第4話

 私の名前は、サロメ・ロアエク。




 元々は、貴族令嬢だったけれど、家が取り潰しになって今は平民だ。


 それでも、他の親族の多くは、斬首だの縛り首だのになったらしいしまだマシなほうだろうか。




 現在は、ピュグマリオン公爵家で雇われているメイドの一人だ。


 貴族の娘で、まともに仕事の仕方も知らない私を何故雇ったのかと思っていたら、どうも嫌がらせの一環らしい。




 ここの家の当主は、私の父に煮え湯を飲まされた事があるらしく、当人が死んだ今、仕返しができる相手が私くらいしかいないのだろう。


 最初は、性処理でもさせられるのかと思っていたけれど、どうも違うらしい。


 私が担当するのは、公爵家でも爪弾き者になっている4男のダロス様だそうだ。




 このダロス様、当主様曰く「ジョブが貴族にあるまじき醜さで、我が公爵家の恥」なんだとか。


 よく自分の子供にそんな事が言えるなとも思うけれど、貴族なんて基本はそんなものなのかもしれない。




 私の父は、女癖が最悪ではあったけれど、できた子供たちは全員愛していた。


 でも、普通の貴族にとって、親子の愛情よりも家の存続のほうが重要視される事柄だ。


 もちろん、心の中ではどうだか知らないけれど、少なくとも表向きはそうなっているらしい。




 だから、ダロス様が公爵家内で肩身が狭いのも当然なのかもしれない。


 そして、そのダロス様と一緒に、汚い小屋に住まわされてる私も似たような者だ。


 どうやら、憎き相手の娘が汚らわしい息子に犯される事で溜飲を下げたいみたいだ。




 まあ、私だって元々は貴族だし、本当に好きになれた相手と結婚できるなんて思っていなかった。


 だけど、流石にこうして、結婚もしていないのに同い年の男と住むことになって、純潔を散らされるのを望まれるとは思わなかった。


 流石に辛い。




 そう思っていたが、ダロス様はどうも私に興味が無いらしい。


 というより、人間という物全般に興味がないんだろうか。


 ……いや、むしろ恐怖しているからこそ関わらないようにしている節がある。




 それも当然といえば当然なのかもしれない。


 10歳でジョブが判明してから、いきなり周りの人間が敵になったんだから。


 食事すら、調理場の人間に頭を下げ、恵んでもらっている状態だ。


 自分で調理することすらできず、そんなダロス様に食料供給を頼っている私が言えたものではないけれど・


 いや本当に。




 私の役目は、ダロス様の身の回りの世話をすること。


 だけどもダロス様は、着替えから何まで全て一人で行う。


 私の仕事といえば、小屋の中や周辺の掃除くらいなものだ。


 それだって、ダロス様が寝室として使っている部屋の中はしなくていいと本人に言われている。




 本人に理由を聞いてみると、ジョブが判明してから、使用人や家族に物を壊されたり盗まれることが多かったとか。


 だから、何もかも一人で行うし、大事な物は肌身離さず持ち歩いてるらしい。


 お風呂を沸かすのに使う薪ですら自分で拾ってくる。




 普通、貴族の家で風呂を沸かすのは、魔石を用いた魔道具で行われる。


 魔石は、小さなものならいくらでも安く手に入るので、家庭用の魔道具は庶民でも持っている。


 だけれど、この小屋にその類の物はない。


 それだけでも、よっぽど公爵家はダロス様が嫌いなんだろうって事が分かる。




 まあ、私にとってはこの生活も悪くは無いのだけれど。


 生活環境は良くないけれど、給料だけはいいから。


 ダロス様には言っていないけど、ご飯だって食べようと思えば、一般的な物なら普通に食べられる。


 それでも、あまり人の目がある所には行きたくなくて、買い物にも行っていないのだけど。




