第46話

 動けるようになってすぐに俺は行動を開始した。


 5日間も寝ていると、流石に立ち上がるのが億劫な感覚が強かったけれど、それでも動かないといけない。


 何故なら、ドラゴンを名乗るオッサンの襲撃さえなければ、もうサロメ達の所に帰っていただろうタイミングだったからだ。


 仮にまだこの街に滞在することにしていたとしても、1回はタルタロスに乗って戻っていたはずだ。


 それをすっぽかしてこんな所で眠りこけていたんだから焦りもする。




 いや、正直言うと、嫁たちのお腹が大きくなっていくのを確認できないというのが辛いだけなんだけども。


 単身赴任で家族を残し外国に長期間出張なんて話も前世ではよく見たけど、俺だったら絶対無理なんじゃないかなぁ。




 という事で、帰還準備をする。


 この街に滞在していた一番の理由であるニルファの護衛に関しては、ニルファ自身がもう巣立ちのタイミングであると思えたようで、特に問題もなく完了したとメーティスの使徒たちも判断してくれたらしい。




「あの変なドラゴンを倒したら、なんだかスッキリと巣立ち感がでてきましたわ!」




 とは、ニルファの談。


 もっとも、メーティスの連中は、ニルファ自身はこれからいくらでも経過観察できると考えているようで、今はある程度優先順位が下がっているようにも見える。


 というのも、今日もメーティスの住民の半分程度が、俺たちがドラゴンと戦闘した地域に駆り出しているからだ。




「ドラゴンの体液が腐敗してしまうかもしれない!急げ!」


「いや!上位のドラゴンは腐敗しないという説もある!今は現場の封鎖が優先だ!」


「それより見てくれ!この辺りオリハルコンだらけだぞ!探査装置の故障じゃないのか!?」


「俺たちのタルタロスがあああああああああ!?」




 なんて、阿鼻叫喚の状態で入り乱れているらしい。




 ドラゴンの体組織に関しては、俺たちはノータッチで行くことにした。


 もしかしたら鱗なんかは無傷の物が見つかるかもしれないけれど、正直大して興味もない。


 頑丈な防具が作れるらしいが、多分俺の方が頑丈な素材用意できる。


 銃弾やミサイルとしてばら撒いてしまったオリハルコンも、別に俺たちが普段売りさばいているわけでもないし、オリハルコンで儲けている人間には悪いが放置だ。


 価格崩壊がおきるかもしれないけど、世の中そういうリスクは常にあると思って諦めてもらうしかない。




 そして、タルタロスの1号機から5号機に関してだけど、大してダメージの無かった1~3番機はともかく、自立すらできないほどの損傷を負った4号機と5号機を修理しようとしたら、




