第9話 出会いと別れの記憶

 出会ったのは幼い頃、大きな桜のお屋敷の庭でお兄様たちが遊ぶのを眺めていた時だった。

「遊ばないのか?」

「女は入れてくれません」

「聞いてみたのか?」

「…いいえ」

「では、私が聞いてやる」

 そう言って、お兄様達の中に入っていった人はとても綺麗な方だった。


「だから危ないと申し上げたのです」

「木の上の猫がかわいそうだと言ったのはそなただぞ」

「それはそうですが…まさか木に登るとは思っていなかったので」

「誰かに頼めば良かったか?」

「そんなことは言っていません。ただ心配なだけです」

「そなたは泣き虫だからな」

「泣き虫などではありません」

「そうか、それならいい。泣くな、そなたの涙は苦手だ」


「父が入内が決まったと」

「…どこに…嫁ぐのだ…」

「……皇子様に…」

「…」

「嫌です…私は…ずっと、ずっと…」

「その先は言うな…俺にはどうすることもできない…」

 お互いの気持ちを伝えたことなどなかったけれど、淡い恋心がいつしか本物になっていくことを期待していた。そしてそれは許されないであろうこともわかっていた。あの父がいる限り、私には何も決めることなどできない…父の望む未来を手に入れるまで終わらないということも…。


「おめでとうございます」

「ありがとう…ございます」

「今日の良き日に舞いを…」

 桜吹雪の中、黒い髪が揺れ、剣が高い位置に掲げられる、祝いの席でなければ見惚れていただろう。あの方のそばにいることができないなら、生きる意味はない…そう思った。皇子の妃という立場など欲しくはない、あの方の隣で生きる事が幸せだとわかっていたのにそれを突き通す強さのない私がここにいる。

「媛、朱鳥媛あすかひめ、どうかされたか」

麻人皇子おびとのみこ様、いいえなにも」

「そうか、それならいい」

「はい」

我孫王あびおうの舞いはいつ見ても素晴らしい」

「…はい」


「見事であった、なあ朱鳥媛」

「本当に…」

「我孫王、そなたも婚儀が決まったと聞いた」

「えっ…」

「…はい」

「朱鳥媛は知らなかったのだな、近しい間柄だから知っているとばかり、とにかくめでたい」

「…おめでとうございます」

「…ありがとうございます」

「これからも余を助けてくれ」

「はい、仰せのままに」

 二人の道はきれいに分かれてしまった…そう告げられたような1日は、私には地獄でしかなかった。


 夢だと思うには長くはっきりとした記憶は、眠っている間に刻まれた。いつもは起きている時にしか見ない断片的なもの、夢では名前まで…それが逆に怖かった。朱鳥媛の苦しい胸の内は、私の心を覆って、悲しみで溢れていた。



 

 

 

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