 私の父は、私たちには優しかったけれど、人身売買に手を出していたらしい。


 この国では、犯罪奴隷以外の人身売買は禁止されている。


 犯罪者を収監しておくと経費がかさむので、働かせてしまおうって事らしいけれど、これが結構需要がある。


 無闇に殺すことは禁止されていても、多少無茶な働かせ方をする分には黙認される労働力だ。


 為政者にとっては、とても魅力的な存在だろうし。




 需要がありすぎて、供給が追い付かないからこそ、父は人身売買になんて手を出したのだろうし。


 まあ、父の目的はお金より、女だったみたいだけど。


 今思い返すと、やけに父担当のメイドが多かった気がする。


 しかも、皆やけに露出が多い服で、それでいて未亡人ばかりだった。




 ……父親の性癖に気が付いてしまうのもそれはそれで辛い。




 話を戻すと、犯罪者の娘、しかも元貴族となると、周りからの視線は痛い。


 一般市民に私の顔が知れ渡っているわけではないだろうけど、睨まれている気がしてしまう。


 これはきっと、私の心の問題だとわかってはいても、そう感じてしまうのだからしょうがない。




 そんな私にとって、この誰の目にも触れない小屋で、私に関わらないようにしている人との同居生活は、そこまで苦では無かった。


 だって、ダロス様全く目が合わないし。


 よっぽど自分に自信が無いんだろう。




 そんなダロス様でも、唯一楽しそうにしていることがある。


 それは、婚約者であるイレーヌ様と会う時だ。


 元々は、地味で話題にならない娘だったらしいけれど、成長するにつれてどんどん美人になってきて、今ではビジュアルだけで見ても社交界屈指の人気。


 しかも、ジョブが戦歌姫とかいう歌っている間味方が強化される破格の性能の物だってわかってからは、それはもう人気なんだとか。




 まだ、競争が激しくなかった頃に婚約を結べたことで、ハズレ扱いのダロス様が選べる中でも最高の良縁と言える程のものになっている。


 公爵家にとっては、このイレーヌ様との婚約こそが、ダロス様の存在価値と言ってもいいはずだ。




 そんな女の子に会いに行く時だけ、ダロス様は楽しそうな顔をしている訳だ。


 今日も午前中から彼女の家にニコニコ顔で向かって行った。


 持ってる中でも数少ないまともな服で精いっぱいのおめかしをして。


 この時だけは、私に身だしなみを整えるように頼ってくる。




 私だって、見よう見まねでしかないけれど、それでも男性よりはその手の事に詳しいわけで。


 これも仕事のうちだと思いながら、珍しくメイドらしい仕事をして主人を送り出す。


 その後私は休憩だ。


 豊かではないけれど、長閑でゆっくりな生活最高よ!


 なんて珍しくテンションを上げて、私は鼻歌を歌いながら、家族の遺品のブローチを磨き始めた。






 数時間後、外から大きな足跡が聞こえてきた。


 窓から見てみると、なんと大きな動く何かの上に、ダロス様が乗っている。


 アレは何なんだろう。


 少なくとも、私の知識にあんな乗り物は無い。


 強いて言うなら、ゴーレムか何かだろうか。




 動揺している間に、ダロス様が小屋に入ってきた。




「おかえりなさいませ。」


「うおお!?」




 とりあえず動揺を悟られないよう真顔で挨拶してみると、それだけでビックリされた。




「如何しました?」


「……いや、なんでもない。」




 なんでもなくないと思うけれど……。


 というか、この人は本当にダロス様なんだろうか。


 見た目は、どう考えても本人なのに、喋り方がかなり違和感がある。




 あ!これもしかして、男として成長したってやつかしら?


 イレーヌ様と、その、ああいうこと?をしたって事かしら?


