クラスで人気のあの子のスマホがダークモードだった件
しいなず
第1話
ただそれだけで、僕はあの人を好きになった。
陰キャでイジられポジのスクールカースト下位層の僕が、身分違いの慕情を抱いた瞬間だった。
あの日、ぶつかってしまって、スマホが落ちて。
「すみません、すみません」
キョドりながら急いで相手のスマホを拾おうとしたとき、一瞬見えたアプリの画面が真っ暗だったことに。
僕が恐れ多くも恋をしたのは、
彼女は僕のクラス一の美人で、人気者。
学園モノでよくある、友達が周囲に沢山いて、クラスの男子にもモテてるヒロインみたいな存在だ。
本人は自分の名前が
僕はほかの男のように彼女に面と向かって鼻の下を伸ばすような下品さは持ち合わせていなかった。
彼女にとって僕のような男は眼中にないだろうから、恋をするどころか、彼女と仲良くすることすら有り得ないものだと思って日々を過ごしていた。
さて、ドン臭い僕は人とぶつかることが多い。一部の人にはわざとぶつかられているまである。
僕をイジるカースト上位の人たちに小突かれて、そのまま連鎖的に他の人にぶつかってしまい、怒られることも少なくない。
気がつけば僕は、ぶつかった瞬間にすみませんという言葉が出るようになった。
そして、
その日もいつものように、昼飯を食べるため人気のないいつもの場所に向かうところだった。
六月頃の昼休み。その日は背の高い男子とぶつかった。
相手は購買へと向かっているのだろうか。足が速く、後ろ姿はあっという間に遠ざかっていく。
一方よろけた僕は運悪く、すぐそばにいた女子——明子さんに、背中からぶつかってしまったのだ。
僕と明子さんがぶつかるのと同時に、パタンッ、とスマホが落ちて床とぶつかる音が聞こえる。
僕は振り返って、明子さんのびっくりした顔を認める。
「すみません、すみません」
そのまま反射的に、土下座でもするかのような勢いでしゃがみこみ、床下のスマホを拾おうとする。
スマホは画面を上にした状態で落ちていたので、幸いにもヒビは入っていなかった。
そしてロックのかかっていないスマホの画面には、黒を基調としたSNSのタイムラインが映っていた。
僕はビックリした。彼女のスマホがダークモードだったことに。
あろうことかその一瞬でシンパシー以上の感情を、強い慕情を抱いてしまった。
一目惚れなんて理解できないと思いながら読んでいた恋愛マンガを、体感的に理解してしまった——
——そうしてぼうっとしてると、SNSの画面を覗き込んでいるように思われるかと我に返る。
スマホをサッと拾い上げ、電源ボタンを押してロックをかけ、持ち歩いている使い捨てのアルコールウェットティッシュでしっかりホコリを拭い去ってから渡した。
「ど、どうぞ」
「そこまでしなくてもいいのに、ふふ。ありがとう。
手際いいし、綺麗好きなんだね。
「そ、それを言うならあきっ——清光さんも」
一度も話したことがないのにいきなり下の名前で呼ぼうとしそうになったことに気づき、名字に言い直すと、口が動かなくなった。
スマホ、ダークモードにしてるんですね。
たったそれだけのことを続けて言うことが、とにかく
「明子でいいよ。苗字呼びなんて先生くらいしかしないから。
で、私がなーに?」
「……明子さんも、スマホ……暗くしてるの、意外、でした。
僕も、そうしてるから、共感、っていうか……いや、ごめんなさい」
絞り出すような声で言葉を発する。
目を合わせるのが怖くて、でもうつむいてたら態度が悪いだろうし、面接でもないのに彼女の首元を見つめながら言う。
すると、明子さんがくすくす笑い出す。
やっぱりこんな陰キャが勝手に明子さんみたいな人にシンパシーを持つなんて、と思いはじめた僕に対して、彼女は言葉を続ける。
「あーよかったー、ダークモード仲間がいて!
