第105話

「勇者と魔王が……か……。」




 私の提案に、ルシファーは、今初めて気がついたかのような反応をする。


 彼女からしたら、私の能力は常に100倍になっていた状態で会っていたはずだし、あまり意識はしていなかったかもしれない。


 だけど、私はルシファーと一緒に戦いたい。


 この気持ちが、私の何かが100倍になった影響によるものなのか、単純に魔王と勇者だからなのか、本当に恋なのかもわからないけれど……。




「神が我を滅すために作り出した力で、神を滅すか……。」




 そして、彼女は、私が2番目に好きな表情になる。




「面白い!いいだろう!共に行こう、『勇者』!」




 その時だった。


 私が持つ、ダロス製の剣が光り輝くと、私の体を覆うように形を変える。


 光が収まった後にそこにあったのは、翼が無い事以外ルシファーが着用している物と同じような鎧だった。


 どういう仕組みなのかはわからないけれど、ちゃんと変形したはずの剣は腰に差されている。


 この剣、特殊な機能なんてついてないって言ってたくせに……。




 あぁ……。


 そういうことか……。


 ダロスは、過保護だなぁ……。




「貴様!それは一体どうしたのだ!?」


「ルシファーが共闘することを承知してくれないと作動しない魔道具になってたみたい。ダロスってさ、ちょっとルシファーの事を大事にし過ぎじゃない?」


「……知るか。」




 そう言って、すぐにそっぽを向いてしまう彼女が一瞬だけ見せた顔は、私の一番好きな表情だった。


 普段は、どんなにゴロゴロしてたり、悪態をついていたとしても、芸術品みたいに奇麗な顔だなって思ってしまうのに、ダロスの話題の時だったり、ダロスと話している時だけは、ただの女の子みたいな表情になる。




 でもその顔が、人間らしさを感じてしまうその表情が、一番奇麗。




「はぁ……。妬いちゃうなぁ……。」


「ん?何の話だ?」


「ううん、なんでもない。それよりさ……。」


「……ああ。そろそろ我慢も限界といった所だな?」




 私たちのやり取りを、ゼウスと名乗った神は、大人しくじっとしながら睨みつけていた。


 どうやら、ダロスが煽ったのがかなり効いているらしい。


 あの神様、ネットの掲示板にでも書き込んだら即行で泣かされそう……。




「準備は終わったか?策でもなんでも、弄したいだけ弄すがいい!その全てを正面から叩き潰してやる!神が直接この世界に干渉するのは、創世神が許さない。しかし、神気を持っていようがなんだろうが、この世界に受肉した存在であるならば、創世神はある程度の行為までは受け入れるらしい。それを魔王、お前が教えてくれた。だからこうして、楽しい楽しい世界初の世界の崩壊を起こしにやってきてやったんだよ!さっさと必死の抵抗をしてくれ!そしてそのまま惨たらしく死んでくれ!」




 うん、クズ。


 私は、この世界に召喚された事が気にくわなくて戦おうとしてた。


 けれど、この様子から察するに、神様の世界ではもっとやらかしてきたんだろう。


 ルシファーがキレる程に。




 だったらさ、勇者が戦う相手としてピッタリじゃない?




「ルシファー、神様ってどうやったら死ぬの?」


「アレは、ダロスの仕掛けによって神としての存在が保てていない。そして魂だけ逃げ出すという事もできないようにされているようだ。なら、話は簡単だろう?」


「なるほど?じゃあ、やりますか!」




「「アイツの首を叩き切る!」」




 物騒な掛け声を切っ掛けに、私たちは風になる。




(この鎧、本当にすごい!なにこれ!?初めて着る鎧なのに体の違和感が無くて、パワーも格段に上がってるはずなのに自然に動けてる!)




 踏み込んだ足が大地を砕く。


 だけど、ただの土にしては少ない被害。


 多分だけれど、足を着地させた箇所の地面を強化しているんだろう。


 どんなに無茶な方向転換をしても、まったくバランスが崩れることも無く動き回れる。




 一方ルシファーは、地面スレスレを飛行しているらしい。


 白い翼が光を放っているらしく、一筋の閃光に見える。




 別に示し合わせたわけではないけれど、2人全く同じタイミングで同じ目標へ剣を振る。


 ただの人間なら、この攻撃を防ぐことなんて不可能とも思える斬撃。


 それをゼウスは、いつの間にか手にしていた2振りの剣で受け止める。




 一目見ただけでわかるような、人外の力によって生み出されたと思われるそれを手に、ドヤ顔で私たちの剣を押しとどめるゼウス。


 しかし、直後その顔が驚愕に染まる。


 少し、ほんの数ミリだけど、私たちの剣がゼウスの持つ剣に傷をつけていた。




「……おい、何だその剣は?これは、嘗て神器を作るに至った鍛冶師が、神の銀たるミスリルを使って作った聖剣に、極大の魔力を流し込んで強化している物だぞ?なぜ傷をつけられる?どんな金属で作られているんだ!?」