 男は、そういう時いきなり成長するって父から聞いたもの。


 やりすぎると父みたいに斬首だけれど。




 とりあえず、イレーヌ様との事について聞いてみよう。


 もしイレーヌ様とダロス様が結婚したら、流石にこんな小屋に住み続ける事にはならないだろう。


 そうなれば、ダロス様付きの私もまともな家に住めるかもしれない。


 私の事情も把握しているだろうから、ダロス様は多分そこまで酷い扱いはしないだろうし、ハズレ扱いの子息についていくなら公爵も反対しないだろう。




 これは是非確認しておかないと。


 そう思って、イレーヌ様と何があったか聞いてみる私。


 別に卑猥な話が聞きたいわけではない。


 本当だから。




「イレーヌ様とはどうでした?」


「うん、婚約解消になるかも。」


「それは良かっ……はい?」




 今こいつなんて言った?


 この数時間で婚約解消?


 何それ?




「家まで行ったら庭で第3王子と仲良く散歩してた。んで、泣かして帰ってきた。」


「それは……そう……ですか……。」




 なんと第3王子と揉めて来たらしい。


 あの王子は、評判がかなり悪いので、美人だと聞いてイレーヌ様に手を出しに来たんだろう。


 イレーヌ様はどう思ってるのかな。


 ダロス様も月1くらいでしか会ってないはずだし、そこまで仲良くもないかもしれないけど。


 まあ、家の庭を散策している時点で、父親の了解は得ているんだろう。


 相手が王族か……これは終わったかなぁ。




「イレーヌとの婚約が無くなったら、ピュグマリオン家にとって俺を養う価値はなくなるかもしれない。そうなると、放逐されちゃうかもしれないなぁ。それならそれでもいいけど、そうなる前にジョブの習熟はしておきたいかな。だからちょっとうるさいかもだけど、許してな。」


「うるさいのは構いませんが、本当に放逐なんて事になるのでしょうか……?」


「可能性は、結構高いと思うな。イレーヌと小さいころから婚約してたから俺でもまだ利用価値があっただけで、それが無くなったらあの人たちにとっては邪魔でしかないだろうし。」




 なんだか重い話をサラッと言ってくるなこの人……。




「放逐ならまだいいけど、もし家の恥を雪ぐとか言って殺しに来たら俺は全力で逃げるから。サロメも一応身の振り方考えておきなよ。俺のついでにサロメも消しに来る可能性も無くはないしさ。俺がサロメは助けてやってくれって嘆願しても、多分聞いてもらえんし。」




