童女の嫁入り ~少年と小さな女神様が初恋を叶えるまでの物語~
真髪 芹
第1章 白い座敷童
第1話 神様と妖怪の村へ
遠くに、歌声が聞こえる。
(通りゃんせ 通りゃんせ)
(ここはどこの 細道じゃ)
(天神様の 細道じゃ)
雪が
(ちっと通して くだしゃんせ)
(御用のないもの 通しゃせぬ)
(この子の七つのお祝いに)
(お札を納めにまいります)
きれいな歌声に
……そうだ、この不思議な
だから、早く行かなきゃ。
(行きはよいよい)
(帰りは――――)
「ゆめ……」
ぼんやりと、
とても
「
助手席の母が振り返る。
「うん……平気」
ひたすらヘアピンカーブを登り続ける
車のタイヤの音がうるさくて、どおりで目も覚める訳だ。
「田舎って言うか、秘境じゃん……」
稔流の呟きは、風に当たろうと窓を開けたのと同時に
文句など、言ってはいけないのだから。この引っ越しは、稔流の
稔流の父は医者で、以前はとある大病院に勤務していた。
夜勤もあるのに有給休暇などあって無きに等しく、最低限の医者で仕事を回しているというブラックな職場で、父は|過労で倒れてしまった。
その時、他の病院で看護師をしていた母が
「もう
と男前なことを言ったので、父は半年ばかり無職になった。
しかし、父は他人に尽くすことに生き
そんな父は、体調が回復してくると自主的に家事をやり始め、すっかり板についてしまった。
特に料理が上手いので、稔流は将来の独り暮らしに供えて、教えて
そんな主夫の
「次の職場が決まったよ」
と夕食の席で言った。
「ちょっと!いつの間にコソコソと就職活動してたの!?」
母の口調は怒っているようでいて、実はそうではない。……ことを稔流は知っていたので、父が
「ごめんごめん、心配かけて」
父は笑った。父もちゃんと
「コソコソしていた訳じゃないんだよ。実家から電話があってね」
「待って。……天道村の診療所って」
母の祖父も
「ひょっとしなくても……村にひとつしかない診療所?住み込みじゃなくて、週に3日だけ通いのお医者さんが来ていた所?」
かつては、土日以外は診療日だったし医者も村民だった。しかし十数年前にその医者が93歳で大往生したので、村が公務員
「俺が話を受けた時には、週1って言っていたよ」
「……………………」
母も知らなかった爆弾が投下された。
「
「何でキッチリ23年って覚えてるのよ。村民全員のプライバシー検索システムでもあるの?」
「そんな現代的なものはないと思うよ。村民全員の生い立ちは、放っておいても近所の
そのホラーな記憶力の持ち主の
天道村では、代々村長は鳥海さんだと決まっている。
村長の任期は他の自治体と同じく4年だ。しかし、
その鳥海さんが隠居したくなったら、その息子やら孫やら『次の鳥海さん』が立候補して、やはり対抗馬は出ないので、実質
常識では政治の
遥か昔から続く、腐敗を通り越して
どのくらい昔かというと、平家の
だが、共通項がある。
それは、どのルーツであっても皆『歴史の敗者』だということだ。
その敗者達が、勝者の追っ手から身を潜め、外部との関わりを最小限にしてきた、山奥の隠れ里。
………の診療所。
「絶対ヤバい案件だ……」
「ん?稔流、どうした?」
「ううん、何も」
こんな強烈な山奥の村に、週3日でも1日でも医者が来たがらないことくらい、まだ小学5年生の稔流にもわかる。
でも、現実的な母に相談せずに、お人好しでどこかほわほわと
「今更断って、貴方の実家が
母の言葉が
村八分:火事と葬式 (
「元々、次の職場は田舎がいいって思っていたんだよ。空気が
「田舎にも
うわあ、行きたくない。
田舎はたまに行くからよいのだ。
旅行で行くのは楽しかったと、おぼろげに思い出した。
幼い頃の事で記憶はぼんやりしているが、毎年近所(半径1キロ以内)の子供達と一緒に遊んでいた気がする。
(あれ……?)
稔流は気付いた。
最後に天道村に家族で訪れたのは、稔流がまだ5歳、保育園の年長組の夏が最後だった気がする。
多くの家が長男、
だから、父は遠い田舎に残してきた祖父母を
でも、稔流が5歳のお盆を最後に、両親は
思えば、不自然なことに、母がこまめに編集していたアルバムには、天道村で過ごした時の写真が一枚も残っていないのだ。
――――どうして、お父さんもお母さんも、村に行くのをやめてしまったんだろう?
きっと、
それなのに、5年の空白を経て稔流が10歳の今になって、父が旅行レベルをすっ飛ばして村に『住む』ことを決めてしまったのは、かなり
こんな独断即決は、普通の家庭なら離婚案件になりかねないと稔流は思うのだが。
母は、稔流が中学入試を念頭に
喘息と言っても、稔流も今まで東京での普通に進学を普通に考えていた程度だ。
父の実家の村八分だけが問題ならば、少し
学校にも、そういう家庭の子はちらほらいる。子供の教育環境として有利な都会に住んでいるのに、わざわざ
なのに、怒った母さえも単身赴任を考慮に入れずに、当然のように家族での引っ越しに同意したのが、稔流は何かが引っ
――――お父さんとお母さんは、俺が知らない秘密を
稔流は言った。
「いいよ、別に……引っ越しても。」
両親が何を隠しているのかはわからない。でも、両親、村人全てが満足する答えは、『宇賀田一家が村で暮らすこと』なのだ。
満足しない、本当はイヤだと思っている
――――だったら、俺だけ
「……塾の代わりは通信教育でいいよ。友達とはいつでも連絡が取れるし、ゲームでも遊べる。でも、高校と大学は自分で選びたいし、中学を卒業したら村を出る。お父さんもそうだったんだからいいよね?」
これで、引っ越しが決まった。
とても、あっけなく。
どうして、今なら村に行ってもいいんだろう?
5年もの間、多分わざと、村から遠ざかっていたのに。
父と母は、一体何を
一体、何を怖がって、何から俺を守ろうとしていたんだろう――――?
「行けば分かるのかな…」
稔流は車の窓を開けて、盛夏の新緑がきらきらと散らす光に目を細めた。
これから向かう秘境の村について、ひとつだけ、稔流がはっきりと覚えている話がある。
天道村には、神様と妖怪がいるのだ。
人間の、とても近くに。
すぐそこに。
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