第9話

「それじゃあ、さっそく出掛けるぞ」


「えっ、もうですか?」

 オーランドが不満気に言う。


「新入りの実力を見るために、簡単な討伐案件を一つもらってきてある」


「いきなり実戦だなんて、隊長はお姫様相手でも容赦ないんですね」


 コカトリス第三小隊のメンバーは、みなその洗礼を受けてきた。部隊に配属された初日は、いきなり魔物の討伐で、実力を試されるのだ。


「場所は南部の古い寺院だ。幽鬼が住み着いて魔窟と化しているらしい」

 隊員たちは、身支度を整えるとさっそく出発した。


「馬には乗れるのか?」


「リオンにも馬はいた。当然乗れる」


 部隊の移動手段は騎馬きばだった。

 国内の各地から討伐の依頼がくれば、馬に乗って駆けつける。


 ランサー帝国軍とは言っても、武装した歩兵や騎兵とは違い、術士の仕事は魔物の討伐がほとんどだ。

 今の時代、国同士の戦争で術士が登場することはまずない。術士同士が本気で闘い始めたら、味方の兵たちも巻き添えを食うし、何より国土が荒れ放題になってしまうからだ。


 昔はそれで、たくさんの命が失われ、いくつもの国が滅んだのだそうだ。そう言った経験から、西大陸の国々は、国際法で、戦争で術を使うことを禁じた。


 ところが、最近になって、南方諸国で術士の養成が活発になっている。

 万が一、法を破って術士が実戦に投入された場合、術士が国内に居なければまず勝ち目はない。

 一方的に蹂躙じゅうりんされて終わりだろう。


 そう言う意味で、ランサー帝国にとって、術士の養成は急務だった。

 安全保障上、強力な術士をより多く抱えておくことは、非常に重要なことなのだ。


「ランサー帝国軍の術士の部隊は八人組が一番小さな組織です。クアナ姫が来るまで、うちには六人しかメンバーがいませんでしたけどね。隊長と副隊長がなまじ強いんで、なかなか人員をさいてくれないんです」


 寺院へ向かう道々、近くにいたオーランドが軍についての解説をしてくれた。

 どうやらこの人は、喋るのが好きなタイプらしい。


「現在のランサー帝国軍の術士部隊は、機動力を活かした働きをする小隊と、小隊を組み合わせた中隊、有事にはもっと大きな部隊が組まれることもあります。それぞれタイタン、ワイバーン、グリフォン、コカトリスの四つのグループに分けられ、ゆるやかですが、北部、東部、西部、南部を担当しています。ランサー城に拠点を持つコカトリスは、南部の担当ですね。あとはそれぞれ、地域ごとに分かれて、各地の要塞に寝泊まりしています」


「軍に所属しない術士はいないのか?」

 クアナは素朴な疑問を口にした。


「もちろん。ランサー帝国軍に所属しているのは、術士の中でも精鋭たちです。帝国の術士養成学院を卒業した者たちは、そのほとんどが軍属になります。養成学院へ入学しなかったものも含め、それ以外の術士たちは、術士免許を取得して、金で雇われて各地を守ったり、在野で術の研究をしている者なんかもいますね。ただ、術士を軍団として持つことは、国家以外には禁じられています。地方領主なんかが、術士団を抱えて、国に楯突いたりなんかしたら、大変ですから」


「さて、お喋りはそろそろ終わりだ。……着いたぞ」


 先頭のコールが馬から降りると、隊員たちも次々馬を停めた。


 石造りの荘厳な寺院だったが、明らかに異様な空気をまとっていた。

 昼間であるはずなのに、寺院の内部へは光が届かず、どんよりと闇がわだかまっているようだ。


「ひどい……こんなになるまで放っておくとは。これではたくさんの住民が、生命を脅かされたろう」

 クアナは驚いて言った。

 リオンではこんなことは絶対にない。

 早いうちに手を打てば、それだけ犠牲も少なく、簡単に魔をはらうことができる。


「残念だがこれがランサーの現状だ。この程度の魔窟は、ゴロゴロしている。住民も知っているから、下手に近づいたりはしない」

 コールが先頭に立って寺院に足を踏み入れた。


「クアナ、実戦は初めてなんだろう?どこから幽鬼が出てくるか分からん。寺院の中では、俺のそばを離れるなよ」


「聞いた?みんな。『俺のそばを離れるな』だって。隊長の口からそんな言葉が出てくる日が来ようとはね……フリンの時と大違いじゃないか」

 オーランドが後ろでぶつくさ言っている。


 焔術士の二人が、術で松明の灯りをつけた。灯りがなければ足元も見えないほどに暗い。


 異様な静けさの中、七人の足音だけが響いている。


「きゃーーーーっ!」

 前方から突然、大人の背丈ほどもある亡霊が現れ、クアナは思わず叫び声を上げた。


「お、おい……」

 コールはクアナの怯えように呆れて言った。


「エリン、頼む」

 言われるまでもなく、水術士エリンワルドは亡霊に向かって術を放つ。


「〝強制送還〟」

 死霊は実体のない霊的存在なので、物理攻撃は一切通らない。聖術士のいないコールの部隊で、唯一倒せる可能性のあるのは水術だった。


 『紺碧の呪力』を必要とする水術は、水を扱うのを得意とするので、便宜的に水術と呼ばれているが、実際は水だけを使う術ではない。

 『流れ』を支配する術は、極めれば時を操ることも可能だ。

 発生する以前へと強制的に戻された死霊は、突然消え去った。


「『離れるな』とは言ったが、くっつきすぎだ」

 クアナの手が思い切り、コールの腕を握っていた。クアナは慌てて手を離す。


「こ、こんなに近くで魔物を見るのは初めてなんだ……」

 クアナは涙目で言う。


「ランサーへ来る道中は、防御術のかかった馬車の中にいたし……っ」

 コールは眉間に手を当てて溜め息を付いた。


「こりゃ、ほんとに、実戦どこじゃないな……お前を連れてきたのが間違いだった」


「だっ大丈夫……!一度見て分かったから。次は私が……!」


 クアナが必死で言い終わる間に、また新たな死霊が現れた。今度は三体同時だ。


 クアナの右手がまばゆい光を放つ。


「〝浄化の光〟」


 一瞬だった。

 三体の死霊が同時に昇天する。


「なっ……」


 その場にいた誰もが息を呑んだ。

 暗闇だったはずの寺院のエントランスが魔を祓(はら)われたように清浄な光に包まれている。


「なんつーデカい呪力……」

 術士としての経験の長いコールから見ても、クアナが放った術の呪力の力強さには、目を見張るものがあった。

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