第10話
次の部屋でも、亡霊はひっきりなしに現れた。
「近寄らないで……っ!」
クアナはいちいち悲鳴を上げて怯えながらも、次々と亡霊たちを倒していった。
他の隊員たちの出る幕はなく、クアナ一人居れば事足りそうだった。
「まじか……強すぎるだろ」
純白の呪力に飢えていた隊員たちは久しく見ていなかった清浄な光を見て感動していた。
「なんと神々しい力……。漆黒のスピリット系のダンジョンなんて、このクラスの聖術士が一人居たら、瞬殺なんだよな……」
隊員たちが口々につぶやく。
呆気にとられていたコールは、我に返って言った。
「分かった。お前が強いのは分かったから、ちょっと止まれ」
呼び止められたクアナは肩で息をしながらコールを振り返る。
「ほら、言わんこっちゃない。自分のスタミナ、分かって戦ってるのか……?雑魚相手に呪力を使い過ぎだ。そんな、燃費の悪い戦い方してたら、もっと高難度の討伐じゃ、身が持たないぞ」
コールは教官のように、一つ一つ、クアナに説明をしてやった。
「他にも仲間が居るんだから、仲間の力も借りるんだ。呪力消費の分散はクエストの基本だ。そのためのパーティーなんだから。隊長は俺だ。戦場では俺が全体を見ながら、パーティーに指示を出す。お前は俺の指示に従って術を使え」
「わっ、分かった。では、次は何をすればいい?」
「ふふ……やる気があって素晴らしいな。じゃあ、お前ばかりこき使って悪いが、
「索敵……?」
「闇雲に敵を倒し続けても消耗するだけだ。こういった魔窟には、必ずこの場を魔に染めた大元の魔物がいる。いわゆる『ボス』だな。そいつを倒さないかぎりは、亡霊は永遠に沸き続けるというわけだ。その、魔の根源となっているヤツがどこにいるか、特定できるか?」
クアナは注意深く頷いた。
「やってみる」
クアナはその場に跪き、足元に手を当てながら詠唱した。
「〝探照(たんしょう)〟」
「探照……?」
眉を潜めて驚いたのは、パーティー唯一の水術士であるエリンワルドだった。
〝探照〟とは、またレアな術を使うものだ。
聖術の索敵術か……。
索敵なら『水術』の
呪力消費の軽い水術を使えばいいものを。わざわざ聖術の〝探照〟とは。
この娘、恐らく本当に、ひたすら聖術だけを叩き込まれて育ったのだろう。
「見えた……こっち」
クアナは先に立って歩き出す。
途中、出くわした亡霊は、コール自らが始末していった。
長い渡り廊下を渡っていった先に、小部屋があった。
たしかに、
扉を開け放った途端、今までの亡霊とは比べ物にならないほどの醜悪な姿の魔物がいた。
元は人間の神官だったのだろうか。
まとった法衣はどす黒い血のようなものに染まり、老婆のように腰は折れ、手足は枯れ枝のように曲がりくねっていた。ぽっかりと暗く開いた眼窩が、こちらに向けられていて、普通の人間であれば、それだけで魂を抜かれそうだ。
「こ、これが魔窟の核……」
クアナは、おぞましさに身震いした。
「お前の巨大な聖術をぶちこんだら一発だとは思うんだが、ここは一つ、俺が、面白いものを見せてやろう」
クアナの隣にいるコールが放つどす黒い呪力は、魔物たちと同じぐらい禍々しさを放っていた。
「〝深淵からの召喚〟」
コールの足元に開いた、暗闇よりも暗い深淵。
そこから、次々と亡霊たちが姿を現した。
どれもこれも、先ほどコールが葬ったはずの亡霊たちだった。
「す、すごい数……」
これだけの魔物を使役するのに、どれだけの呪力を使うことだろう。
「貪り尽くせ……」
コールが残酷な一言を告げると、亡霊たちは嬉々として自分たちのボスであるはずの神官の亡霊に群がった。
亡霊達は一斉に新官の体に食らい付く。
この世のものとは思えないような、おぞましい光景が、目の前で繰り広げられていた。
神官の姿の死霊は、身の毛もよだつような金切り声をあげながら、悶え苦しみ、そして食い尽くされていった。
これが、『闇術』の力――クアナは生まれて初めて目にする闇術の、世にもおぞましい力に、完全に圧倒されていた。
こんな力を、止めろと?
そんなこと、生命を掛けたとしてもできそうにない。
クアナは、身の程を思い知らされた気分だった。
あとには、何も残らなかった。
しん……と静まり返った寺院の小部屋に、先ほどまで禍々しいオーラを撒き散らしていた我らの隊長は、涼しい顔をして振り返る。
「……恐ろしかったか?」
クアナははっとして、首を横に振った。
「感服しました」
クアナが素直な気持ちを伝えると、
「か、感服……ときたか」
コールは意外そうな顔をしたが、すぐに顔をほころばせて言った。
「……そうか、それなら、『第一歩』だな。トラウマになって逃げ出すヤツもいるぐらいだ。闇術を受け付けなければ、俺の隊ではやっていけない」
正直、怖くないわけがなかった。
クアナは、初めて闇術を目の当たりにして、闇術が嫌われる理由を理解した。
人間が、本能的に忌避せざるを得ないおぞましい力。まともな人間なら、こんな術をわざわざ使おうとは思わない。
でも、クアナは同時に例えようのない感銘も覚えていた。術士の国リオンにすら、ここまで自分の呪力を自在に扱える術士は滅多にいない。
クアナの生まれ育ったリオンでは、才能に長けた術士は、無条件で崇拝に値する存在だった。
「クアナ姫の顔、なんか輝いてないか……?」
コールを見つめるクアナの顔は、崇拝すべき憧れの存在を見つけたように、キラキラと輝いていた。
「普通怖がるところだろ、あんなの見せられたら……」
「変わったやつだな……」
「クアナ、お前に一つ言っておかなきゃならないことがある」
オーランドとケンのつぶやきを無視して、コールが思い出したように付け加えた。
「お前は強すぎる。俺たち以外の人間が見ている前では、半分ぐらいに力を抑えて戦ってくれないか?じゃないと、人事院に目を付けられて国の主力部隊に引き抜かれかねない……」
隊員たちも激しく頷いていた。
「そりゃそうだ……たぶん、部隊長クラスの聖術士より強いぞ」
「お前らも、他言するんじゃないぞ」
「分かってますよ」
せっかく手に入れた聖術士を、みすみす失うわけにはいかない。
「……さて、それじゃあ、帰るぞ」
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