彼女が帝国最強の闇術士と結ばれた理由
滝川朗
第一部
プロローグ:あなたは、魔法使いというよりは、お姫様を救い出す騎士のようだな
第1話
灰色のベールのような、細かい雨がしとしとと降る中、美しい姫君が馬車に揺られ、母国リオンから、敵国ランサー帝国へと向かっていた。
姫君の名はクアナ・リオン。
ランサー帝国の南に国境を接する小国リオン王国の第二王女として生を受けた彼女は、西大陸一の美姫と謡われていた。
姫君は、花嫁のように真っ白なローブに身を包んでいた。細かなレースで装飾のされたフードの下にのぞく、サラサラとした黄金色の髪は、肩の上で丁寧に切り揃えられていた。
けぶるような
ああ。本当に、私は……ランサー帝国へ、売られていくんだ……。
お姉さまを
私が、王国を護らなければ。
美しい金髪を切ってしまうことを、侍女たちはたいそう残念がったが、クアナは自分自身を奮い立たせるためにそうした。
まるで花嫁行列のような一行だったが、クアナはランサー帝国に嫁ぐわけではなかった。
母国リオンを救うため、人質として送られていくのだ。
クアナ・リオン姫は、悪魔に捧げるために、ランサー帝国皇帝に
「おねえさま。大事な用事って、いったいなんですか?」
玉座の間に呼び出されたクアナは、姉王に尋ねた。
「クアナ……」
いつも、威厳に満ちた姉王の深い青色の瞳が、陰っていた。
クアナの心に、言いようのない不安が広がる。
「その者たちは、いったい、何者ですか?」
玉座に座った姉王の周りに、不穏な空気をまとう男たちが数人並んでいたのだ。
みな、リオンのものではない紋章を胸に付けた濃紺の軍服を身に着けている。
「クアナ……ごめんなさい……!」
姉王シエナは、悲痛な声で言った。
「クアナ・リオン王女……いや、今は王妹殿下という方が相応しいか……。我々とともに、ランサーの帝都へお越しいただこう。シエナ陛下はすでに、了承くださっている」
クアナは戸惑った。帝都へ……?
お姉さまが了承した……?
いったい、何が起きているの……?
「皇帝陛下は『貴女』をご所望だ。ククク……陛下のお気持ちが分からないでもない。これほどに
軍服の男達に
姉王の表情がピクリと動く。
「そなた達……我が妹に手は出さぬと言う約束であろう?それが守られないのならば、我々はそなた達のような
姉王の言葉が怒りに震えていた。
「ククク……ああ、誠に申し訳ない。あまりにも姫がお美しいので、つい下品な言葉遣いをしてしまいました。……美しい姫君よ。貴女には、ランサー帝国軍に所属し、『ある男』の元で術士として戦っていただきたい。貴女が我々に大人しく従うと言うのであれば、ランサー帝国は貴国にも、そして貴女の大切なお姉さまにも、一切危害を加えるつもりはないのですよ」
ここに、皇帝陛下からの
そう言って手渡された羊皮紙は、ランサー皇帝の
『南方諸国からの危機にさらされているリオン王国の安全を保障するため、今後、貴国が他国から攻撃を受けた場合、ランサー帝国は貴国の防衛のために協力する。その代わり、クアナ・リオン殿下を、ランサー帝国軍に帰属させ願いたい』
「なんとも、慈悲深い御言葉とは思わないか……?クアナ姫、貴女さえランサーへ来ていただければ、我々帝国軍は、今後一切リオンを侵略することはない。しかも、南方諸国に侵略されるようなことがあれば、我々は全力を持ってこの国をお守りする、そう、陛下は仰られているのだぞ」
軍服の男は
ランサー帝国が……?
たしかに、小国リオンにとって、北に国境を接する巨大な帝国の存在は、長年の脅威だった。
だが、これまで数百年、いや、下手をすればもっと長い間、ランサーはちっぽけなリオンの存在になど、まったく興味は持っていない様子だったというのに。
リオンは山奥の小さな国だった。
鉱山資源や豊かな土壌などは存在せず、侵略してもあまり価値はない。
だからこそ、ランサーからも、南方諸国からも、長年攻め入られることもなく平和を保っていたはずなのに。
今までリオンのことなど、気にも留めていなかったランサーが、なぜ今になってこんなことを……?
皇帝の妃になれ、と言うならばまだ理解ができる。
だが、帝国軍に入って戦え、だなんて…… 。
「クアナ、本当にごめんなさい……。私にもっと力があれば……」
姉王は苦しげに言った。
「悔しいけれど、今の私たちに、ランサー帝国と戦争をするだけの国力はありません」
クアナは姉の悲痛な言葉に、ようやく事態を飲み込んだ。
ランサー帝国は
クアナがランサーのために戦うならば、ランサーはリオンを侵略しない。
だがそれを拒めば、ランサーは簡単に、リオンを握り潰す用意があるのだと……。
折しも、リオン王国は、父王が病により
姉王はまだ二十歳。
今までは父王がいたから、うまく立ち回ってくれていたが、年若い女王に代替わりして、バタバタしている今が
連日の慣れない国務のためか、姉王の顔には疲労が色濃く表れている。
たしかに、クアナたった一人が犠牲になれば、リオンの全国民の命を救うことが出来るのだ。
姉王は、王という立場から、その選択肢を選ばざるを得なかったのだろう。
「……分かりました。お姉さま……気に病む必要はありません」
クアナは覚悟を決めた。
「皇帝の妃になれと言われたのなら、私も今頃、泣いていたかもしれません。でも、術士として戦えというのなら、私の得意分野です。なにせ私は、リオンの王族として、国家を守るために、生まれた時から聖術の英才教育を受けてきましたからね。少なくとも、自分の身を自分で守れるぐらいの力は持っています。帝国軍の術士たちがどれほどの者かは知りませんが、私もせいぜい、帝国軍で腕を磨いて、いつか、この国を守れるような、立派な術士になって、帰ってきます……!」
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