「これを修理するなんてもったいない!」


「このままオブジェにしたいです!」


「むしろ、ピッカピカよりこっちの方がかっこよくないですか?」


「俺……家に戻ったら絶対この状態を再現した人形作る!」




 と、俺の教えた連中を中心に保存を叫ばれ、結局そのままにすることになった。


 今後、ドラゴン相手にタルタロスが実際に戦った聖地のシンボルとして管理されるそうだ。


 というわけで、街の方には、もとからある1~3号機と、新しく作った4号機と5号機を設置して観光名所にしておくことにした。


 全く同じものを作ったつもりなんだけど、住民たちが勝手に4号機リファイン、5号機リメイクなんて呼び出していた。


 教育が行き届いてきたとみるべきか、独自進化を始めたと考えるべきか悩むところだ。




 最後に、姫様の今後について。


 今まで姫様は、王国の権力争いから離れるために学園都市に滞在していたけれど、今回俺と結婚して王位継承権を返上しようとしているため、王都に帰還することになった。


 既に、いつでも受けられる卒業試験もクリアしたとのことだ。


 まあ、またいつでも入学できるため、戻ることも可能なんだそうだけど。




「これで妾の学生服姿も見納めかと思うと、おぬしにとっては少し残念かもしれぬのう?」




 なんて言っていたけれど、甘い。果糖くらい甘いぞ。




「世の中には、コスプレというものがある。単に自分じゃない何かになりきるためにやるものもいたけど、夫婦のマンネリ解消としても使われていた。」


「……つまり、ベットの上で学生服を着ろというんじゃな?」


「実際、ナナセはこっちに来てからよく着ていた。」


「だから、そういうの他の人に言わないほうがいいっスよ?」




 なんて言われ、尻をすごい抓られた。


 言うたびにナナセが可愛い反応をするのが悪いと思う。






「じゃあ、皆忘れ物ないか?」


「ありませんわ!」


「即答する前に確認するっスよ?忘れてるから忘れ物なんスから……。」




 駅のホームで、王都へ向かうメンバーに向かって確認を促す。


 俺だけであればAPL2でその日のうちに王都入りできるけれど、流石にタルタロスを全機メーティスに放棄していて、尚且つ姫様の護衛に着いていた親衛隊だかなんだかも一緒となると列車しかなかった。


 てか、この鎧姿の奴らマジで途中から空気だったな。


 元々は、上位の貴族専用の寮に滞在していた姫様を守ってたはずだけど、俺の貸し家に姫様が滞在するようになってからは姿も見えなかった。


 ファフナーがやってきたときも、この鎧どもはなんの動きも見せていなかったから、本当に仕事していなかったんだろう。


 流石は、以前ダロスのダディたちに城から姫様を誘拐された面々だ。


 正直に言うと、タルタロスよりこいつらを放棄していきたい気分だけれど、一応は王宮の職員であるこいつらをほっとくわけにもいかず、かといって姫様をこいつらに任せる気にもなれず、一緒の列車で帰ることになったわけだ。


 多分こいつらには、姫様を何が何でも守り抜こうという意識は無い。


 それどころか、自分に責が及ばないなら、死ぬなら死ぬで構わないとすら思ってそうだ。


 権力争いで王子たちに着きたいって思惑もあるだろうけど、ぽっと出で姫様に気に入られてる俺に対する当てつけもあるんだろう。


 そんな感情で仕事をおろそかにする奴に、俺を好きだと言ってくれた女を任せるなんて選択肢は無いな。




 そういうわけで、列車の周りにAPLを3機護衛に着かせている。


 万が一暗殺を企て列車を襲撃しようとしたり、列車の中でトラブルを起こそうとしたら、お前ら諸共倒すぞという意志表示も兼ねている。


 1号機にはニルファとヒルデが乗り、2号機にはエイル、新造した3号機にはスルーズが乗っている。


 技術的には、まだまだ発展途上である魔獣列車の客室より、恐らくAPLの中の方が乗り心地はいいはずだ。


 1号機のように慣性制御を行える程の処理能力は望めないけれど、それ以外の操作ならエイルとスルーズだけでも可能だし、王都までは問題なく迎えるだろう。


 単純な性能はタルタロスシリーズを凌駕しているため、仮に軍隊が向かってきても勝てるはず。


 何なら、ニルファが本気を出せば、1号機だけで国も落とせるんじゃないだろうか。


 もっとも、列車の中は中で、ナナセと俺と3号が姫様をつきっきりで守っているから、そうそう何もできないんだけれど。




 いや、人形化もせず生身の俺は大して戦力にならないけどさ……。


 3号操作してるのは俺だし、俺も守ってる側にカウントする見栄は許してほしい。




 列車に乗り込もうとしていると、プロメが急いで走ってきた。




「もうお帰りになるんですね?」


「そりゃ早く嫁の所帰りたいしさ。」


「私たちももう少しお見送りできればよかったんですけど、ちょっとそれどころじゃ無くて……。」


「希少なドラゴンがばら撒かれてたら、そりゃメーティスの奴らならそっち行くでしょうよ。」


「あはは……。」




 プロメだって、恐らく俺たちが今日帰るという話を聞いていなければ、今日も元気にあの荒野へ向かっていたはずだ。


 そういう研究熱心な奴らじゃないと、メーティスの使徒にはなれないらしいし。




「ありがとうございました。ドラゴンの卵を守ってくれたこともそうですけど、貴方の授業でもたらされた知識は、大変興味深い物でした。」


「設定考えるの楽しそうだったもんな。エグイのばっかりだったけど。」


「だって、成長を前提とした心の傷を読者に与える作品の方が書いてて気持ちが良いじゃないですか!」




 わからない。


 俺は、最初から最後までハッピーな奴でもいいから。




「今度メーティス様通して呼ぶときは、期間短めの依頼で頼むぞ。俺は、我が家と家族が大好きなんだ。」


「わかりました!その時は、ご家族全員が滞在できる邸宅を用意してお待ちしていますね!」




 長期間拘束する気満々らしい。






 プロメに見送られ列車は出発する。


 一応国家元首の娘を送り出すんだから、関係各所のお偉いさんが集まるべきだと思うんだが、学園都市の奴らは偉くなればなるほど研究一筋だから、そんな儀礼を望むべくもない。




