第6話
突き刺さる、というよりドスドスとぶっ刺さるような視線に、とうとう居たたまれなくなって箸を置く。
本日のおすすめランチのメインは大人気のささみ巻きチーズで、好物でもあるのに、味が分からないままもう2つも吞み込んでしまった。
勿体ないことこの上ない。
「すっごい注目されてると思うんだけど」
「だな。視線なら俺も感じてる。気にすんな。そのうち慣れるよ」
堪え切れずに口にした妻の言葉に鷹揚に頷いて、龍詠が軽く肩をすくめた。
それから自分の皿の上にあったささみ巻きチーズを一つ摘まんで、むくれる真緒の口に押し付ける。
「むぐっ」
反射的に口を開いたら、龍詠が嬉しそうに笑った。
「これ好きだろ?沢山食え」
ここ数日で一気に増えた龍詠に関するデータ。
必要最低限の接触しか望まなかったあの頃の契約夫は一体どこに行ったのか。
宣言通り、昼休憩になると同時に観測部門のフロアにやって来た龍詠は、倉橋に断って真緒を食堂へ連れ出してしまった。
混み合うランチタイムに、
幹部連中と連れ立って来るならともかく、妻を伴うことなんて一度もなかった。
西園寺と勘解由小路の婚姻は、結婚当初こそ話題になったが、二人が揃って顔を出すのは親族会議や公のパーティーのみで、多忙な龍詠が自宅に戻らない日があることを上層部の連中はよく知っている。
お見合い結婚なのだから、夫婦仲はそれなりだろうと思われていた西園寺夫妻がにこやか?に談笑しながらランチを楽しむ姿は、かなり注目を浴びた。
こうなることが予測できたので、食堂には来たくなかったのに。
渋々連れ立ってやって来たのは、龍詠の自席がある管理部門の奥の個室で、二人きりで松花堂弁当でも食べようか、と言われたからだ。
あの夜の龍詠の視線で、彼が自分をそういう目で見ていることが分かった。
ただのお飾りの妻ではない、西園寺真緒を欲していることも。
何がどうなって彼の気持ちが変わったのかさっぱりわからないが、こちらにしてみれば、完全に寝耳に水で青天の霹靂である。
そんなおいそれと夫婦らしくなんてなれるわけがない。
だから、二人きりは困るのだ。
何かを確かめるようにそうっと撫でられた首元に触れた熱。
指の腹の感触を思い出すたび、お腹の奥がざわざわする。
あの日からずっと髪は長いままだし、誰かがいる場所で髪を結ぶこともしていない。
あの夜は、髪を結ぶ前で本当に良かった。
彼がこの傷痕を知る由もないけれど、弾痕が通った箇所は皮膚が変色して赤くなっていて、それは20年近く経っても変わらなかった。
見ていて気持ちのいいものではない。
髪を下ろしたままにすれば、着る服を選ばないのでさほど気にしていないのだが、こういう特殊な業界にしても、ヤクザの銃撃戦に巻き込まれて負傷した人間は、真緒くらいのものだろう。
もし、この先彼とそうなるのであれば、この傷を晒すことになる。
家族の前でも髪を結んだことの無い自分が、龍詠の前でそんなこと出来るようになるのだろうか。
甚だ疑問である。
「真緒」
「ありがとう・・・なに?」
貰ったささみ巻きチーズを有難く飲み込んでから返せば、龍詠が一瞬目を丸くしてから微笑んだ。
「こんなもんでお礼言ってくれるのか」
「誰かから何か貰ったらお礼言うの、常識でしょ」
貰い逃げはしたくないし、お互い様精神は相手が誰であれ忘れずに生きて行きたい。
他所様より複雑な子供時代を経て大人になった今だからこそ、そう思う。
「ああ、そうだな・・・・・・ありがとう」
噛みしめるように返されて、今度は真緒が目を丸くする羽目になった。
「なんで?私なにもあげてないけど」
これから何かあげなきゃいけないのだろうか?
もしかして、デザートのみかんゼリーとか?
これ冷凍庫で凍らせるとかなり美味しいおやつになるから、惜しいんだけど、なんて思っていたら。
「もうとっくに貰ってる」
目を伏せた龍詠が妙に感慨深げにするから、今更結婚してくれたことを感謝されているのだろか、と真緒は眉根を寄せた。
ここ数日の変化が目まぐるしすぎて、龍詠が摩訶不思議なことを言ってもふーん、と流してしまえる自分が居る。
人間の適応能力ってすごい。
油断していたら、龍詠が今度は自分のトレーから、みかんゼリーを真緒のトレーに乗せて来た。
え、くれるの!?と顔を上げた瞬間。
「俺、お前の名前好きだよ。これ、ちゃんと言ってなかったよな?」
とびきりの爆弾を投下されて顎が外れそうになった。
「は?なにをいきなり」
「真緒って響きも可愛いし、なんかお前っぽい。最初に会った時から思ってた」
「っそそそそうやってナオミやキリコのことも口説いてきたんでしょ!?」
「だから、半妖も男も口説いてねぇし。お前のこと以外口説かねぇよ」
「うぐっ」
「こういう事言ったら、どうせお見合いの時はーとか言うんだろうけど」
「ごほっ」
どうしよう、こちらの戦法は筒抜けらしい。
これは早期撤退を決め込むべきか否か。
難しい顔になった真緒を真っ直ぐ見つめて、龍詠が軽く頬杖を突いた。
「あの時は、感想以上のこと考える余裕もなくてさ。お互い責任押し付けられた者同士だし、深入りするべきじゃないと思ってた。そのほうが、お前も楽かなとも思ったし。俺も仕事以外に割く時間が無かったし・・・いや、いまもねぇけど」
「・・・・・・」
「でも。毎晩家に帰りたいし、出来れば隣で眠りたい」
「~~っ」
「前向きに考えてみてくれ」
じいっと真緒の顔を見つめてから一つ頷いて、龍詠が先に席を立った。
見れば、食堂の入り口にお迎えがやって来ている。
離れる直前に、伸ばした手で耳たぶを擽られて、慌てて悲鳴を飲み込んだ。
当然ぶっ刺さる視線の数はさっきよりも増えている。
ねえほんとに、どうしちゃったの旦那様。
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