 そんな事を言ってくるダレス様。


 いくら価値が低いと感じているからって、実の息子を殺すだろうかと思いたいけれど、この家での扱いを見る限り、無いとは言えないな……。




「……わかりました。では、その時はご一緒させていただきます。」




 私に他の選択肢はない。


 この家に残ったところで、次は私がサンドバッグになるだけだ。


 ダロス様には手を出されなかったけれど、今度こそ慰み者にされるかもしれない。


 さっさと逃げるに限る。




 それに、さっき見たダレス様のジョブで作られたらしい乗り物はすごかった。


 もしかしたら、ダレス様は将来すごい評価がされるかもしれない。




 どうせ、今はお互い周りは敵状態だ。


 2人で逃げたところで、そこまで生活に差も生まれないだろう。


 私が今まで貯めたお給金を使えば、恐らく1年はダロス様も養える。


 ダロス様、私よりお金持ってないし。というかお小遣いなんて貰ってる所みたことないし。




 ただ、ダロス様は、私が付いてくるのが意外だったようだ。


 色々言ってくるけれど、正直どの条件も私からしたら大したものじゃない。




「まあ、サロメがきてくれるなら俺は嬉しいけどさ。」




 なんて、最後には言ってくる。


 この人本当にダロス様なんだろうか。


 女の子にこんなこと言える人じゃなかったと思うんだけれど。




 そういえば、話を聞く限り、イレーヌ様とアレをしたわけでもないのであれば、どうしてここまで人が変わったようになっているのか。


 さっきから自分の事も『僕』じゃなくて『俺』って呼んでる。




 女を買ったということはありえない。


 だってお金持ってないしダレス様。




「……先ほどから気になっていたのですが、アナタは本当にダロス様ですか?」




 私の質問に、ダロス様はそこそこ驚いたようだけど、シラを切ろうとするからフェイクも交えてさらに聞く。




「ダロス様の一人称は僕ですし、歩き方も今日の朝までと今では変わっています。」




 前半は本当だけれど、後半は嘘だ。


 ダロス様の歩き方なんて知らない。


 でもそれらしく聞こえてればそれでいい。


 そう考えて答えてみたけれど、効果は覿面だったようで、観念したように説明をしてくれた。




 なんでも、元のダロス様は、イレーヌ様が浮気していると思って憤死し、魂まで消滅した。


 その体に代わりに入ったのが新しいダロス様で、やりたい放題して帰って来たと。


 さっき乗っていたのは、ダロス様のジョブによって生み出された人形で、馬車の替わりにこれにのって帰って来たってことらしい。




 うん、よくわからないけれど、まあいいか。


 とりあえず、新しいダロス様は、少なくとも以前までのダロス様とは別人だという事だ。


 実際にそうなのか、本人がそう思いたいだけなのかは知らない。


 でも、正直新しいダロス様の方が私は好感が持てる。


 少なくとも、彼は私のおっぱいを見た。


 私に魅力を感じてくれているし、能力を活かす力も前のダロス様よりは上なように感じる。




 前のダロス様の身に起きたことは、私からしても可哀想には思うけれど、消えたというなら私もこれからの事について考えないといけない。


 そうなると、私はやっぱりこの人についていくしかない。




 どうも、善意で私がダロス様についてくと言っていると思っているらしい。


 遠慮しようとしてたけれど、私は正直に自分の気持ちを説明した。


 この人は、本当に私が一人で一般人に紛れて生きていけると思っているのだろうか。


 無理に決まってるでしょ。


 ここ数年思いっきり引きこもりだよ私。




「いいけどさ、俺だって男なわけだ。サロメみたいに美人でスタイルもいい女の子が隣にいたら、いつ理性を失って欲望の限りを尽くすかわからんよ?」




 なんて言ってくるダロス様。


 私は、この人にとって美人で性的なみりょくがやはりあるのか。


 何故だろう、とても気分が良い。




 大体、ダロス様の担当メイドになった時点で犯されるのなんて覚悟している。


 嫌だったけど。


 でも、ずっと一緒にいてくれるなら、今のこの人に犯されても構わない。


 なんなら夫婦になってもいい。


 そう思って了解の返事をしたのに。




「何言ってんだお前。しねぇよそんなこと。もっと体大事にしろ。」




 なんて乱暴に返されてしまう。


 先に脅したのはそっちだろうに、何を顔を赤くして私を労わっているのか。




 そう思うと、なんだか彼がとても愛しい存在に思えてきた。


 そうか、これが童貞っぽさなんだ。


 以前、兄が2番目の兄を揶揄って言っていたけれど、それを今初めて理解した。




 自然と私の顔がニヤけるのが分かってしまうけれど、止められない。




「童貞っぽいですね。」




 こんなことを言ったとバレたら、普通の貴族相手なら手打ちにされるだろうか。


 それでもやめられない。


 この人をもっと照れさせたい。




「悪かったな童貞で。」




 なんて謝ってくる愛しい人。


 いいえ、全く悪くありません。


 むしろ、このまま絵画に残したい位です。




「私も処女なので。」




 そう言うと、これ以上は赤くなれないんじゃないかという程に赤面するダレス様。


 私の発言全般を冗談だということにしてごまかそうとしていますので、丁寧に否定しておきます。




 最後に、




「今のダロス様になら犯されても構わないって部分も冗談じゃないので。」




 と宣言して自室に引き上げました。


 あ、更に赤くなれたんですねダレス様。


 可愛いです。




 冷静になると、勢いでとてもすごい事を言ってしまった気がする私。




 少しだけ割れた鏡をのぞき込む。


 そこには、顔を真っ赤にした女が映っていた。




 しょうがないでしょ。


 私だって処女で、初恋なんだから。










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