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 学校を出てハルカと別れ、カナタ達はほど近いバス停で町方面のバスを待ち他愛もない話に興じていた。ここらは田舎のため朝と夕方以外の時間はバスの本数が少ない。普段あまり話すことのない田島と中尾もしばらく話せばすぐに打ち解けて、くだらない冗談やテレビの話などで盛り上がりだす。


 そのバス停にゆっくりと近づいて来る者がいた。カナタ達は話に盛り上がっていて気づかないでいたが、話しかけようとして声をかけあぐねている様子だ。すると一人話に加わっていなかったので気づいたダイゴが、カナタの体ごと掴みその相手の方に向けた。その相手はすぐ近くの中学の制服を着ており、ダイゴの突然の行動にお互いきょとんとした顔で向き合う。


「お、おおヒナタか。今帰りか?あれ、どうしてここに?家に帰るのにこの道は遠回り……」


「お兄ちゃん、帰らないの?」


 カナタが疑問を口にしてしまう前に質問をかぶせてきた女の子は、カナタの妹 剣崎 ひなたケンザキ ヒナタ。カナタの四つ下の妹である。


「こんにちは」


 すぐにカナタの返事がないので、にこりと笑って後ろの友人たちに挨拶をすると、友人達はカナタに対する数倍の愛想で答えた。カナタを差し置いて今日は町に遊びに行くことを伝え、帰るなら送って行こうか?とまで言い出す始末である。

 ここも須王町だが北端に位置し、カナタ達が住む穂坂町寄りにあるので歩いて帰れるのだが、高校の方を回るとだいぶ遠回りになる。

 だから送ると言ったのだろうが、言ったのがダイゴ以外なら兄として指導が必要だ、ダイゴだけは下心なく本心から心配しての言葉なのでスルーする。掛け値なしに優しい男なのだダイゴは。

 

  ヒナタも分かっているのでお礼だけ伝えてカナタに向きなおる。


「そっか……遅くなるなら連絡してね。じゃ」


 それだけ言うとヒナタは友人たちに会釈をして、いった。そうやはりこちらを通ると遠回りなのだ。引き返したほうがまだ近いくらいには。ヒナタの意図がつかめずカナタは困惑する。


「大丈夫?なんか予定あったんじゃないの?」


 ダイゴが心配そうな表情のままカナタに言うと、思案顔だったカナタは首を振った。


「いや、何もない。大丈夫」


 念のため約束事がなかったか思い返してみたが、心当たりはなかった。だからカナタはそう言うのだが、ダイゴはまだ納得していないようだ。


「でもわざわざここまで来て・・・一緒に帰るつもりだったんじゃ」


 ダイゴはだいぶ遠くなったヒナタの後ろ姿とカナタを交互に見て、本当に心配そうにしている。


「お前はほんと心配性だな!」


 雰囲気を変えるために、カナタはダイゴをヘッドロックしながらわざと明るく言った。まったく効いていない上にダイゴの心配そうな顔も消えなかったが。


 そうこうしているうちにバスが来たので一行は話を打ち切りバスへと乗り始める。ダイゴもバスを待たせるわけにはいかず、最後に乗り込んできた。


 バスの窓から外を眺めながら、カナタは先ほどのダイゴの言葉を思い出していた。ヒナタがわざわざカナタと一緒に帰るために来ることはないと思う。きっとハルカとでも帰るつもりだったんだろう。今日も仁科道場へ稽古にいくんだろうから。でもハルカは何も言ってなかったし、もう帰っている途中だろう。

 などとぐるぐる回る考えは、遡り去年カナタが言ってしまった心無い一言にたどり着く。その時からほんの少しヒナタとの間に溝ができた気がしていた。その日のうちにでも笑いながら一言謝っていればなんという事もなかったのだろうが、それをしないまま時間がたってしまい今に至る。

 この時はまだ、そのうち謝ればいいと思っていた。明日だっていい。家族であり、一緒に暮らしているのだから。機会はあるはずだ。最悪、結婚か就職かでヒナタが家を出るまでには。流れる景色をぼんやりと見ながらそう自分に言い訳してカナタは思考を打ち切った。テストも終わったことだし今日は楽しもう。


 しかし謝る機会などは自ら作るものであって、そこらに転がっているものではないことをこの時のカナタはまだ気づいていなかった。




 須王町中心街の最寄りの停留所でバスを降りたカナタ達はなんとなく心が浮き立つのがわかった。中心街はバスセンターのある中央通り付近は昔からの建物や商店が多く、路地が多くて入り組んでいる。目立つ建物もあまりないので路地に入り込むと迷ってしまう者もいる。だが近年郊外のほうが開発され、栄えており大型のショッピングモールやゲームセンターやカラオケなど若者が好む施設が多くある。開発の際、企業誘致などもあって事務所や倉庫も多く建っている。明らかに一段階テンションが上がった彼らは大通りを声弾ませて歩いて行く。


 しかしそのほんの数分後、トラブルに巻き込まれようとしていた。


「だから何を言ってるのかわからんと言うとるじゃろうが!」


 近道をしようと、脇道に入ったところで少し影になっている裏路地よりその声は聞こえてきた。思わず立ち止まってしまったカナタ達が顔を見合わせていると、老婆の憤慨する声とかすかに日本語以外の言葉も聞こえてくる。


 カナタとスバルはチラリとダイゴの顔を盗み見ると、明らかに心は声の方に行っている様子。


「おい、行こうぜ。関わらないほうがいいって。面倒だし」


 顔に面倒という言葉を張り付けたような表情で田島はカナタ達を促す。中尾などはすでに何歩か先に進んでいる。しかし先の展開が見えているカナタとスバルは苦笑いを浮かべている。


「先に行ってて、後で追いつくから」


 果たして予想通りの言葉を吐くダイゴ。これまでの経験からダイゴが明らかに困っているであろう老人を放って遊びにいったりしないであろうと。二人ともダイゴが老人の声に反応した時点で諦めていたのだ。


「あ~……そういう訳だから先行っててくれよ。俺ら後で来るわ」


 ダイゴが言ったセリフをそのまま田島と中尾に回すスバル。どうやらカナタもスバルもダイゴを止めるつもりはないらしい。少しだけ迷った様子を見せたが田島は中尾の腕をつかみ、じゃ、先行ってるわ。と言い残し足早に去って行った。


「二人も行ってて良かったのに」


 そう言いつつもうれしそうなダイゴに吹き出しそうになる。


「よし、さっさと解決して遊ぼうぜ!」


 そう言い放ち、スバルは声が聞こえたほうに先になって歩きだしカナタとダイゴもすぐ後を追った。


しかしこの選択こそが、カナタ達の命を救うことになるとはこの時、誰も想像することはできなかった。

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