第27話
「午前中はお楽しみでしたね?」
「……そうだね。」
このまま今日は休んでしまいたい誘惑を振り切って居間に出てくると、イレーヌちゃんが拗ねていた。
サロメと並んで座っているのをばっちり見られていたみたいだ。
「私にも同じかそれ以上のボディタッチを要求します。」
「わかりました。昼食を作るので、あーんするというのはどうでしょう?」
「いいでしょう。それで手を打ちます。」
お昼ご飯、楽しかったです。
推定ミスリル包丁の切れ味もよかったです。
でも前世の3万円する包丁の方が良い切れ味だったのは何故だろう?
昼食後、一応イレーヌに、午前中に判明した公爵邸の不可解な状態の事を教えておくことにした。
「ピュグマリオン家の方々があの屋敷内にいない……?それは確かなのですか?」
「隠し部屋とかあったらわからないけど、少なくとも本人たちの部屋には誰もいなかった。使用人も数人だけ。なんだかキナ臭いから、できるだけ関わらないようにしたいなーと思ってる。」
「……どうなんでしょう?放置してたら、後戻りできない時点で巻き込まれたりしそうな気も。」
「あ、やっぱり?俺も多分俺が選択した方を行くととんでもないことになる気がしてる。」
2択は外すものだと思ってる。
「少なくとも、私の家の方には、公爵家の方々が王都を出たという知らせも、逆に入ったという話も来ていませんでしたね。」
「それが不思議なんだよなぁ。俺もこの世界に来てまだ数日しか経ってないけどさ、その間一回もそんなに大々的にあそこの家を人が出入りしてるのなんてみてないんだよ。しいて言えばあのアホ王子が来た時に、入り口前に馬車が止まってたのを見たくらい?その後いつの間にか馬車も無くなってたのに、王子についてはなんの騒ぎにもなってないだろ?」
「言われてみれば、ダロス様の首がサロメさんに斬り飛ばされたというインパクトが強すぎて、王子の事なんて忘れてました。」
「……その節はご迷惑をおかけしました……。」
そうなんだよ。
一国の王子が行方不明なんだよ?
何のアクションも無いっておかしいと思う。
そりゃヤンデレモードのサロメの方がよっぽど印象に残るよ。
ゾクゾクするもん。
できれば、この後もずっと知らない振りしたかったけど、流石に数日たっても何のアクションも起きないのはなぁ。
家の中でGを見つけて、そのまま逃げられて数日たったような気分でいる。
「イレーヌには、何か情報があったら教えてほしい。ただ積極的に調べる必要はないから。下手に調べて、そこから俺たちが関わってる事がばれても嫌だし。」
「わかりました。ただ、もし大事件に巻き込まれて、国から逃げる必要ができた場合には、私を攫って逃げてくださいね?」
「国中の男たちに恨まれるな……。」
本当に怖い。
現時点でもなんであんなさえないジョブのガキに……!なんて思われてるんだろ?
「逆にさ、前にも言ったけどさっさと婚約解消したくなったらすぐ言ってくれよ?こっちの親族全員に3号パンチかましてでも認めさせるから。」
「わかりました。そんな時は絶対に訪れないので安心してください。」
相変わらず何でこの娘こんなに覚悟きまってるんだろうなぁ……。
ダロス君は、キミが他の男に肩を抱かれてるの見ただけで脳みそ破壊されちゃったのに……。
仮にNTRされたら、NTRし返すくらいの漢気を感じるよ。
午後は、推定ミスリルの実験をしてみる。
ミスリルだと思われる包丁と同じ材質で作った斧と、俺がミスリルをイメージして作った斧を両手に持ち、黒光りする3号で森の中に突撃する。
因みに本体である所の俺は、自室のベットの上でまた座っています。
肩に頭を預けているのがサロメで、太ももに頭を乗せて横になっているのがイレーヌだと思われます。
これで何時間もとかつまんなくない?大丈夫?俺にしかメリット無くない?
3号の背中には、3号サイズにした某宅配サービスのリュックサックが背負われている。
中には、公爵家の冷凍庫からかっぱらってきた氷を保冷剤代わりに入れた上で、ホイップクリームサンドを入れてある。
今日の昼は、ナナセもディとフレイも帰ってこなかったので、森の中で見つけたら昼食を渡せるようにしようという考えだ。
使用人も殆どいないから、キッチンから盗み放題だった。
でかい食料庫や冷凍冷蔵庫の中には、食糧がたんまりあるのを確認。
足りなければ、そのくらい公爵家なんだからあっちで買い足すだろう。
ガラテアにはデカいハムを渡しておいたが、現在そのハムの匂いが背後からしているため、恐らく俺のベッドで食っているのだろう。
ベッドの上だけ人口密集しすぎじゃない?
