君よりも先に

そらそら

君よりも先に

「僕はね、君よりも先に好きな人がいたんだよ。」

「え、なに急に...。」

「中学の頃の部活の先輩でね、君と会ったのは高校だから、知らないと思うんだけど。僕は吹奏楽部だったんだけど、それでsaxをやっていたんだけど、一つ年上の、男性の先輩に...。あれはきっと恋だった。」

「...。」

「この世界で一番尊敬してたし愛していた。少なくとも後輩として、僕はあの人に愛されていた。でも溢れてくる熱い気持ちに性欲が混じるのをどうしようもなかった。自分はもしかして男の人が好きなんじゃないかと気がついた時には戦慄した。僕はそうなんだって思った。僕の家の人間は古いから、僕みたいな人間を理解できないと思うし、理解できないものだからこそ小馬鹿にしている。それはもう、同じリビングでくだらないバラエティ番組を観ていればよくわかることなんだ。

好きだったんだよ、どうしても。きっとこれが恋なんだと思ったから、恋だったんだと思う。でもどうすればいいのか全然分かんなかった。僕は背も低いし、顔立ちも全然美しくないし、肌も荒れてるし、もう僕なんか全然だめだって思った。隣にいられる時間は幸福だったけれども、隣に並ぶことすら恥ずかしくもあった。あの人はとても美しかったんだよ。細くて、肌が白くて、黒縁の眼鏡が映えて、猫背で、卑屈さが滲む振る舞いが最高に美しかった。saxは吹奏楽の花形で、自信と誇りのある奴ほど上手くなる。あの人は楽器下手だったけど、それでも良かった。ずっと僕のそばにいて欲しかった。

先輩の受験も終わり、部活の引退公演も終わり、卒業式が間近に迫っていた。二月のある日、僕はいよいよ告白しようと決心し、昇降口であの人を待っていた。外は雪が降っていた。ひんやりとした壁にもたれかかっていたらあの人がクラスの友人と共に階段から降りてきた。醜い僕はださいネックウォーマーに顔を埋めて下駄箱の裏に隠れてしまった。僕はついに勇気が出なかったんだよ。先輩達は行ってしまった。ずいぶん時間が経ってから、もう誰のかもわからなくなった足跡を先輩のものでありますようにと願いながら辿り、僕はそのまま家へ帰った。母に言われるがまま暖かいシャワーを浴びた。涙は出なかった。やっぱり男性が男性に恋をするなんてことはあり得ない、何か勘違いをしているんだと自分を納得させたつもりで、その日の夜は好きな漫画のBL同人誌のサンプルで射精してしまった。情けなかった。」

「...。」

「そういう、そういう失恋が僕にあったんだよ。高校に入って、君と同じクラスになって、同じ吹奏楽部に入って、なんだか仲良くなって、こうして喫茶店でデートをしているけれど、あの失恋を僕はまだ、忘れられないんだ、後悔しているんだ...。君に悪い。気持ちが半分、まだあの人に向いているんだよ。」

「君は、本当に情けないね。ナヨナヨしているね。その人と再会する手段なんていくらでもあるでしょ?その人に告白する勇気も、付き合う勇気もないのに、それを私に相談するなんて、君って人は本当に、情けないよ。」

「...その通りだ。」

「でもね、そういう、隠し事できない不器用な君が、17歳になってもまだまだピュアな君が、私は結構好きよ。」

「...優しいね。ありがとう。」

「私は、好きになった人は君だけ。中学の頃は、今君に抱いているみたいな気持ちを感じたことはきっとなかった。友達や先輩とは仲良かったけれど、それは友達や先輩って感じだった。だから君の先輩に抱いていた大きな気持ちは、君が先輩って感じじゃないって思うなら、恋だったんだと思うよ。それでいいと思うよ。」

僕は泣けてきた。こんなに優しい君に出会えて、優しい言葉をかけてもらえて、心から嬉しい気持ちでいっぱいになった。変な話をして申し訳ない気持ちがやっと湧いてきて、本当に自分って最低だと思った。

「それで、どうするの。どうしたいの。」

「...僕は、君が好き。」

「...うん。」

「昔のことを全部忘れることはできないのかもしれないけれど、でも今は、きっとこれからも、君のことを大切にしたいと思ってる。だから、君が良ければ、僕とまだずっと、一緒にいて欲しい。」

「...そっか。ならいいよ。その先輩には嫉妬し続けると思うけど、今の君がそう思ってくれてるなら、今はそれでいいよ。」

彼女はクリームソーダの最後を飲み切った。

「ありがとう。」

僕は心からの彼女への感謝と愛情を言葉にした。冷めたコーヒーは苦かった。

「行こ。」

「うん。」

制服の僕らは会計を済ませて喫茶店を出た。

「うわー!まぶしいね!」

照明の暗かった店内とのギャップで目がチカチカする。夏の暑さがクーラーで冷えすぎた体を暖める。彼女は夏の暑さや光、生命力、そのままのような存在感で僕に笑いかけてくれた。僕も笑った。全てが嬉しかった。僕はまだ未熟だけれど、彼女に少しでも楽しくいて欲しくて、少しずつでも今日の恩を返せるように頑張ろうと思った。

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