薬屋の聖女と屋根裏部屋の守護騎士様~騎士様が捧げる無償の愛と忠誠が……~

のりのりの

第1章 辺境の薬師

1-1. どうした、ナナ?

「困ったな……」

「どうした、ナナ?」

「納品物に不具合があったのか?」


 旅装姿の狩人が、心配そうな顔でワタシを見つめる。

 狩人だけあって逞しく、背も高い。野性味あふれる精悍な顔つきで、それがステキと、騒ぐ街の娘も多いみたいだ。


 油紙が敷き詰められた小さなカウンターの上には、回復薬を調合するために必要な薬草、熱覚ましに必要な実、化膿止めに効力を発揮する草、火傷に効く薬草……など、この近辺では入手困難な薬の素材が種類別に分類されて並べられている。


 薬草に混じって、動物や魔物の部位もあった。

 これも薬を調合するのに必要な素材である。


 間違って採取された雑草は返却用として籠の中に入れている。薬としては使えないが、食用可能なものは別の籠に入れて、後でワタシが美味しく頂くことになっている。


 カウンターの上に並べられている素材に問題はない。

 採取時の傷も少なく、また、鮮度を保つ効果が付与された麻袋に入れてあったので、しおれなどの劣化もみられず状態もいい。

 文句のつけようがない。


 ワタシに薬の素材を納品してくれている狩人は、名前をグラットといった。年は確か、二十代前半だったと思う。

 グラットはここら一帯――ゲルプージュ辺境領のさらに辺境地――をぐるぐるとまわっている放浪の狩人だった。


 額には狩人の証とされる緑の布を巻き、首からは狩人が身に着けるお守りをぶら下げている。


 髪は茶色で、少し癖がある。肩下あたりまで伸ばし、それを無造作に後ろで一つに束ねていた。

 ワタシが調合した整髪料を使用しているので、髪には艶がある。ただ、ハリがいまいちでパサつきも解消されていない。商品として売り出すには、もう少し改良が必要だ。


 晴れた空の色のように明るいグラットの青い瞳は、とても柔らかい色をしているが、ひとたび獲物を前にしたら、ぞっとするくらい冷たくなるのをワタシは知っている。


 森の中を彷徨っているので、褐色の肌には生傷が絶えない。グラットは初級の回復魔法が使えたが、魔力温存のために、小さな怪我はワタシが調合した傷薬や回復薬を愛用している。毒消し薬や虫よけ薬も使ってくれていた。

 ついでに魔獣忌避薬も使って欲しいのだが、それを使うと獣も逃げてしまうから使えない、と言われて断られた。

 が、辺境の村では魔獣忌避薬は需要があるようで、いつも大量に仕入れてくれている。


 彼はワタシの……幼馴染み……になるのだろうか? 十年以上のつきあいになる。

 ハーフエルフのワタシを色眼鏡でみない数少ないニンゲンだ。


 幼馴染みとはいうが、グラットは同じ村の出身ではない。

 薬師であり医術の知識もあったワタシの父様は、定期的に近隣の村を巡り、診察を行っていた。その訪問先にグラットが暮らす村もあり、そこでワタシは彼と知り合ったのだ。

 父様がお仕事中は、グラットがワタシの相手――遊び相手――になってくれた。


 ワタシが成長して父様から独立し、この街の薬師に弟子入りしてからも、グラットはこうしてちょくちょく様子を見に来てくれている。

 父様に「たまにはナナの様子をみてやってくれ」と言われたことを、グラットは律儀に実行しているのだ。


 特に、師匠が一年前に他界し、ワタシがこの薬屋『雪雫の薬鋪(やくほ)』を引き継いでからは、顔を出す頻度が多くなった気がする。


 辺境とはいえ、アスグルスの街は街道の要所にある大きな街だ。グラットが生まれ育った森奥の村とはそこそこ距離があり、徒歩での移動ともなると、それなりに日数がかかる。

 森の中で暮らす狩人が、仕事もせずにしょっちゅう街を訪問するのは、生活するうえで無理がある。


 なので、グラットにはこの周辺では採取できない薬の原料となる素材を集めてもらい、医師や薬師のいない周辺の村々から薬の注文を聞き取って、ワタシから薬を購入してもらっている。


 その道中で遭遇した獲物を狩人のグラットは『ついで』に仕留めているそうだ。かさばる獲物は処理して、近隣の街や村で売りさばいているらしい。


 幼馴染みとはいうが、これはちゃんとしたビジネスだ。

 ワタシはグラットから薬の原材料を仕入れ、グラットはワタシから調合した薬を仕入れて、薬を必要とする人々に届ける商いを行っているのだ。

 だから、お互い妥協はせず、卸価格でやりとりして、ちゃんと利益のことも考えている。


 というわけで、グラットはワタシの数少ない大事な、大事な、ビジネスパートナーであり、大口顧客でもある。

  

 ワタシはもう一度、素材が入っていた麻袋の中を確認するが、これ以上はなにもでてこなかった。

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