第63話 見返す好機

「あたしを相手に勝つ事が前提とはいい度胸じゃないかい。気に入ったよ、もしもあんたらが勝てば二人ともギルドマスターの権限で昇格試験を受ける権利を与えてやるよ」

「本当ですか!?」

「ぼ、僕もいいのか!?」

「ちょ、ちょっとギルドマスター!!いくらなんでもそれはないんじゃないですか!?」

「そいつら新人でしょう!?」

「そんなのずるいじゃないですか!!」



三人の話を聞いていた他の冒険者は騒ぎ出し、本来ならば一年は待たないと受けられない昇格試験の権利を与える事に不公平を感じた。だが、そんな彼等にバルルは激しく怒鳴りつけた。



「あんたらは黙って見てな!!当の昔に試験を受けられる資格を得てるくせに今の階級に甘んじてる奴等に文句を言う資格はないよ!!」

「「「うぐっ!?」」」



バルルの気迫に数十人の冒険者が圧倒されて黙り込み、それでも不満げな表情を浮かべる者は少なくなかった。彼女の言う通りに集まった冒険者の中には昇格試験を受けられる資格を持ちながら、現在の立場に満足して上の階級を目指すのを諦めた人間ばかりである。


階級が上がる事に昇格試験の難易度は高まり、白銀級冒険者に昇格できる人間は百人に一人と言われている。黒虎に所属する冒険者の中で白銀級に昇格した人間は最近加入したばかりのハルナを除けば数人しかおらず、この一年の間に白銀級の昇格試験を突破した者は一人もいなかった。



「冒険者になったんなら上を目指してなんぼだろうが!!安定した生活を送れるようになったからって満足してるようじゃ、冒険者としては三流だ!!」

「お、俺は試験を受けましたよ!!結果は落ちたけど、精いっぱい頑張りました!!」

「何が頑張っただ!?試験で全力を尽くす事は当たり前の事なんだよ!!あんたが落ちたのはただ実力不足なだけだろうがっ!!」

「ギ、ギルドマスターは強いからそんな事が言えるんですよ!!俺達はギルドマスターとは違うんです!!」

「うぬぼれるんじゃないよ。あたしだって若い時は何度も昇格試験に落ちている。だけど、諦めずに何度も試験を受けてようやく黄金級に登り詰めたんだ!!途中で諦めた奴があたしの苦労も知らずに風に知った風に語るんじゃない!!」

「……俺は違いますよ」



見物人の冒険者と言い争いを始めたバルルにレイトは口を挟み、冒険者を志した時から自分は上を目指す事を心がけていた事を伝える。そんなレイトにバルルは笑みを浮かべ、両拳を鳴らしながら向かい合う。



「ふん、あんたはいい目をしてるね。自分は負けないと本気で信じてる奴の目だよ」

「本当に俺達が勝ったら資格の件は何とかしてくれるんですか?」

「ああ、約束してやるよ」

「あの、僕の移籍の件も……」

「それも何とかしてやるよ。尤も、あたしに勝てたらの話だけどね!!」



バルルは腰に括り付けている袋に手を突っ込むと、小さな袋に入るはずがない大きさの手甲を取り出す。彼女が所持しているのは「魔道具アイテム」と呼ばれる魔法の効果が付与された「収納袋」と呼ばれる道具であり、袋の中身は異空間に繋がっていて本来ならば袋に入り切れない大きさの道具も収納できる。


手甲を装着したバルルを見た冒険者達は驚きを隠せない。普段の彼女は訓練の時でさえも武器や防具の類は身に着けず、悪さをした冒険者を懲らしめるときでさえも素手で対応してきた。そんな彼女が手甲を装着したという事は、今回の勝負は彼女が本気で戦う事を示唆していた。