他の子みんなライトモードだからさ〜、やっと見つかったって感じ!」
「…………やっと見つかった?」
「うん。今までぼっちだなーって」
ぼっち。そんな言葉をクラスのヒロインが目の前で口にするとは思いもよらなかった。
授業間の休み時間は、常に誰かが近くにいる——本当にそうなのか厳密に観察はしていないが——ほど友達の多い明子さんが、そう感じていたなんて。
そういえば購買へ向かう生徒が多いルートなのに、明子さんは少なくとも僕とぶつかったときから一人でいた。
あくまでマンガあるあるだが、普通なら取り巻きの女子とかがいて「ちょっとあんた、なにアキちゃんにぶつかってんのよ」って展開になってもおかしくないのに。
「ね、夜久くん。夜久くんが行こうとしてたところ、一緒についてってもいい?」
「え、そんな、明子さんと一緒なんて」
「だーいじょーぶ。私、昼休みどっか行くキャラで通ってるし、なんか変な噂つけられたら私がちゃんと対応するから」
「………………」
怒涛の勢いに、僕は目を丸くして黙ってしまった。
「あ、ごめん。急にがっついて! ガチで嫌だったら行かないからさ——」
「いいい、嫌とかじゃないです! 大丈夫です!」
「ほっ……よかった! それじゃあ道案内、よろしく!」
そう言ってさり気なく明子さんは僕の手を取る。
女の子の柔らかくて、自分より少し小さな手。
変になにかを意識してしまいながら僕はぎこちなく歩き始めた。
「へー、ここでいつも食べてるんだ?」
「はい……トイレは不衛生だし、男だと便所飯じゃなくても個室入るってだけで目つけられるので。
外は暑かったり寒かったりボールがたまに飛んできたり……いろいろ消去法でここになった感じです」
自分たちの教室から徒歩で約五分。
理科室や家庭科室などがある別棟の廊下の端っこ、階段の手前に予備の椅子と机がいくつか並べられたエリアに僕達は到着した。
椅子と机は度々使われているのか、あるいは清掃されているのか、大してホコリが積もっている日はない。
上下逆さの椅子をそれぞれ戻し、机の面を僕が念の為アルコールウェットティッシュで拭く。
そして僕達は横並びの席で昼食を食べ始めた。
明子さんは通学路のコンビニで買ってきただろうサンドイッチ二パックとサラダ、僕は母に作ってもらった、洋食系のおかずと白米の二段弁当を口にする。
「いいなぁ、お弁当作ってもらえるの」
「明子さんは、その……」
「作ってもらえないのか、ってことでしょ?
共働きで両親どっちも忙しいからさ、飯代出されておわりなんだよね。朝飯は作ってもらえるんだけどさ。
あとー、夕飯は安くなった惣菜とあらかじめ炊いたご飯とか」
「……はい」
「コンビニ飯でも栄養バランスとかは考えられるし、親が仕事もっと遅くなりそうだったら夕飯代アプリで送金してもらって『自分で買って』ってしてもらえるから、全然困ってないよ」
「と、友達と外で食べたりは?」
「んー、学校帰りはしない。割り勘でも高くついちゃうし、安いディナー探すのも補導も大変だし」
「…………(あんなに友達がいるんだから、帰りに遊んでたりするのかと思った)」
「意外?」
「えっ」
「顔に出てた」
「それは……まあ……」
「ふふ。ねえ、今度は夜久くんのお家の話が聞きたいな」
「ぼ、僕はほら、母さんが専業主婦だから。父さんの分の弁当と一緒に作ってもらってます」
「すごいなー、お父さんの分まで作ってるお母さん」
「……なんか、僕が生まれる前は管理栄養士してたから、今でも栄養バランス考えて作ってるらしいです」
「え〜! めっちゃいいお母さんじゃん!!」
「でもハンバーガーとか食べるとうるさくって——」
クラスの女子と、それも何らかの係とかの話じゃない話をするなんて、それをしかも明子さんとだなんて。夢のようだと思いながら雑談に頑張って花を咲かせた。
なるほど、これは道理で友達がたくさんできるわけだ、と感心した。
同時に、そんな彼女がなぜあの時「ぼっち」なんて言葉を使ったのかが気になってくる。
しばらくして、話はとうとうダークモードのスマホの話に戻る。
「——スマホ、ダークモードにしてる友達、そんなにいなかったんですね」
「いないねぇ。本当にぜーんぜんいなかった。だからほんとは今のグループとか居心地そんなよくないよ。疲れちゃう」
「スマホがダークモードじゃないだけで?」
「うん。ほら、スマホの画面友達同士で見せあったり、スクショでメモ送ったりするじゃん? あれの積み重ねで、細かい疲れが溜まるっていうか……」
「ああ、分かります」
「でもさ、だからって言ってみんなダークモードにしてよーっては言いづらいじゃん。そんなの個人の自由だし」
「……明子さんくらいの人気者なら、みんな言うこと聞く気もするけど」
「そーいうのは嫌なんだよね。私の声で、みんな前ならえにしちゃうのは、あまりしたくない」
「あっ……すみません」
「いいのいいの」
それにね、と言いながら明子さんは、メガネケースに入ったサングラスを取り出す。
セレブが身につけるような上品さのある、大きなレンズのそれをつけて、言葉を続ける。
