さないでいる。


「あたしは大丈夫って言ってんだけど、ちっとも聞いてくれなくて困ってたんだよ。あんた達学生かい?ちょっと英語で伝えてくれないかね」


 ……お婆さんは期待した顔でそう言うが、残念ながらここにいるのは全員が英語赤点ぎりぎりレベルです。つい助けを求めて周りを見てしまうが、通りから見えない裏路地にいるので当然ながら自分ら以外に人はいない。

 それが伝わったのか、お婆さんの期待した顔がみるみる曇って行くのが申しわけなくてしかたない。

 カナタがそう思っている時だった。

 勇者は実在したのだ。

 この中で一番、英語どころか時々日本語もあやしいスバルがお婆さんと外国人達の前に立ちはだかったのだ。少しだけ振り返ってこちらを見て親指を立てるスバルの顔は「俺にまかせろ!」と言わんばかりだ。

とりあえず何があってもいいようにダイゴに目配せして二人でいつでも動けるようにしておく。するとスバルは外国人に向かって勢いよく喋りだした。


 「どんとうぉおりい!!」


 少年時代から野球をずっとやっていて、声出しを鍛えているスバルはさらに腹から声を出す。


「の、のおーぷろぐらむ!」


 おもいっきり棒読みの、それでも胸を張ってどや顔のスバルを見て、ぽかんとする外国人。気が緩んだのか荷物を離したので、そのすきにお婆さんとの間にダイゴが入りその場に落ちた荷物はカナタが回収してお婆さんの手元に戻す。

 一瞬のち我に返った外国人はその様子を見て、二人で何やら会話していたが、それまで後ろに控えていた屈強な男がダイゴの前に立ち威圧するように睨みつける。ダイゴもしっかりした体つきだが、その前の外国人はさらにでかい。


 その場に緊張が走るが、金髪の男が口早に何か言うとガタイのいい男は、しばらく冷たい目でダイゴをにらんでいたがゆっくり元の位置に戻っていった。


「アー、ダイジョブ?。OKOK グッバイ」


 そして金髪の男が前に出て、そう陽気に言うと路地のさらに奥へと去っていった。でも最初にカナタ達が現れたときこちらに向けた鋭い視線は、陽気に片言で話している時とはまるでちがう雰囲気をだしていた。はっきりわからなかったが舌打ちしたようにも見えたので、ただの押しの強い親切な外人さんというわけではないとカナタは感じた。


 カナタが緊張をとかずに外国人たちが消えていったほうを見ていると、気の抜けた声が後ろから聞こえてきた。


「怖かった~。あのでかい人凄い迫力だったよね?手も足も震えてるのを隠すの必死だったよ」


 ダイゴがその場に座り込んで言った。実際手が震えているのが見てわかる。


「だらしねぇな。しっかりしろよ!それより見たか?俺の英語!いい感じだったんじゃね?大丈夫ですってちゃんと伝わってすぐに手を離してたし」


 さりげなくダイゴに手を貸してやりながらも、スバルはうれしそうに言ってるがあの時の二人の外国人の表情は、意味を理解したというよりも「何言ってんだコイツ」だったと思う。


「まぁ結果オーライだよな」


 そう言ってカナタがこぶしを突き出すと、二人もにっこりと笑ってこぶしを打ち付けるのであった。



 そして十分後――

 

「悪いねぇ世話をかけてしまって」


 申し訳なさそうにダイゴに背負われたお婆さんは言った。あの後歩き出そうとしたお婆さんは力が抜けたように座り込んでしまった。どうもあの金髪の男と荷物の引っ張り合いをしている時に足をひねったらしい。

 お婆さんはゆっくり歩けば大丈夫と言ったが、ただでさえ大荷物なのに無理はよくないと言い、お婆さんはダイゴが背負い、荷物はカナタとスバルが運んでいる。


「何かお礼をしないといけないねぇ。あたしは松柴小百合っていう婆さんだよ。ここには何か用事があったんじゃないのかい?」


 それでも申し訳なさそうに松柴と名乗ったお婆さんは言う。それに人差し指でダイゴつっつきながらスバルは冗談めかして答えた。


「いや~、大丈夫っすよ。俺ら遊びに来ただけだし、それにこれで知らん顔したらこのダイゴが夜中枕元に立つかもしれないんで」


 ……スバル。松柴さんは優しい顔でスルーしたが、枕元に立つのは普通亡くなった人だ。

 それにダイゴならそんなことせずにもっと物理的な手段で解決する。なにしろ目の前で子供が軽く軽トラックにぶつけられて泣いているのを見て、あやしながら世話をしたのはいいが、逃げようとした軽トラックの荷台を片手で掴み、子供をあやしつつ逃がさなかったなんて事もあったらしい。

 車を捨てて逃げる手もあったのだろうが、軽トラックを片手で掴んで動かせないダイゴにびびって泣きながら謝ってきたらしい。

 本人曰く、「走る軽トラックを止めておけるわけないじゃないか。オーバーな噂だなあ。ほら軽トラックって後輪駆動じゃない?後ろのタイヤの所だけをちょっと持ち上げてただけだよ」と笑いながら言っていた。

 そんなエピソードも交え、気にしないでほしいというと松柴さんはしぶしぶながら、とりあえず納得してくれた。

 

 会社に戻るという松柴さんの案内に従って道を進んでいくと、それはカナタ達が今日行くつもりにしていたゲームセンターと同じ方角だと言うことに気づく。もしかしたら田島と中尾がいるかもしれない。

 

 そのゲーセンまであと少しという時だった。


「ねえ、あれ何かな?」


 先頭を歩いていたダイゴが呟いて立ち止まった。視線の先には大きめの交差点があり、ゲーセンもその近くだったはずだ。

 やや郊外の大きな道路で、近くにショッピングモールや新しい会社や倉庫などがあるため、普段から交通量の多い道路だった。それが今は信号の所で並んでいる車はドアが開いたままになっていたり、歩道に乗り上げて止まっていたりと雑然としている。なによりその周りで複数の人がなにやらもみ合っているようだ。

 気にしてみれば風に乗って悲鳴や怒号も聞こえてくる。誰か通報もしたのだろう、あちこちの方角からサイレンの音も聞こえてきだした。


「なんかトラブルでもあったのかねぇ?」


「おい、大丈夫か?あれ」

 

 目を細めてみながら松柴さんが呟き。もみ合っていた人は地面に押し倒されて動かなくなってしまった。どちらかがケガをしたのだろう、起き上がった男のシャツにはべったりと血が広がっていた。それを見てスバルが慌てている。

 明らかに普通と違う事態なのに、カナタは妙な既視感をおぼえていた。どこかで見たような気がする風景に最近見たゾンビ映画を思い出した。

 

 


 

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