皆さびしんぼか?
斧で斬り倒す丁度いい目標を探しながら森をさまよっていると、この前5号を作った場所とも、ディとフレイが作った広場とも違う開けた場所に出た。
範囲は1km程だろうか?
ただ、地面が全体的に焼け焦げていて、焦げ臭そうに見える。
3号には、臭いを感じ取れるような機関はつけていなかったため、あくまで見た感じのイメージでしかないけれど、なかなか凄惨な状況らしい。
ナパームでも使われたか?とすら思う。
少しの間見て回ったけれど、焦げているという情報以外何も得られなかった。
よく考えたら俺は情報機関の人間じゃない。
さっきはスパイミッションを楽しんじゃってたけど、アレはテンボがちっちゃかったからできただけだ。
知識と技術があるわけではない。
俺はスパイにはなれない……!
それは置いといて、何もかもが焼き払われているために何もわからないとしか言えない。
証拠隠滅のお手本みたいな感じだ。原始的すぎるけども。
ここから情報を得られるのはCSIくらいじゃないか?
この世界には、こんなことができるヤバイ奴がいるという事をこの時初めて知った俺は、改めて油断の無いように警戒を強めるのだった。
結局その日は、途中で前見つけた魔猪よりもちっちゃい魔猪を2頭見つけただけで終わった。
どちらも斧の一振りで倒してしまったので、性能比較ができそうにない。
木に打ち込んでみても、やっぱりスパッと切り払えてしまうので、比較が上手くできないでいる。
これ斧もそうだけど、3号・改『黒曜石オブシディアン』(通称さんくろう)が強すぎるのもあるのかもしれない。
ぶっちゃけマチョ位なら何も改造してない3号で十分だったし。
カビたり削れたりしちゃうだけで。
あれ?でもマチョってあんまりこの森にいないんじゃなかったか?
何か環境変動でも起きてるのかね?
町中にヒグマが出るようになった北海道の町みたいなことにならないよう祈るばかりだ。
ツキノワグマもそれはそれで怖いけど。
魔猪の解体は2本の斧でアッという間に終わった。
切れ味が良すぎてやはり比較ができない。
そこらのナイフよりよっぽどこの斧の方が切れる。
結局森の中で家の娘達に昼食を渡すことはできなかったけど、先にディとフレイが自宅に帰って来てたため、折角だからとリュックサックから出して渡そうとしたら、
「ダメです!晩ご飯が食べられなくなりますよ!」
「えー!?イレーヌお母様のケチー!」
「私はちゃんと晩ご飯も食べられます!」
「あまり我儘を言うとお父様に叱ってもらいますからね?」
「やーだー!たーべーたーいー!」
「私たちは成長期なんですー!」
なんて寸劇が繰り広げられた。
最終的に、1個を半分こして与え、残りは丁度帰って来たナナセが食べる事に。
とても美味しそうに食べてくれて余は満足である。
食べ終わった後、こっちを見ながら舌なめずりしてきたのをみてゾクリとしたが。
夕食後、イレーヌを家まで送り届け、こちらはこちらで小屋へ戻る。
途中、公爵邸の前を通るも、屋敷内に明かりの類は全く見えない。
見回りすらいないのか?
