第75話 変わり果てた村

「――はあっ、はあっ……ちょ、ちょっと待ってくれよ~!!」

「ダイン、歩くの遅い」

「大丈夫か?」

「レイト君、少し待ってあげようよ」

「え~?さっきも休憩したのに……」



街を出てからしばらく歩いた後、ダインが遅れている事に気付いたレイト達は足を止めた。自分の杖を松葉杖代わりに利用して追いついてきたダインは汗だくだった。



「お、お前等……いつもこんなに歩いているのか?」

「こんなにって、訓練校に通っていた時はもっと厳しい訓練してたでしょ。ダインは体力衰えていない?」

「し、仕方ないだろ!!冒険者になった後は基本的に馬とか馬車に乗ってたんだからな……」



ダインは牙竜に所属していた時は他の冒険者と組んでおり、彼等からはいいように利用されてはいたが、乗り物の類は用意してもらっていた。



「なあ、僕達も冒険者集団パーティを組むんだから乗り物ぐらいはあってもいいんじゃないか?」

「う~ん、今回の仕事が上手くいったら馬車ぐらいは買えるだろうけど……」

「すまん、俺は普通の馬車には乗れないんだ。このガタイだし、重すぎて馬も運ぶのも大変だろう」

「あ、そうか……」



巨人族のゴンゾウを運べるだけの乗り物は滅多にないため、仮に馬車が購入できる金が手に入ってもゴンゾウ一人は歩いて移動するしかない。



「ゴンちゃんは一人の時はどうやって仕事していたの?」

「俺の場合はボアなどを従えて移動していたな」

「ボア?」

「ああ、前回の遠征の時は魔物使いの冒険者が一緒だったから、使役しているボアを借りて乗せてもらったんだ」

「な、なるほど……確かにボアならゴンゾウでも運べそうだな」



ボアは猪型の魔獣の中でも最大の大きさを誇り、巨人族でも一人だけなら乗せて走れなくもない。しかし、気性が荒いので野生のボアが人に懐く事は滅多にないため、魔物使いなどの協力が必要不可欠になる。



「ボアを捕まえて仲間にするのは難しそうだな」

「ウル君がもっと大きくなったら運べないかな?」

「クゥ~ンッ……」

「ゴンちゃんを運べるだけの大きさに成長するまでどれくらいかかるかな……」

「すまんな」



白狼種のウルが成体にまで成長すればゴンゾウでも運べるぐらいに大きくなることもあり得るかもしれないが、流石にウルが大人になるまでは何年かかるのか分からない。


今回は徒歩で移動するしかないが、街に戻ったらゴンゾウの移動手段を考えねばならない。そんな事を考えている内にレイト達は目的地の村が見える距離まで辿り着いた。



「あ、見てみて!!あそこの村だよ!!」

「や、やっと着いたのか……」

「……ちょっと待って、様子がおかしい」

「え?」

「まさかっ!?」



目を凝らして村を確認すると、前回に訪れた時と違って村を守るために取り付けられていた防護柵が破壊されていた。嫌な予感を抱いたレイトは一足先に村へと駆けつける。



「皆はここで待ってて!!俺が様子を調べてくる!!ウル、行くぞ!!」

「ウォンッ!!」

「ぷるんっ!?」

「あ、レイト君!?」

「む、無茶すんなよ!!」



ウルに乗っていたスラミンをコトミンに放り投げたレイトは村に向かうと、途中でウルが並走しながら自分の上に乗り混むように促す。子供とはいえ、大型犬並に大きいウルは人間一人を運べるぐらいはわけなかった。



