ようこそ、魔女の家へ

@niwadera

1.普通のシェアハウス

冬の終わり、東京のある古びたシェアハウスの前に立っていた。


俺の名前は薊城翔(あざぎ しょう)。

実家より大学が近いというだけでなく、最近は日々の生活に少しマンネリを感じていたから、新しい環境で何か新しいことを始めたくて、このシェアハウスのバイトに応募した。

今日はその初日で、どこかワクワクした気持ちがこみあげてくる。


古びた外観のシェアハウスは、少し年季が入った感じがするけれど、その分味があって落ち着いた雰囲気が漂っている。

心の中で「新しい一歩を踏み出すぞ」と気合を入れながら、ドアのベルを鳴らした。


玄関の扉がゆっくりと開くと、冷たい外気が暖かい室内の空気と交わり、わずかに蒸気が立ち昇った。

俺は一歩足を踏み入れると、そこには思ったよりも温かみのある空間が広がっていた。

目の前に現れたのは、優雅で少し謎めいた雰囲気を持つ女性だった。

彼女の長い黒髪は肩の上で流れ、青い瞳が静かに輝いている。笑顔を浮かべ、歓迎してくれた。


「こんにちは、薊城翔さん。お待ちしていました。」


その言葉には、どこか余裕のある大人の風格が感じられた。軽く頭を下げ、しっかりと彼女の目を見ながら応えた。


「花園さん。よろしくお願いします。」


彼女は優雅な雰囲気を漂わせ、まるでこの場所が自分の一部であるかのように自然に佇んでいる。


「ありがとうございます。お邪魔します。」

俺は少し緊張しながら挨拶をすると、さらに温かな笑顔で応えてくれた。


玄関はシンプルながらも整然としており、木製の靴箱には靴がきれいに並べられている。セリナさんが僕に案内のためのスリッパを手渡してくれた。

俺は靴を脱いでスリッパに履き替えた。その瞬間、足元から感じる柔らかな感触に、思わずホッとした。


「じゃあ、まずはお部屋を案内しますね。」そう言って彼女は玄関ホールから階段へと向かった。荷物を持ちながら後に続いた。

階段を上がると、軽く振り返りながら「こちらがあなたの部屋です」と、俺に扉を指し示した。

「どうぞ、入ってみてください。」言葉に従い、そっとドアノブを回して扉を開けた。


部屋に入ると、そこにはこぢんまりとしながらも居心地の良さそうな空間が広がっていた。

明るい色合いの壁紙と木目調の床が調和し、簡素な家具が整然と配置されている。

窓から差し込む柔らかな光が、部屋全体を優しく包み込んでいた。


「どうですか?お気に召しましたか?」

彼女はおずおずと、少し心配そうに尋ねてきた。

「すごくいい部屋です。落ち着いて勉強したり、のんびり過ごせそうです」

正直な感想を述べた。

それに対して彼女は「それはよかったです。」ほっとしたように微笑み、次の案内へと向かう準備をしていた。


「じゃあ、共用スペースもご案内しますね。」


そう言って、再び廊下へ出た。俺も荷物を置いて、部屋を出る。

先ほどまでの不安感が少しずつ消え、この場所での新しい生活が始まる期待感が心の中で膨らんでいった。


階段を降りると、セリナさんは静かに一息ついた後、振り返って言った。


「今、このシェアハウスには他にもう一人だけ住んでいる人がいます。片桐さんという方で、仕事でとても忙しい方ですが、優しい方ですよ。」


「片桐さん…ですか。」


俺はその名前を反芻しながら、たった一人しか住んでいないのに雇った理由が気になった

「…他に住んでいる人が一人だけなのに、僕を雇った理由って…?」セリナさんに尋ねた。

その質問に少し困ったように眉を寄せて、少しの間言葉を探しているようだった。そして、苦笑いを浮かべながら、柔らかく答えた。


「それは…まぁ、色々と事情がありまして。深く考えずに、ここでの生活を楽しんでくださいね。」


曖昧な返答に、何か事情があるのだろうとは思ったけれど、それ以上追及するのはやめておいた。苦笑いは何か言いづらいことがあるのかもしれないサインのように感じたから、深く考えないようにしながら「そうですね、わかりました。」

俺はそう言って軽くうなずき、後を追った。


セリナさんに促されて、1Fの廊下を歩いていく。彼女が扉を開けると、広々としたラウンジが目に飛び込んできた。


「ここがラウンジです。」穏やかな笑みを浮かべながら説明する。「住人たちがリラックスするためのスペースになっています。」


ラウンジには、ふかふかのソファが置かれ、壁には観葉植物が点在している。木製のローテーブル配置されていて、日差しが差し込む窓からは庭の緑が見えた。壁には、どこか懐かしい雰囲気のある絵が掛けられていて、空間全体に落ち着いた温もりが広がっている。


「ここで住人たちと一緒におしゃべりしたり、読書したり、自由に過ごしていただけます。」


次にセリナさんはラウンジから少し奥にある扉を指さした。「こちらがキッチンです。」

扉を開けると、広々としたキッチンが現れた。対面式のカウンターがあり、その上には様々な調理器具が整然と並んでいる。冷蔵庫やオーブンも最新式で、全体的に清潔感がある。さらに、調味料が整然と並べられた棚も目に入った。


「ここでは自由に料理ができます。ただ、片桐さんはほとんど料理をしないので、キッチンはいつも綺麗に保たれています。」まるでキッチンが一つの展示スペースであるかのように、自慢げに説明していた。

「俺、あんまり料理が得意じゃないんですよね…」少し恥ずかしそうに告白した。


すると穏やかな表情で「私もです」と笑った。

しかし、何か隠しているような苦笑いも見せたので、何か事情があるのかもしれないと感じたが、詳しく聞くのはやめておいた。


案内されてラウンジを出る途中、隣の部屋から激しい音が耳に飛び込んできた。特撮ヒーローの戦闘シーンのような効果音がダイニング越しに聞こえてくる。

音の出どころは隣の部屋。多分リビングだろう。俺は一瞬その音に気を取られたが、彼女は気に留める様子もなく、次の案内に進んでいく。


「次はこちらです。」落ち着いた声で言いながら、廊下の先に向かって歩き出した。


特撮の音がリビングから聞こえる中、俺はその音に反応してしまった自分が少し恥ずかしくなった。それにしても、セリナさんが特撮を観るなんて、少し意外だな。見た目や雰囲気からはまったく想像がつかない。もしかしたら趣味なのかもと、ふと考えたが、特撮好きを想像するのはやはり難しかった。


そんな感想を抱きつつも、他のスペースの案内に集中するべきだし、また別のタイミングで聞けばいいやと思いつつ彼女の後をおった。

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