「あ、あのギルドマスターが手甲を!?」

「まさか本気で戦うつもりか?」

「で、でも、確かギルドマスターの方からは攻撃しないと言ってなかったか?」

「馬鹿野郎!!お前はあの人の恐ろしさを忘れたのか?攻撃するもしないも関係ないんだよ!!」



黒虎に長く所属する冒険者ほどバルルの実力は把握しており、現在はギルドマスターの職に就いているが、彼女は現役の黄金級冒険者でもある。多少は身体が訛っていても鋼鉄級冒険者が二人がかりでも敵う相手ではない。



「あいつ、確か防御魔法しか使えない魔法使いだろ?」

「もう一人の奴は知らないけど、杖を持っているという事は魔法使いみたいだな」

「馬鹿じゃねえのか?いくら魔法使いだからって、前衛がいなければどうしようもねえだろ」

「まあ、いいだろ。あの新入りの方は態度が生意気だからな。この機会に鼻っ柱をへし折られちまえ」

「むううっ……この人たち、嫌い!!」

「誰もレイト達を応援してない。もしかして嫌われてる?」

「ぷるぷるっ(←応援のダンスをしている)」

「ウォンッ!?(←急に変な動きを始めたスラミンに驚く)」



黒虎の冒険者達の中でレイト達に声援をかける者は一人もおらず、これはレイトが嫌われているというわけではなく、そもそもバルルに勝てると思っている人間は誰一人いなかった。



(ギルドマスターがなんで人を集めたのか知らないけど、ここで活躍すればこいつらを見返す事ができるかな。いや、そんな事はどうでもいいか)



ギルドの人間からレイトは自分が防御魔法しか扱えない三流の魔法使いだと認識されているのは把握しており、ここでバルルに勝てれば彼の評価は変わるかもしれない。しかし、今のレイトは他人の評価などどうでもよく、どのように立ち回ればバルルに勝てるのかだけを考える。


ダインも杖を握りしめていつでも魔法を扱える準備を行い、レイトに視線を合わせるとお互いに頷く。二人が何か企んでいると知ったバルルは笑みを浮かべ、受付嬢のアイリスに声をかけた。



「アイリス!!試合開始の合図を!!」

「分かりました。じゃあ、このコインが落ちたら試合開始とします。よろしいですね?」

「はい!!」

「お、おう!!」



アイリスがコインを取り出すと、彼女は親指で上空に弾き飛ばす。コインが落ち切る前にレイトはハルナに手を伸ばす。



「二人とも!!」

「は、はいっ!!」

「しっかり受け取って」

「何!?」



コインが落ちる前にハルナは自分が持っていた杖をレイトに投げ渡し、コトミンはスラミンに水を出させて水弾を作り出す。そして空中に目掛けて放り込むと、それを見たバルルは焦った表情を浮かべる。



(こいつ!!まさか嬢ちゃんたちを巻き込むつもりかい!?)



事前に今回の試合はレイトとダインだけが相手だと通告したにも関わらず、ハルナとコトミンの力を借りる気かとバルルは怒った。だが、すぐに彼女は自分の勘違いだと気が付く。



(いや、違う!?これは罠だ!!)



レイトはハルナから杖を受け取ったが、そもそも魔術師の杖は簡単に他の人間が扱える代物ではない。ハルナが所有する杖は彼女のために設計された杖であり、他の魔法使いが扱える代物ではない。


スラミンが吐き出した水弾に関しても見当違いの方向に飛んでおり、それをバルルは目で追ってしまった。コインが地面に落ちる音が鳴り響いた瞬間、よそ見をして隙を見せたバルルにレイトはダインに声をかける。



「今だっ!!」

「シャドウスネーク!!」

「おわっ!?」

「う、嘘!?」

「あのギルドマスターが!?」

「何だあの魔法は!?」



事前に魔法の準備を行っていたダインは影に杖を突き立てると、黒蛇の如く変化させてバルルの両足を拘束した。あっさりとバルルがダインの魔法を食らったことに冒険者達は戸惑いの声を上げるが、レイトは彼女が体勢を整える前に駆け出していた。

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