「ウォンッ!!」

「乗れって言ってるのか?よし、なら……うわっ!?」

「ウォオンッ!!」



レイトが背中に乗り込んだ瞬間にウルは加速し、危うく振り落とされそうになったレイトは毛皮にしがみつく。疾風の如き速度で村まで辿り着くと、レイトは惨状を目にした。



「こ、これは……うぷぅっ!?」

「クゥ~ンッ……」



村は想像以上に酷い有様であり、あちこちの建物は崩れており、人間の死体の残骸散らばっていた。大分前に魔物に襲われた後であり、レイトは間に合わなかったと判断した。


村のあちこちに人間と魔物の死体が散らばっており、倒れている死体の中には村に居た時にレイト達とよく話をしてくれた人間も含まれていた。残念ながら村人は全滅したらしく、来るのが遅かったのかとレイトは後悔した。



「くそっ!!もっと早く来ていれば……ちょっと待て、おかしいぞ?」

「ウォンッ?」



死体を確認してレイトが気になったのは腐敗具合であり、既に死後から何日も経過している死体も見受けられた。ギルドマスターの話では村から訪れた村長の娘は今日依頼を申し込んだそうだが、明らかに村は彼女が依頼を申し込みに来る前に壊滅していた。


嫌な予感を抱いたレイトはウルを傍に寄せて周囲を警戒し、今度は魔物の死骸を調べる事にした。村を襲った魔物はゴブリンでもオークでもなく、コボルトという魔獣だった。狼と人間が合わさったような魔物であり、こちらも死後何日も経過している様子だった。



(この魔物は村の人たちが倒したのか?いや、でもおかしいぞ……この数は流石に異常過ぎる)



コボルトはゴブリンやオークよりも危険度が高く、一般人が手に負える相手ではない。それなのに村の中には多数のコボルトの死骸が散らばっており、これだけの数のコボルトを村人だけが始末したとは思えない。


明らかに村の様子がおかしいことに気付いたレイトは嫌な予感を抱き、早々にこの場を去る事にした。死んだ村人には申し訳ないが、死体の埋葬よりも先に仲間達に異変を伝える必要がある。



「ウル、一旦戻ろう!!」

「グルルルッ!!」

「ウル?」



レイトはウルに声をかけると、何故か威嚇するような唸り声をあげた。まさか敵が残っているのかとレイトは周囲を見渡すが、見かけるのは村人と魔物のだけである。



「いったいどうしたんだ?」

「ウォンウォンッ!!」

「……まさか、死体が気になるのか?」



ウルは人間の死体と魔物の死骸に対して鳴き声を上げ、レイトは恐る恐る振り返ると信じがたい光景を目にした。



「ウウッ……アアアアッ!!」

「ガアアアッ!!」

「嘘だろ……!?」



完全に死んでいるはずの村人とコボルトが起き上がり、酷い腐敗臭を漂わせながらレイト達を取り囲む。村人の死体に至っては包丁や斧などの刃物を手にしており、コボルトは牙と爪をむき出しにした。



(まさか……アンデッド!?)



アンデッドとは死霊系の魔物の通称であり、特定の条件下において死体に悪霊ゴーストと呼ばれる実態を持たない魔物が憑りつき、死体を操作して襲い掛かるとレイトは訓練校時代に習った。


悪霊は魔物だけに限らず人間の死体にも憑依し、かつてレイトが世話になった村人の死体も憑依してしまう。彼等はもう生前の意志や記憶は微塵もなく、悪霊に操られる人形と化していた。



「アアアアッ……」

「そ、村長の奥さんまで……くそっ!!」

「ウォンッ!!」



村に滞在していた時に食事をごちそうしてもらった事がある相手だとしても、アンデッドに変異した以上は助ける事はできない。既にアンデッドに取りつかれた者は死んでおり、どんな方法を用いても人を生き返らせる事はできない。



(いったい誰の仕業だ!!いや、そんなの決まってるだろ!!死霊使ネクロマンサーい以外にこんな芸当ができるはずがない!!)



悪霊を呼び寄せてアンデッドに変異させる事ができる魔法使いは一種類しか存在せず、彼等は「死霊魔法」と呼ばれる現代では禁忌と認識されている魔術を利用する。死霊使いがこの村に訪れ、死体をアンデッドに変異させて自分達を襲うように仕向けたとレイトは考えた。

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