「周りから、そっちが合わせろってされる辛さは、私自身がよく知ってるから」
——曰く、明子さんは先天的に光に過敏らしい。
人より何かを眩しく感じやすく、小さな電子機器類の画面ならまだしも、特に太陽光は小学生になる前から苦手としていたそうだ。
サングラスや日傘のような、物理的な対策を講じれば良いので、先生をはじめとした周囲の大人には使用を許可してもらっているらしい。
ただし、そのような体質だということを理解して貰えない時もまだあると言う。
小学校の頃は特に、クラスメイトにからかわれる原因にもなったとか。
またからかわれたくなくて、社会力を身につけたという明子さんの努力も目を見張るものがあるが、それはさておき。
「でもたまには、肩の力を抜いて話せる人が、それこそお願いしなくても元からダークモード使ってるみたいな人が欲しかったんだよ」
「な、なるほど」
「今日みたいなことで仲良くなれるとは、正直思ってなかったからびっくりしたけど! ふふふ」
「……そういう人がいなかったから『ぼっちだな』、って気分だったんですか」
「うん」
少しだけ、場が静寂に包まれる。
僕は、ちっぽけな勇気を出して、次の句を口にした。
「じゃあ、次も! ここでご飯を食べませんか、明子さん」
「——うん、いいよ! 素敵なところ教えてくれてありがとう、夜久くん」
そうして、僕達が昼飯を同じ場所で食べるようになって、一ヶ月が過ぎた。
ただ昼を共に過ごすだけの僕と明子さんの関係を妬ましく思うほかのクラスメイトが、僕に嫌がらせすることはあった。
僕はこんなの気にしないと言ったのだが、明子さんはそんなのさすがに個人の自由じゃないからと鶴の一声で辞めさせた。
そのうち、明子さんと仲良くなる前からの僕個人への嫌がらせも連動するようになくなっていった。
そうなったのを有難く思う気持ちはあるのだが、なんだか自分が情けない人間のようにも思えた。
一方で、どうすれば情けない人間じゃなくなるか、具体的なことは何も思いつかなかった。
そんな僕が——この関係においておそらく僕だけが、明子さんに友愛以上の思いを抱いているなんておこがましく感じた。
そしてある日僕は、放課後に明子さんを呼び出した。
面と向かって謝罪させてほしいことがある、なんて今思えばおおげさな内容のメッセージで。
場所はいつも昼の休み時間を過ごす例の場所だった。
「なんだか新鮮だね」
沈みかけの陽の光が、角度的に眩しいのだろう。
明子さんはサングラスごしに廊下の窓を一瞬見てから、こちらに微笑んだ。
「それで、謝りたいことって何か聞いていい、かな」
僕はその言葉に頷く。
深呼吸をひとつして、気をつけをして。
ゆっくりと、深く頭を下げた。
「明子さんを好きになってしまって、ごめんなさい。
明子さんはきっと友達としか思ってないはずなのに、僕だけ内心ずっとうかれてたりして、ごめんなさい。
こんな、こんな謝ってるのも気持ち悪いだろうけど、でも、このままいつか、いきなり告白とかしたほうがもっとキモいって思って、申し訳なくて————」
「夜久くん」
「……はい」
「頭上げて? それになんで、好きになることで謝るの?」
「それは、何もできない僕だけが好きになってしまって——」
「そんなことないよ?」
「……でも、自分で嫌がらせも止められなくて、情けなくて」
「でも、ここを知ってたのは夜久くんだけでしょ?」
「そんなの——」
「やれることなんて人それぞれ違うじゃん〜」
「だとしても、僕だけが好きになるなんて——」
「じゃあ私も夜久くんのこと好きだったらいいの?」
「あ、えっ」
「好きだよ? そりゃ、恋に相当するかはまだよくわかんないけど、普通の友達とは違う感じで好きなのは自覚してる。本当に」
「………………」
「とりあえず両思いだね。じゃ、問題ないよね」
「……」
半ば力技的に言いくるめられてしまった。
衝撃でぼーっとしてしまっていると、明子さんの方から僕の手を取って、走り出す。
慌てて僕もしっかりと手を握り返して、走る。
「ねえ、今度は私から提案!
インステでもナインでも、なんか連絡先交換して、夜も連絡しよ!」
「夜も!?」
「夜も! 迷惑かな!?」
「い、いえ!」
「ふふっ。ありがと!」
僕たちはそのまま、別棟の一階から帰ることにした。校内も土足だったことに内心感謝した。
夕日を遮るようにさした明子さんの日傘の下、ナインを交換する。
その日の夜。
「ねえ、明子さん、急な話だけど」
「なーに? こっちはわりと暇だよ」
「うちの母さんが、もし良かったら明子さん呼んで晩御飯食べないかって」
「え、いいの!?
あんな美味しそうなお弁当作る夜久くんのお母さんに会って!?」
「いいって、コンビニ弁当だけだと味気ないでしょって
こっちはちょっと恥ずかしいけど」
「ありがとう!」
「じゃあ、母さんに伝えとくね おやすみ」
「おやすみー」
クラスで人気のあの子のスマホがダークモードだった件 しいなず @Nanacie-kkym
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます