かつて最後の戦いで勇者を見捨てて逃げた俺の元に勇者の娘が訪ねてきました~ろくでなし魔法使いはこんどこそ世界を救う~

井ノ中 エル

第1話 かくしてろくでなしは少女と出会う その1


 エデン大陸。かつて創造神イデアが創り出したとされるその世界には、人間と魔族、二つの種族が手を取り合って暮らしていた。

 神を信仰する人間と、信仰という概念をもたぬ魔族は、最初の内は身体的な特徴の違いや考え方の違いから対立していたものの、魔族の頂点に立つ長、魔王が率先して人間との交流を図り、次第に互いの持つ技術や知識を教え合って共存の道を歩もうとしていた。 

 しかし、ある時、イデアより劣等種たる魔族との交わりを立てという神託が下り、6つの人間の国の王はイデアの命に従い魔族との交流を絶とうとした。

 それでも、そうした気運の中、交流の道を探る人間や、魔王をはじめとする魔族たちの尽力で、なんとか戦争も起きずに微妙なバランスで平和を保っていた。だが、今より12年前、ついに戦争が起こってしまった。

 その際にイデアより再び神託が下る。人間の六大国の王たちはそれに従い、とある村にすむ青年「アベル・ブレイバー」を勇者に任命し魔王討伐を命じた。

 勇者アベルの活躍により、残す敵を魔王のみとなった。しかし、そこに至って勇者が人間を裏切り、魔王に与したという報告がもたらされた。

 そこで王たちは神の力を借り、魔王と勇者が共同戦線を張る魔都「ノクスヴェイル」へ攻め込んだ。三日三晩の激闘の末、勇者と魔王を打ち破り、神の力で彼らをその地ごと封印し、人間はこの世界の勝者となった。

 それからは魔族根絶の気運が一気に高まり、生き残った魔族は戦争に参加していなくても老若男女問わず捕えられ、奴隷とされるか、処刑の対象となった。

 また再び交流の意思を見せる人間も異端とされ、その身分を問わず魔族と同じ運命を辿ることとなった。

 こうして魔族はこの世界に生きる場所を失い、人間と彼らが信奉する神の世界になろうとしていた。

 しかし今、そんな世界の在り方を根本から変えてしまうような大きな出会いが、片田舎の小さな山の中に訪れようとしていた。


――

  

「はぁ……!はぁ……!はぁ……!!」


 薄暗い山中の森をかき分け、一人の少女が闇雲に走っていた。

その息は荒く、しかし立ち止まることなく走り続けている。

 その様子から、おそらく何かから逃げているのだろう。彼女の目には強い恐怖と絶望の色が浮かび、瞳は必至に周囲を見渡していた。

 今はどこなのか?どこに向かって走っているのか?それさえもわからない。ただすこしでも長く生き延びなければ。その一心で、できるだけ遠くへとその足を必死で動かし続けていた。

 その身に纏う服はボロボロで、布が裂けた部分から見える傷だらけの肌からは今も血が滴っている。靴は壊れ、裸足で走り続けた足は血まみれ、爪もいくつか剥がれてしまっている。それらすべてが、少女がどれだけ恐ろしい目にあっているかを物語っていた。

 喉は乾き、口の中には血の味が広がっている。意識ももはや薄れかけており、気力だけで動かしているその足は、いつ止まってもおかしくはなかった。

 それでも……。 

 

―――我らの未来を託したぞ!!!!!


耳に焼き付いた大絶叫が止まりかけた彼女の足を前へと動かす。

 つい先刻、その身を呈して自分を逃がしてくれた「彼」が託した「使命」……。その使命を果たすためにも、少女は何としてもその足を止めるわけにはいかなった。


「なんとか……!なんとか生き延びなきゃ……!!」

 

 血を吐きながらも前へと進む!できるだけ、すこしでも前へ……!!

 わずかな希望を胸に彼女は前へと足を動かす。しかし、後方から響く声が、その希望を打ち砕くように絶望を突きつけた。


「血痕だ!!このあたりにいるのは間違いない!!絶対に逃がすな!!!」


 指揮官らしき女性の声が響き、それから複数人の武装した人間たちの足音がこちらの方向に近づいてくるのが聞こえ始めた。追手はもうすぐそこまで来ているようだ。


「く……!」


 これまでなのか……。少女の目に恐怖とくやしさとで涙がにじみ始める……その時だった。


「……!?あれは!」

 

 木々の合間からやや遠くの方に小屋が見えた。小屋の前には荷馬車のようなものが止まっており、それが中に人がいるということを教えてくれている。一瞬彼女の目に希望の光が宿った。がしかし……。


 「……」

 

 助けを求めるべきか、しかし自分のために見ず知らずの人を巻き込んでいいのか……。そもそも助けを求めたところで助けてくれるのだろうか……。


 少女は逡巡した。だが、後方に近づく追手たちの足音が、もはや迷う暇など残されていないという事実を彼女に告げる。


(だったらもう……一か八かだ……!)


 彼女は走りながら固く目をつむり、そして力強く見開いた。覚悟の目だ。どうやら一縷の望みに賭けようと意を決したようだった。


(パパ……!ママ……!おじさん……!どうかボクを助けて……!!)


そう祈ると、少女は最後の力を振り絞り、全速力で小屋へと向かって駆け出した。


――――

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