夢里さんを口説く
木野かなめ
第1話
俺の名前は『言一』と書いて『こといち』と読む。
……ん。変な名前だと?
当たり前だ、こんな名前があってたまるか。
いや、もしかしたら本当にあるかもしれないので、先に全国の『こといち』さんに対して謝っておく。こんなバカなことで炎上でも引き起こしたら、小説家への道を閉ざされてしまうからな。
言一、というのはペンネームだ。
ペンネーム、小説家……ときたらもうわかると思うが、俺は小説を書いている。
俺は小説投稿サイトに作品をUPしつつ、たまに作家仲間と小説について語らったりしているのだ。作家仲間といっても楽しいから付き合ってやっているだけで、そこに研鑽や切磋琢磨のたぐいは1ミリもない。
本音を言えば、俺の小説が一番面白い。
レベルが違う。すなわち、格、というやつだ。
そんな俺だが、最近ハートにぴったりくる女性を見つけてしまった。
一線で活躍する、華の書籍化作家である。
彼女の文章は実に流麗だ。息を呑むほどに豊かな筆致と、そこかしこに挟まれるかっちょいいバトル。うーむ、俺の筆力と比べてもいい勝負というところだろう。
すなわち優れた好敵手の一人というわけなのだが、彼女の場合は他の好敵手とはひと味違う。彼女は人のこころを大切にするし、なにより美しい。もし俺と結婚したらヘミングウェイ級の子供が生まれるだろう。
ふむ、歴史を変えるというのも悪くない。
ところで先月、俺は彼女と直に会った。
SNSのメッセージ機能を使って待ち合わせをしたのだ。
実物は最高だったぞ。
お茶を飲む時カップに添える指がしなやかで、俺は、もう、もう。
心にあと一歩踏みこまれていれば、クッキングパパに出てくる『うんまぁ~~い!!』という反応をリアルでやるところだった。
というわけで必然的な帰結であるが、俺は夢里さんにコクることにした。
そのためにはまず、俺の印象を良くしていかなければならない。
『いつもお忙しいでしょう。俺なんかのメッセージにはいいねボタンかハートマーク程度で返してくれて結構ですよ』
SNSのメッセージでそう伝えてみた。俺なりの気遣いというやつだ。
うーん、これで早速惚れられたかもしれない。かっこよすぎてごめんな。
だがそこで俺は大事なことを思い出した。これ、けっこう大事なやつ。
俺は、彼女の電話番号を知らないのだ。LINEのIDも。
俺の番号とかIDをメッセージで一方的に送りつけて、その流れで訊いてやろうか。しかしこれは、なんとなく無粋な気がする。
では、次に会った時に交換し合うか?
……だめだ、待てない。もう文面でいい。そもそも俺は作家なのだ。この胸を焦がすときめきが、俺の指をスマホへといざなう。
『俺、夢里さんのことが好きです』
書いた。……書いたぞ。
送信マークもついている。確実だ。やってしまった。歴史を、この俺が変えた。
部屋の中で「ホー、ホー」とフクロウのまねをした。けっこう大声でやった。隣の家との間の壁がドン! と鳴った。俺はドカン! と蹴り返した。その結果「静かにしてください」と苦情がきたのだけど「ノーベル文学賞舐めんな」と返しておいた。それから苦情は来なくなった。凡人の考えることは理解に苦しむ。
さて、そんな一般大衆は放っておいてだ。
返事の方だよ。
なんだよー、夢ちゃん。あまりじらすんじゃないよ。ま、そんなとこがかわいいんだけどな。
ん? 彼女のアイコンが下から出てきた。
きたきたきたきたき……、
ハートマーク。
ハートマーク? え?
これ、どういう意味だ?
「私も貴方のことが好きです」という意味か?
それとも単に、サラリとかわされただけなのか?
……う、ん?
それから三日が経過したが、彼女からの追加のメッセージはまったく届かない。
どうする、俺。
どうしよう……。
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