第99話 揺さぶられる心

 医務室を出たシュナ・ターナー。

 朦朧としながらも、ふらふらと歩き続ける。その脳裏では、かつての記憶が蘇っていた――。


(……機関誌が出たんじゃ)


 記憶の中のシーン。シュナがドキドキしながら、一冊の機関誌を手に取った。周りに誰もいないことを確認し、その表紙をまじまじと見つめる。


 そこには、『特集!枢機卿ロミエンヌ・フェヴァリの10の魅力――!』と銘打った文字と、色っぽく表紙を飾る、ロミエンヌの姿があった。


『――あら? ターナー司教? このような夜更けに何をされているのですか?』


 ギクッとシュナの肩が跳ねた。振り返るとそこには、一人の聖道女ルナの姿があった。

 

『なななななんでもありませんわ!!!』


 慌ててシュナが事務室から出ていく。聖道女ルナとすれ違いざま、『おやすみなさいっ……』と口早に言って、逃げるように自室へと戻った。


『――ふぅ。危ないところじゃった』


 自室のベッドに腰掛けたシュナが、法礼服の下に隠した機関誌を取り出した。誰にも邪魔されない場所で、今度こそ、その表紙を堪能する。


 ……ポッ


 ギュッと機関誌を抱き締め、『〜〜〜っ……!!!』と、シュナの心臓の高鳴りが止むことはない。もう一度表紙のロミエンヌを見つめ、その魅力に、熱く火照る頬を抑える。


『相変わらずカッコいいのう、ロミーっ……』


 神学校を出て、10年。ずっと会いたかった。ずっとずっと想い続けてきた相手だ。


 表紙のロミエンヌに触れ、『わしも早う、おまんと同じ枢機卿になりたい……』と呟く。今回の機関誌で特集が組まれている、ロミエンヌの10の魅力。それを開こうとして、ドアをノックする音がした。


(もう誰じゃ、こげな時間にっ……)

 ドアを開けると、そこには先程の聖道女ルナが立っていた。


『夜分に申し訳ございません。先程、事務室を確認したのですが、今月の機関誌が失くなっておりまして、もしやターナー司教がお持ちになられたのかと思い、お訪ねいたしました』


『あ……』


 思わずシュナが自室のベッドに目を向けた。


『ああ、これですわ!! 見つかって良かった!』


 ずけずけと部屋の中に入ってきた聖道女ルナが、ベッドに置かれた機関誌を手に取り、それを持ち帰る。


『えっと、それ……』


『あら? もしやターナー司教は、フェヴァリ卿に懸想されていらっしゃるのですか?』


『え……?』


『ターナー司教は教会の真髄を歩まれる御方。まさか、殿方に懸想されるはずなどありませんわよね?』


 聖道女ルナが意地悪く片頬を上げて、訊ねる。


『このシドニア公国では、殿方は女の出世を邪魔するもの。男など必要ないと仰ったのは、ターナー司教、貴方ではありませんか』


 ぐっと拳を握るシュナに、聖道女ルナがニッと笑う。


『わたくし達は、そんな誇り高い貴方についていくと決めているのです。……男に懸想するなど、幻滅もいいところ。がっかりさせないでいただきたいですわ?』


 はい、と聖道女ルナが機関誌をシュナに差し出す。困惑した表情のシュナに、『貴方の誓いをお見せください』と笑う。


『貴方は枢機卿に上り詰めるのでしょう? 貴方も出世のためなら、自分の色を男共に売る卑怯者なのですか?』


『わたしはっ……』


『フェヴァリ卿に色仕掛けで出世を懇願するのですか?』


『ちがっ……、そげなこと、できるわけがないっ……!』


 ――愛していまス、シュナ。


『うっ……』


 表紙のロミエンヌが、神学校時代の彼と重なる。


『……なら、その機関誌は、貴方の手で燃やしてください』


 ハッとした。


『燃やす……?』


『ええ。貴方の覚悟を見せてください、ターナー司教』


 ぐいぐい迫る聖道女ルナに、シュナは力なくロミエンヌを見つめた。


『特集!枢機卿ロミエンヌ・フェヴァリの10の魅力――!』という文字が涙で歪むも、こんなところで弱みを握られるわけにはいかなかった。


『分かったわ』そう言って、目に力を入れた。


『こんなものは燃やすに限るわね。ええ、今すぐ燃やしましょう』


 演技でも、シュナは嘲笑を浮かべた。驚いたような表情を浮かべた聖道女ルナだったが、『……それでこそ、我らがシュナ・ターナー司教ですわ?』と、懐から取り出したマッチ箱を手渡した。


 それを受け取ったシュナが、アルフォード教会堂の庭園で機関誌を燃やした。バケツの中、灰となって燃えていく機関誌。ロミエンヌもまた、チリチリと燃えていく。


 嫌がらせとも取れる、聖道女ルナの言動。道は険しくとも、シュナの心はまだ折れてはいない。


『……わしは誰にも敗けん。いつか必ず、ロミエンヌの隣そこに戻るっ……』


 今はまだ、自分を追い詰めようとする聖道女ルナが隣りに立っていようとも――。


 

―没ネタ(※本編にはまったく関係ありません)―


※こんな世界線があったかもしれない、ロミエンヌ×シュナ


『特集!枢機卿ロミエンヌ・フェヴァリの10の魅力――!』を開き、そこに広がる魅惑の色気に悶絶する、シュナ。 


「ひゃあああ!!? な、な、なんじゃアイツ!? なんでこげん事後みたいな写真を載せとるんじゃあああ!!?」


 ベッドでの色気写真と共に、そこにはロミエンヌの語りが載せられている。


 ――今宵、アナタに見せたのは、枢機卿ロミエンヌ・フェヴァリじゃありませン。


「そ、そそそそれってつまり、男のロミーいうことがや!?」


 ――ワタシだって一人のオトコ。愛らしいアナタの前では、大人の余裕もなくなるのでス。


「ふぁあああああ!? おまんは『an・a◯』か! なに『an・a◯』気取りで機関誌に事後風写真載せとるんじゃ、われえええ!!!」


 ――ハハ。『an・a◯』か!って思ったでしょウ? ハイ、ノリノリで『an・a◯』気取ってマス!


「おのれぇ、教会本部ネヘミヤの広報部めっ……! わしのどストライクを突いてきちょるっ……!」


 ――機関誌の前で悶えている、そこの聖職者サン。巻末には、とっておきの袋とじもありますヨ?


「へ……? 袋とじじゃと? へええええ!!?」


 真っ赤になって巻末を確認すると、そこには『ロミエンヌ・フェヴァリの夜の顔♡』と封じられた、とっておきの袋とじが収められていた。


「ふぁあああああああ!!?」


 ――袋とじでは、致している最中のワタシの〇〇があったりしテ……?


「ロミーーーーーーーー!!! クソっ、おまんっちゅう男はどこまでっ――! ううっ、愛しちょるっ……!!!」


 シュナはドキドキしながら、巻末の袋とじに手を伸ばした。


 みんなが読むかもしれない機関誌に、ハッと我に返る。


 袋とじの封を切るべきか、切らぬべきか、究極の選択が今ここに――!!!

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