 客車の揺れに身を任せ、3人掛けの座席に腰かけながら、ナナセや姫様と他愛ない話で時間を潰す。


 寝台列車なんだから、ベットにもなる広いやつだし、ちゃんと人数分の数も用意してある。


 姫様なんて、王族用の特別車両まで用意されてるのに、「それを囮に本物の妾は別の車両にいる作戦じゃな。」なんて言って、わざわざこっちにいるわけだ。


 俺が守るつもりだったため、こっちとしても好都合だけども、これでまた親衛隊から目の敵にされるな。


 でもいいじゃん!どれだけ広くても、女の子とギュウギュウに座りたいじゃん!




 きっと王都に戻ったら、またしばらく忙しくなってしまうだろうから、今はとにかくゆっくりしておこう。


 国王に、娘さんを俺に下さい!って言いに行かないといけないからなぁ。


 サロメは、もう両親がいなかったし、イレーヌの場合は、婚約を申し込みに行った時には父親の気が触れてて、結局義兄相手だった。


 そう考えると、彼女の父親に結婚の申し込みをしに行くというシチュエーションは初めてになる。




 お前に娘はやらん!


 と、自分の娘の彼氏に言ってみたいという願望はあるけれど、いざ自分が言われるかもしれないと思うと、そこそこ緊張するものだ。




「まあ大丈夫じゃろ。ダロスの功績は、今やダントツじゃからのう。逆に、これだけ功績を上げたものに何を与えれば良いかと、宰相たちも悩んどる頃じゃろうし。」


「姫様をトロフィーとして下さいって事か。」


「まあそうじゃな。上の連中からすると今一番困るのが、おぬしが他国に出奔することじゃろう。それくらいなら、望むものを与えて懐柔しておく方がいいと考えているじゃろうな。それに王子2人の権力争いだけでも面倒な所に、妾が第3勢力として参入するのも嫌じゃろ。」


「へー。その人らからしたら、姫様って俺にとって金や地位や爵位より重要な物だと思われてるんだ?」


「今はまだそこまでの認識は無いかもしれぬのう。じゃから、おぬしが妾にゾッコンであると、ちゃんとアピールせんといかんぞ?」


「ゾッコンって……。王様の前でキスでもしようか?」


「……腕を組む程度で十分じゃとおもうぞ?」




 日和りやがって。


 もう6日間も同じベットで寝てるんだぞ?


 本当に寝てるだけなんだけども。




「主様、なんか忘れてないっスか?」


「忘れてる事?なんかあったっけ?」


「すごい重要な事があるっス。」




 深刻な顔でナナセが言う。


 それはもう深刻な顔で。




「イレーヌとサロメにどう説明するか考えたっスか?」


「ここから王都まで数日かかる。未来の俺が何とかしてくれるさ。」




 今の所、神人形師のスキルにも時間を操作するものは存在していない。


 未来の俺が文句を言いに来る事が無いのは、これまでで十分確認ができている。


 俺が、過去の俺に文句を言いに行けないという事でもあるが。




「それとっスけど、ジブンにはこっちの方が大切っス。」


「まだ何かあったか?」




 今度は、ちょっともじもじしながらナナセが言う。


 そういえば、学生服姿じゃないナナセを外で見るのも久しぶりで、これはこれでクるものがある。




「……帰ったら、ジブンとも赤ちゃん作ってくれるんスよね?」


「騎士団作れるくらい作ろう。」


「おぬし、また考えが股間で行われとるぞ?」




 外では、楽しそうにAPL1が逆さまに浮かびながら飛行型の魔物を屠っているのが見える。


 あちらも旅を満喫してくれているようだ。






 さらばメーティス。


 様々な出会いと別れ、それに余計な名声をありがとう。


 この地での出来事は、俺の中に確かに残るだろう。


 ただ、しばらくは来たくないな。

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