第11話 低い声の正体?

 教室に入った途端、大きな窓に何かがあたって派手な音をたてて割れた。

「なに!?どうしたの?」

 周りの生徒が騒ぐ声で香織の声すら聞こえない…そう思った時、耳元で誰かが囁いた。

「…我が恨み…一族の恨み…」

「えっ?」

 低い声が身体中を駆け巡った。

「決して…忘れぬ」

 今までのような記憶ではなく、伝わってきた言葉に恐怖を感じて動けなかった。

「史愛?大丈夫?」

 とっさに耳を塞いでいた私の肩を香織がたたいた。

「う、うん」

「いたずらかな、こわいね」

「…うん、ねえ香織も聞こえた?」

「ガラスの割れる音?もちろん聞こえたよ」

「そうじゃなくて…低い声…」

「低い声?みんな騒いでるから、なにも聞き取れなかったけど、誰かなんか言ってた?」

 耳のすぐそばで聞こえた声、隣にいた香織に聞こえないはずがないのに…私だけに聞こえた?…記憶のことを考えたら、そう思うしかなかった。教室にあわてて入ってきた警備員と事務の人に促されて、その場にいた生徒は他の教室に移動させられた。


「史愛、久しぶり!朝、パトカー来てたけど何かあった?やけに騒がしかったけど」

 講義を終わって、学内のカフェで悠乃を待っていると目の前に美海が現れた。

「美海!…ああ、うん、なんか教室の窓が割られて…それより学内で会うの久々だね」

「ハハ、この間までペルーに行ってて、その後はバイト三昧で、ゼミの教授に呼び出されて、いい加減にしろって怒られたところ」

「そうだよ、おばちゃん、美海はいつも家にいないってぼやいてたよ」

「ママ、何かあればすぐに史愛のママに愚痴りに行くから」

「そうだね、仲が良いから。でも美海、ホント家にいなさすぎ!!」

 幼なじみの美海は、日本や海外の古代遺跡や建造物に興味があってバイトでお金を貯めてはいろんなところを旅してる自由人だ。

「ごめんごめん。…ガラスか…なんか物騒だね。それより体調は?大丈夫?しんどくなったら悠乃か私を呼ぶんだよ」

「いつもいないのに?下手したら海外じゃん」

「ホントだ。でも電話ぐらいはでれるから1人で抱え込まないようにね」

 私の記憶のことを知ってくれてる心強い幼なじみのもう1人、今日の声のことを伝えようか迷ってると美海が時計を見て声を上げる。

「あっヤバ、バイトに遅れる!じゃあまたね」

 結局なにも言えないまま突風のように去った美海と入れ替わりに悠乃と桐生先輩が現れた。


「遅くなった、ごめん。あれ、美海いなかった?外から見た時見えたけど」

「相変わらず忙しいみたい、バイトだって」

「ホント落ち着きないな、まあ美海らしいけど、あっ俺飲み物買ってくる、先輩コーヒーでいいですか?」

「うん、ありがとう」

 走っていく悠乃を見送って、桐生先輩が席に着いた。

「久しぶり、今日は突然悪かったね」

「いえ、お忙しいのに…大丈夫何ですか?」

「ああ、忙しいのは変わらないけど、どうしても話したくて、…話は悠乃が来てからにしようか」


「悠乃から聞いた。史愛ちゃん、夢で見たんだよね?」

 悠乃が買ってきたコーヒーのいい匂いの中、先輩は真面目な顔で聞いてきた。

「はい」

「我孫王だよね?そして朱鳥媛、麻人皇子」

「わかるんですか?」

「うん、麻人皇子は祥宇帝しょううていの幼名だ。朱鳥媛は大きな豪族の娘、我孫王は…鹿屋王かやおうの息子だ」

「鹿屋王?」

「鹿屋王は謀反の罪で殺された」

「謀反…」

 低いあの声がもう一度聞こえた気がした。

 

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