「いや、私も知らないけど、アンタの驚いた顔が見れるなら何ニウムでもいいかな!」


「驚いている所悪いが、どれも粘土製だぞ?」


「嘘をつくな!」




 ゼウスの剣に押し返され、吹っ飛ばされる私たち。


 神様でも自慢したくなるような剣に傷をつけられるといっても、それはたったの数ミリ。


 だけれど、神様でも驚くような切れ味を誇るこの剣なら、きっと神様だって斬れる。


 斬れるなら、倒せる。




「勇者セリカ!あの傷の辺りからなら叩き折れるぞ!」


「……あ、別に剣を斬る必要ないもんね!?」




 金属の剣に傷がついてる時点で、強度はかなり下がっている筈だ。


 だったら小手先の技術なんていらない。


 力の限り、何度でも何度でも突っ込んで、斬撃を叩きこむだけ。


 相手の体を斬れるならそれで良し。


 受け止められるなら剣が折れるまで繰り返す。


 2人で攻めれば、回避の余裕はかなり削れるだろうし、このまま攻勢を続けよう。




 何て当然のことを瞬時に考えられない位に、今の私はハイになっていたらしい。


 あぶないあぶない。


 でも、それを止めてくれたのがルシファーだというのが、それはそれでとてもうれしいのが困り者。




「ぶった切れるまでぶっ叩く!」


「そうだ!ダロスの剣を信じろ!雑に扱っても大体打ち勝てる!」




 ダロスはダロスでルシファーに対して過保護だけど、ルシファーもダロスの事ちょっと信用し過ぎじゃない!?


 ちょっとモヤっとしちゃう!


 嫉妬かなぁ!?嫉妬なのかなぁ!?




「ゴチャゴチャと煩い奴らだ!神に勝てるなどという考えを持つ己の傲慢を後悔しながら……死ね!」




 そう言ったゼウスの周りに、炎のドームが膨れ上がる。


 詠唱も何も無しに巻き起こったそれは、振れれば一瞬で魂まで焼き尽くされる事が直感的に分かった。


 それでも、2人なら、この装備なら勝てると思える。




「どっちが傲慢よ!?罠に嵌められて弱体化してるクセに!」


「言葉の勉強をし直してから来い!」


「「消えろ!!」」




 私とルシファーは、炎のドームに向かって剣を振る。


 何故そうしたのかは、自分でもよくわからない。


 でも、そうすることが当然なような気がした。


 斬撃を受けた炎のドームは、一瞬にして搔き消えてしまう。


 この剣は、魔術を斬れば消せるらしい。




「……なんだ……?なんだ貴様らは!?」


「アンタが作り出した理不尽の権化よ!」


「我も身をもって体験したことがあるわ!」




 魔術による反撃は無理だと悟ったのか、単純な剣術による応戦に切り替えたゼウス。


 それに対して、縦横無尽に斬りかかり、とにかく攻め立てる私たち2人。


 優勢なのは私たちだと思う。


 でも、流石は神と言った所か、神としての力を使えない状態でも、私たち2人が決定打を打てていない。




 叩き折れるかと思ったゼウスの剣は、ゼウス自身が慢心を辞めたのか、攻撃を受け流すような動きに変更されたために未だ健在。


 動きも回避重視になっているため、こちらのパワー重視の攻撃じゃ中々命中させることも難しい。


 だけど、勇者のジョブによって剣の技術が上がっているとはいえ、このゼウス相手に技術を重視してもどこまで効果があるかわからない。


 決め手がない……そんな焦りを感じ始めた私。




 その焦りが、致命的な隙になる。




「はぁぁぁあああ!!!」




 勝負を急いだ私の、渾身の斬撃を久しぶりに剣でしっかりと受けたゼウス。


 その衝撃で、ゼウスの2振りの剣のうち片方が砕け散った。


 しかし、砕けたことで私の剣はそのまま振り抜くことになり、体だけは回避していたゼウスが、すぐさま刃が砕けた剣を手放し、私の心臓へ手刀を叩きこんでくる。


 その手には、触れる前から肌がチリチリするほどの魔力が感じとられた。




「セリカ!?」


「死ねぇええ!!!!」




 相手の攻撃が自分に突き刺さるのが、スローモーションのように見えている。


 見えているけれど、体の動きが追いつかない。


 動体視力は勇者の力で間違いなく上がっているけれど、それを単純なフィジカルで上回られる。


 ダロスの作ったこの鎧は、果たして神が本気で魔力を用いて一点突破してくるこの攻撃に耐えられるんだろうか?


 正直、ちょっと厳しそう。




 あ、これ、死ん












「仲間外れって、酷いですよねぇ?」




 瞬間、ゼウスの胸から刃が生えた。






「ごぼっ……あっ……貴様……聖女……!?」


「2人にだけ夢中になり過ぎですよ?」




 いつの間にか、大量の血を吐き出すゼウスの後ろにマルタがいた。


 というか、あれ……?


 マルタってあんな動きできるの……?


 普通に剣使ってるけど……。


 しかもあれ、この前引き抜いてた聖剣じゃん……?




「セリカ!魔王!斬りなさい!」




 その声で、ほんの一瞬だけ、驚愕に支配されかけた意識を引き戻すと、最短距離で剣を叩きこみに行く。




「させ……るかぁあああああああ!」




 ゼウスが残る1本の剣で攻撃を受け止めるべく、体の前で構える。


 だけど、もうこれなら動くことはできないだろう。


 だったら、ただひたすら、全力で、最速で振り抜くだけ。




「「やああぁあああ!!!」」




 ルシファーも同じことを考えたらしい。


 私たちの剣は、ゼウスが構えた剣を真正面から打ち据え、切り裂いて、そのまま突き進む。




 ゼウスの頭が宙を舞った。




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