これは流石に不味いだろ……。
なんて思いながら2号で走っていたら、森の方に明かりが見えた。
よく見てみると、松明を持った全身鎧の男がこちらへ走ってくる。
なんだなんだ?と思ってみていたが、向こうは暗闇に立っているこっちには気がつかなかったようで、そのまま、裏口から屋敷の中に駆け込んでいった。
「…………いやいやいや、松明持ったおっさんが家の中に何の障害もなく入っていくってダメだろ!」
すぐに屋敷の中に向かおうかとも思ったけど、今の俺はほぼ生身。
2号のキックがどこまで通用するかわからないけれど、機体サイズ的に天井に俺自身がぶつかって終わりだろう。
しかたなく小屋まで戻る。
サロメとディとフレイはもう風呂を入り終わっていたようで、寝る準備をしていた。
今は、ガラテアが風呂に入っているらしい。
ナナセが丁度居間のテーブルで自分の耳についたイヤリングを弄っていたから、助力を頼むことにする。
「森から松明を持った騎士風の男が出てきて公爵邸の中に駆け込んでいった。放火でもされたらまずいし様子を見てくる。サロメはここにいてくれ。ディたちはこの小屋とサロメを全力で守れ。ガラテアー!結界は切らさないように頼むなー!」
小屋に残す組に指示を出す。風呂の中から「ひゃいー!」なんて返事が聞こえてちょっと面白かった。
サロメは、俺に残るように言われたのが不満だったようだけれど、何があるかわからない所に装備も不十分な女の子を連れて行きたくない。
というかまず俺が行きたくないんだけども。
「ナナセ、3号連れて中に突入するから一緒に来てくれ!ぶっちゃけお前だけが頼りだ!俺の戦闘力は生まれたてのシカ位だと思ってくれ!」
「…へ!?あ……わかったっス!絶対主様を守るっス!」
なんてことを決意のこもった表情で言ってくれる。
気分も高揚してるのか少し顔が赤い。
この突然の状況でも頼もしいやつだ。
人形操作で3号を先行させながら小屋を出る。
後ろからナナセがついてきてくれるのを感じて、とても安心する。
正直、滅茶苦茶怖い。
あんな館、焼け落ちたところでどうでもいい気がしないでもないが、住み込みの使用人たちが犠牲になるかもしれないし、何よりこちらの小屋にまで被害が及ぶかもしれないと考えると、対応すべきだろう。
この状況で中に入って、ダロス君の家族が文句を言ってこようモノなら、3号パンチでぶっ飛ばす。
館の裏口から中に入ると、松明の臭いが残っている。
少なくともまだ放火はされていないようだ。
ただ、どこに行ったのかわからない。
「主様、臭いでなんとなくわかるのでジブンが先導するっス。気を付けてついてきてくださいね。」
「わかった。頼む。」
ほんのりと瞳が赤く光るナナセが頼もしすぎる。惚れそう。抱かれたくなりそう。何で光ってるんだ?
暗闇に鈍く光る3号も頼もしすぎる。お前には正直ちょっと惚れてる。
星明かりを頼りにナナセの後ろをついていくと、廊下の突き当りの部屋にたどり着いた。
よっぽど慌てていたのか、扉は開け放たれたままになっていた。
ダロス君の記憶には、この部屋について特別な情報は無い。
印象に残らない部屋だったんだろう。
中の様子を伺うと、とりあえず近くに気配は無さそうなので覗き込む。
すると、床板がせり上がり、地下へと続く階段が口を開けていた。
魔道具の効果なのか、うっすらと明かりがついていて、なんとか足元を見る事ができるようになっているようだ。
なんだこれ!?怪しすぎんか!?
「なぁ、これ行かなきゃダメかなぁ……?」
「ダメなんじゃないっスか?どうしても嫌ならここから中に向かって火炎放射するっスけど?」
「入るかぁ……。」
拳銃とナイフと謎のスプレーが欲しい。
階段を下りて行くと、大体ビルの3階くらい下ったあたりで折り返して更に下がっており、そのまままた3階くらい降りた辺りで、階段が終わっていた。
その先には部屋があるようで、中には数人はいそうだ。
てっきり松明男が単独でいるんだと思ってたけど、これ変な宗教の儀式とかじゃないよな?
「ナナセ、あの部屋の中の奴ら一瞬で無力化する方法ってある?」
「ジブンが突入して殴れば一瞬で終わるっス。」
「危なくない?大丈夫?俺ナナセが怪我したら多分泣くぞ?」
「……じゃあ、一生ケガしないようにするっス……。」
そう言うが早いか、一瞬で中に入ったナナセ。
ドドドドドっと鈍い音が連続で響いたかと思うと、すぐに静かになる。
「もう入って来て大丈夫っスよー!」
ナナセの声に促されて俺も中に入る。
するとそこには、殴られて気絶したと思われる人たちが数人いた。
気絶だよな?死んでないよな……?
あれ?てかこいつら、ダロスブレインに見覚えが……。
「こいつらダロスのクソ家族たちだぞ?」
「じゃあ息の根止めるっスか?」
「うっ血するくらい強く縛る程度にしておこう。『失敗』したらしょうがないが。」
「わかったっス!」
ダディたち、なんでこんな怪しいとこにいんだ?
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